23 / 92
声を出させる方法 1
しおりを挟む翌朝起きると、当然のことだがフェリウスはもう居なかった。それでもイリエが寝付くまでいてくれたのだろう。喉は昨日よりも痛みは治まり、倦怠感は少し残っているが熱は微熱程度まで下がったようだ。
かなり汗をかいていたので、イリエはシャワーを浴びようと浴室に向かう途中、テーブルの前に見知らぬ小さな紙袋が置いてあることに気づく。
袋のロゴマークを見ると王都でも有名な菓子店のものだった。
「っ、お菓子…だ。買ってきてくれた…」
昨夜訪れた時にはこの紙袋は無かった。恐らく他に買ってきてくれたものと同じ大きな袋に入っていたのかもしれない。
イリエは可愛い桃色の紙袋から小さな紙箱を取り出す。紙箱は紙袋よりも濃い桃色で紅色のリボンが巻かれている。するするとリボンを解いてからぱかりと箱を開けると、そこには個包装された一口サイズのガレットが入っていた。
「嬉しい…」
イリエはほうっと溜息を吐きながら笑みを零す。フェリウスのお薦めとお願いしたので、きっとガレットが好きなのだろう。
「美味しそう。いつか、作れるようになると良いなぁ」
イリエは箱の裏を見る。賞味期限は十日後だ。
「一、二、…八個。食べきるまで十日しかないのかぁ」
箱は残るがフェリウスが贈ってくれた菓子はたった十日しか保たないことにイリエはとても悲しく感じながら箱を閉め浴室に向かった。
汗を流しさっぱりしたイリエは冷蔵庫を開けて果実水を飲んだ。昨夜フェリウスが買ってきてくれたプリンを出し、「いただきます」と声をかけて有り難くいただいた。
薬を飲んでから、イリエはまたテーブルに置いてある箱が入った紙袋に目を向ける。
「…飾っておいたら気持ち悪く思われるよね」
イリエは一つだけガレットを取り出して、残りが入った紙袋を部屋の深めの引き出しの一つに仕舞った。
まだ食欲は無いが、小さな菓子なら食べられそうだ。イリエはソファに腰掛けてピリッと包装を破ると、芳ばしいバターの香りがふわりと鼻腔を擽った。
さくりと一口齧ると口の中に芳醇なバターと甘みが広がる。バターの塩気がアクセントでとても美味しい。
「…あと七回、か」
あと七回で終わってしまうことを残念に思いながらイリエはちょびちょびと味わいながらガレットを堪能した。
寝台に座ったイリエは手前…フェリウスが横になっていた場所に触れた。さりさりとシーツを撫で、イリエはそこに横になり顔を埋めた。すうっと息を吸うとフェリウスが使っているティーツリーでなくイリエが使っている石鹸のフルーティーな桃の香りしかせず落胆する。
それでもここにフェリウスが居たのだ。勿論今までも彼と何度もこの寝台で性交しているのだが、終わった後恋人のように二人で寝そべるわけではないのだ。
「変態だわ…私」
フェリウスの匂いを追うとか知られたら一瞬で捨てられそうだ。それでも今だけはここから離れたくなかった。不意にイリエは石鹸の香りがこんなに持続するものかと疑問に思った。シャワーと浴びた後にここには来ていないので、昨日帰宅した後に浴びた時の香りということになる。イリエは首を捻ったが、他に要因が見つからなかったのでまあいいやとその場でうとうとし始めた。
翌日イリエは復活し、ダンジとマリーにお礼を言ってフルパワーで働いた。いつもの常連さんや騎士隊の人達からも心配していたと口々に言われ、何だかこそばゆかった。
それから二日後、フェリウス達が訪れた。イリエは真っ先にフェリウスにお礼を述べたかったのだが、それはできないのでいつも通りの接客モードで迎えた。
「お仕事お疲れ様です。ご注文はお決まりですか?」
「僕はAにしようかな」
「C」
「AとCですね。かしこまりました」
「イリエちゃん体調悪かったんだって?」
イアンが首を傾げながら話しかけてきた。その表情は心配しているように見えるが、石鹸屋での出来事は忘れていない。きっと策士系なのだとイリエは判断し、もし本当にそう思ってくれているなら申し訳ないが、常時警戒はさせてもらう。
「はい。体調管理不足で情けない限りです。改めて気をつけなければと思いました」
「気をつけても罹る時は罹るよ。あまりそっちばかりに気を取られていると人生楽しくなくなっちゃうからね」
「ふふ、そうですね。程々にします。少しお待ち下さい」
ぺこりと頭を下げてイリエは厨房に注文をかける。
何か含みを持った言葉でもかけてくるかと思ったが、肩透かしを食らった気分だ。それでもフェリウス本人から聞くまでは継続させておこう。
最近はマリーも少しずつイリエが居る時でも食堂に顔を出すようになっていて、ピーク時でもそこまで頭と体をフル回転する頻度も減っていた。彼女の立ち回りはイリエにはまだまだ全然敵わないが、阿吽の呼吸のようにとてもやりやすいのでイリエの疲労度も溜まりにくくなっていた。
フェリウス達にランチプレートを提供し、来たお客から風邪の話をまた心配され、どれだけ広がっているんだとちょっと恥ずかしくなる。
「ごちそうさまー」
イアンが手をひらひらと降るのを目にし、イリエは小走りで会計場所に向かう。
お釣りをもらったイアンが先に出てフェリウスがお金をあめ玉の包み紙を渡して来たので、イリエはこれでお礼も言えて会えることも確定したのだと思わず頬が綻んでしまった。
はっと我に返り、フェリウスを見ると少し目を丸くして固まっていた。イリエはさっと血の気が引き、すぐに表情を戻していつも通りの接客をして送り出した。
(あまりに嬉し過ぎたからって気を抜きすぎ。気をつけなきゃ)
自分の小さなミスがフェリウスの大きな何かに変わることは避けたい。イリエは頬を軽くパチンと叩き、仕事に戻っていった。
600
あなたにおすすめの小説
七年目の裏切り 〜赴任先の夫から届く愛の手紙は、愛人の代筆でした〜
恋せよ恋
恋愛
「君は僕の最愛だ。もう二度と、君を危険に晒したくない」
命懸けの出産後、涙を流して私を抱きしめた夫ジュリアン。
その言葉通り、彼は「私を大切にするため」に夜の営みを断った。
私は、女としての寂しさを「愛されている誇り」に変え、
隣国へ赴任した夫を信じて二人の子供と家を守り続けていた。
毎週届く、情熱的な愛の手紙。タイプライターで綴られた
その愛の言葉を、私は宝物のように抱きしめていた。
……しかし、その手紙は「裏切り」だった。
夫が異国の地で、愛人と肌を重ねながら綴らせていた「偽りの愛」。
身分を隠して夫の赴任先の隣国へと向かった私が見たのは……。
果たして、貞淑な妻・メラニアが選んだ結論は……。
子供たちのため結婚生活の継続か、それとも……。
🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。
🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。
🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。
🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。
🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!
騎士団長様、クビだけは勘弁してくださいっ!
楠ノ木雫
恋愛
朝目が覚めたら、自分の隣に知らない男が寝ていた。
テレシアは、男爵令嬢でありつつも騎士団員の道を選び日々精進していた。
「お前との婚約は破棄だ」
ある日王城で開かれたガーデンパーティーの警備中婚約者に婚約破棄を言い出された。テレシアは承諾したが、それを目撃していた先輩方が見かねて城下町に連れていきお酒を奢った。そのせいでテレシアはべろんべろんに酔っ払い、次の日ベッドに一糸まとわぬ姿の自分と知らない男性が横たわっていた。朝の鍛錬の時間が迫っていたため眠っていた男性を放置して鍛錬場に向かったのだが、ちらりと見えた男性の服の一枚。それ、もしかして超エリート騎士団である近衛騎士団の制服では……!?
※3連休中は一日5話投稿。その後は毎日12時、20時に一話ずつ投稿となります。
※他の投稿サイトにも掲載しています。
※この作品は短編を新たに作り直しました。設定などが変わっている部分があります。(旧題:無慈悲な悪魔の騎士団長に迫られて困ってます!〜下っ端騎士団員(男爵令嬢)クビの危機!〜)
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi(がっち)
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
ずっと好きだった獣人のあなたに別れを告げて
木佐木りの
恋愛
女性騎士イヴリンは、騎士団団長で黒豹の獣人アーサーに密かに想いを寄せてきた。しかし獣人には番という運命の相手がいることを知る彼女は想いを伝えることなく、自身の除隊と実家から届いた縁談の話をきっかけに、アーサーとの別れを決意する。
前半は回想多めです。恋愛っぽい話が出てくるのは後半の方です。よくある話&書きたいことだけ詰まっているので設定も話もゆるゆるです(-人-)
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない
くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、
軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。
言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。
――そして初めて、夫は気づく。
自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。
一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、
「必要とされる存在」として歩き始めていた。
去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。
これは、失ってから愛に気づいた男と、
二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。
――今さら、遅いのです。
〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。
ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。
ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。
対面した婚約者は、
「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」
……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。
「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」
今の私はあなたを愛していません。
気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。
☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。
☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる