大好きな人に番が現れたので潔くセフレ離れします

きるる

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沈んだり浮いたり 3

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「――――エ。―――イリエ!」


はっと我に返ったイリエは声がした方に振り向いた。


「どうした?」


そう声をかけるのは食堂にジェフと訪れていたララだ。


「っ…ごめん!注文は決まった?」
「うん。いつもの全種と今日はチェリーパイ一つ」
「了解。チェリーパイはすぐに準備するね」


イリエは注文を厨房に伝え、チェリーパイをデザートケースから取り出す。


(…しっかりして!今は仕事中なんだから)


物思いに耽けてしまっていた自分に叱咤しながら、ララにパイを届ける。


「大丈夫?」
「うん、平気。ちょっと寝不足なだけ」
「…寝不足」
「ララ、違うからね?」
「…それなら良いけど」
「ララ、そのイカくれ」
「…それは良くないけど」
「ふふ。ごゆっくり」


イリエは空いたテーブルの片付けに移動した。テーブルを拭きながら音に出さないように溜息を吐く。

寝不足なのは本当だった。
それはフェリウスとの情事のせいではないが、フェリウスに関係していることで、寝る前にどうしても考えてしまって寝付けない日が続いていた。


フェリウスとの関係が始まってから五ヶ月が過ぎようとしていた。今のところ彼の番は現れていなく、彼から飽きたという言葉も聞いていない。

今でも会うのはイリエの部屋のみで、ここのところ来る度に食事をしてくれている。彼が訪れるのは一週間以内に一、二度になっていた。

しかし、ここ最近の彼の表情…無表情がデフォルトなのは変わらないが、無表情の中にも何となく感情が見えることが時たまイリエでもわかるようになってきた。

部屋で食事をする時も訪れる回数も話す口調も変わらないのだが、性交をしている間だけ、たまに漏れ出るように、フェリウスの表情が僅かに一瞬歪むのだ。何かを思案するような思い悩む感じに見えた。

もしかしたらイリエとの性交に飽きたのではないかと思ったが、内容は前よりも濃厚になっていて回数も凄く増えはしないが、一回がとにかく長い。イリエはいつも最後は半分朦朧状態だ。

なら彼の変化が何なのかイリエにはわからない。

本人から言われていないのだから気にしないように何とか平常心を保とうとするが、こうして時折無意識にそのことを考えてしまっているのだ。





「…色褪せがやばい…女々しすぎる…」


帰宅後、もうここ二月近く毎日のように寝る前に箱に触れる習慣がついてしまい、ここ最近ではひたすら願掛けの如く撫でているせいか、元々濃い桃色だった箱は部分的に淡い桃色になってしまっていた。

ぼーっと考えながら無意識に撫でている自分を、なんて女々しく気色悪いのだろうと思うのだが、止められず既に安定剤のようになってしまっていることも事実だった。

それでもフェリウスから直接言われるまでは、イリエは今まで通りにするのだと再度自分を鼓舞させた。




************************




数日後、昼時に食堂に訪れたフェリウスからあめ玉の包み紙を渡され、まだ今日までは大丈夫なのだとイリエは元気づけられた。

仕事を終えイリエはカランとドアベルを鳴らしながら食堂を出る。真っ直ぐに自宅に向かって歩き始めると、少しして声を掛けられた。


「イリエ」


イリエはぴたりと立ち止まった。
それは外では一度も聞いたことのない声。
イリエの大好きな少し掠れた低音。

とはいえ、外で聞けるわけがないとわかっているので幻聴かなと首を傾げながら再度歩き始めると、また「イリエ」と呼ばれる。どうやら聞き間違えではないらしい。イリエが声のした方に振り返るとそこにはフェリウスが立っていた。


「…え…え!?」
「何で無視した」


少し機嫌の悪そうな表情でイリエの前まで来て見てくるフェリウス。どうやら本物らしい。


「…いえ、外で声を掛けて…大丈夫なんですか?」
「何が」
「何…って」
「行くぞ」


そう言ってフェリウスがイリエの手を取った。
イリエは今、フェリウスと手を繋いでいる。

その事実に驚愕し顔を真っ赤にしたイリエだが、フェリウスに引っ張られ慌てて歩幅を合わせた。あまりに自分のことだけでいっぱいいっぱいだったイリエは、フェリウスの耳が僅かに赤かったことなど全く気が付かなかった。

人通りの多い商店街なのに大丈夫なのだろうかとイリエは気が気ではない。そんなイリエに対してフェリウスはお構いなく手を繋いだまま。歩いているだけなのに有り得ないほど心臓がバクバク鳴っているイリエをよそに、飄々としたフェリウスが話してくる。


「休みは固定で今は二連休になっているんだったか?」
「は、はい」
「来週のイリエの休みの時俺も休みだから会うか。昼間に外で」
「…え」


更なる爆弾発言にイリエは思わず立ち止まってしまった。それをフェリウスが僅かに首を傾げながら聞いてくる。


「用事あるのか?」
「いえ!…いえ、特に何も。…良いのですか?」
「良いから誘っているんだけど」
「…う、」
「う?」
「…嬉しい。…物凄く嬉しいです…!」
「そうか」
「はい!」


最近の彼の不可解な表情から色々と悩んでしまっていたことが一気に吹き飛ぶくらいに、イリエは満面の笑みで答えた。

フェリウスから休み明けに三日間の任務で遠征に行くらしく面倒だという話を聞き、二人は帰路に向かいながら、休みの初日の昼時に王都近くにある屋外付きの喫茶店で待ち合わせをしようということになった。イリエはぶんぶん頷きながら頬を染め口をもにょもにょさせながら、ちょっと下を向いて歩いていた。

あまりに嬉しそうなイリエの表情を見ていたフェリウスが、片眉を僅かに下げ微笑んでいたのをイリエはしっかり見逃してしまっていた。



イリエはもしかしたらフェリウスが少しずつでも、イリエとの関係をセフレでもたまに外で会う関係、若しくはそれ以上にほんの僅かにでも考えてくれているのかもしれないと、当初からは想像できない状況に歓喜で打ち震える。

まだわからない、あまり調子に乗らないと思いながらも、彼の行動の変化があまりに幸せで、どうしても顔が緩んでしまった。


浅ましい考えを見透かされたからか。
強欲に欲してしまったからか。


その幸せな時間があっという間に急転直下に陥ることを、この時のイリエは知る由もなかった。





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