大好きな人に番が現れたので潔くセフレ離れします

きるる

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束の間の幸せと凌駕する絶望 1

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現金なものでイリエの寝不足はたちまちに解消されたが、初めて外で会う前日だけは楽しみ過ぎて寝るまでに随分と時間を要した。

翌朝も早くに目覚めてしまい、外の清々しい陽気にイリエは窓を見ながら微笑む。今夜の食事の下拵えをしながら身支度を整えていく。昼から会う為夕方でフェリウスは帰るかもしれないが、その時はイリエだけが食べればいい。


以前に自己投資で購入してあったモカ色の膝丈のハイウェストワンピースに焦げ茶色のショートブーツ、クリーム色のジャケットを身に纏い、イリエは何度も鏡の前でくるくると回りおかしなところがないか確かめた。

待ち合わせ時間より少し早めに家を出て、ほんのり暖かくなってきた陽の光を浴びながら、イリエは喫茶店へと向かった。

到着するとまだそこまで混んでいない。
イリエは席をとっておいた方が良いかときょろきょろ店内を見回していると、店内から出られるテラス席の奥の方にフェリウスが既に来ているのを発見する。


灰色で薄手のロングコートに艶の美しいアイボリー色のシャツ。黒のトラウザーズを履いた長い足を組みながら外の外観を眺めているフェリウスの姿は、素敵で格好良くてほうっと溜息を吐いてしまうほど。

テラスに射し込む陽の光がフェリウスの漆黒の髪を煌めかせ、さらさらと穏やかな風で靡く前髪から覗く銀色の瞳にイリエは目を奪われ立ち止まってしまった。

ふとフェリウスの視線が動きイリエを捉える。緩慢な動作で手の平を上に人差し指だけでちょいちょいと呼ぶ仕草すら絵になり、イリエはそれだけで鼻血が出てしまいそうになる。思わず鼻を押さえながらフェリウスの側まで歩いていった。


「こんにちは。お待たせしてしまってごめんなさい」
「天気が良かったから早めに出ただけ。大して待ってない」


こうして何気ない普通の会話ができることにイリエは気持ちが溢れて満たされついつい口元が緩んでしまう。


「席を取っていただいてありがとうございます。飲み物はこれからですか?」
「ああ」
「じゃあ買ってきますね。何を飲みますか?」
「コーヒー。温かいの」
「ブラックで良いですか?」
「ああ」


いってきますと声を掛けてからイリエはその場から離れた。

会計カウンターに並んでいる間はフェリウスの場所は死角になっていて残念ながら見えない。


(そういえば軽食類は要らないのかしら)


イリエはコーヒーとミルクティーを注文しながらふとそんなことを考える。昼食は別のところで食べるのだろうかと想像するだけで、色々な初めてをどんどん経験できることにじわじわと嬉しさが滲み出て笑みが溢れてしまう。

飲み物のトレイを受け取ったイリエは少しずつ埋まってきた店内の席を通りながらテラス席に向かっていた時のことだった。


「嘘……まさか…!」


フェリウスが居るテラス席の方向から驚愕するような女性の声。

イリエがそのままフェリウスの見える場所に進んでいった先には。




テラス席に座るフェリウスの前に立ち尽くす女性。
その女性の後ろに佇む執事然とした老紳士。
両手を胸にあて首を横に振りながら女性から放たれた次の言葉に、イリエは目を大きく見開いた。


「…番…、私の、たった一人の…」


その言葉にガンと頭を殴られたような衝撃が奔る。



この世で唯一無二の
本能的に求める愛しい相手



イリエははくはくと口を動かさないと息が出来ないくらいの状態に陥る。フェリウスの前に立つ女性の言葉が何度も何度も脳内で渦巻いていく。

フェリウスと令嬢らしき女性。
その二人の姿は運命の人と出逢った瞬間の絵画のように見えて。


まるで『番絆』ではないイリエに対して、もう役目は終わりだと引導を渡されたように見せつけてくる。


今までのフェリウスとの食堂での出逢いから、くいくいと長い人差し指を動かしてイリエを呼ぶ彼の手の仕草までが頭の中で浮かんでは消えていく。


女性が思わず我慢ができないとでもいう風に、座って呆然と見ていたフェリウスに抱き着いた。



(………ああ、そっか)



イリエはその光景を遠目から諦観の入った光の灯らない瞳で見つめた。


「ああ…!ようやく出逢えた…あなたが私の無二の相手!私の番…!!」


可憐なドレスを身に纏った可愛らしい獣人女性がイリエの大好きな人に抱き着いている。
大好きな人は番だろう相手を抱き締め返すことも、引き離すこともせず椅子に座ったまま固まっていた。

大好きで根っこから心を奪われた愛しい人。
その人が『本当の』運命の相手と対峙していた。

イリエは飲み物を乗せたトレイを持ったまま立ち尽くし、体は時を止められたかのように動かない。ふと息苦しさを感じ無意識に息を止めていたことに気づいて、喉を震わせながらゆっくりと深呼吸を繰り返しゆっくりと目を閉じた。

そしてほんの僅かに冷静さが戻った時に脳裏に駆け巡ったのは一瞬の激しい嫉妬と、それを覆い埋め尽くすほどの諦めであった。


(そっか…もう、……もう、終わってしまうのだわ)


脳内には今この時まで幸せを感じていた彼との時間が走馬灯のように駆け巡る。
もうこの幸せな時間は来ないのだと目の前で思い知らされた瞬間、イリエはぐっと目を瞑り覚悟を決めた。





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