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番外編:坊ちゃま黒豹と無自覚子栗鼠のとある一日 1
しおりを挟む「明日の午後有休を取れたからどこか出かけようか」
それは皆が揃っていた夕食どきでのことだった。
皆が揃った時の食事は確か膝の上には乗らない流れであったと思うのだが、イリエはフェリウスに食堂まで片腕抱っこされ、そのまま膝の上に乗せられているという現状である。
抗議申し立てしようにも、あまりに嬉しそうな顔をするものだからイリエは何も言えなくなり、結局そのまま膝の上で時たま給餌もされながら、今はちょうど少し遠くにある食べたいパンに手を伸ばしている最中であった。
いつもならイリエが少し手を伸ばせば届く場所に置かれているはずのパン籠は、何故か今夜に限っては少し遠い。イリエはしっかりと腰をホールドしているフェリウスの腕に重心をかけながら手と体を伸ばしてようやく取れたところで話しかけられた。
―――イリエが小さい体をめいっぱい伸ばして一生懸命取ろうと藻掻く姿が可愛過ぎてフェリウスがわざと籠を遠くに置かせるように指示していたことは本人は知る由もない。
そして同じ気持ちで一心不乱にパンを求める姿を愛でたい者がこの食堂には大勢いるので、誰も何も言わずにいたこともイリエには与り知らないところだった。
「お出かけ…ですか?」
「うん」
「……デート…」
「そう、デート」
デート…と言葉を反芻しながら頬を染める様にフェリウスだけでなく、正面にいるカルロやレリエルも鼻を押さえ、周囲の仕える使用人一同は温かい視線を全方向から送っていた。
「明日昼過ぎに施設の前に来れる?中には入らなくていいから」
「はい!楽しみです」
「うん。俺も」
フェリウスはとろりとした表情をした後にイリエの髪に顔を埋め目を閉じてくんくんしている。まだ食事中である。
だからこそフェリウスは見逃してしまった。
正面のカルロの瞳が鈍く光ったことを。
フェリウスは後にイリエと約束事をする時は絶対に誰の目も耳も届かない場所で話さなければいけないことを固く心に誓った。
********************
翌日の早朝、イリエは目を覚ますと背中には愛しの伴侶がぴったりとくっついて、イリエの頭に顎を乗せた状態で規則的な呼吸音を立てていた。
腰に回っている大好きな節くれだった長い指の手に触れると無意識に取られて包まれる。
じわりと滲むような温かさと幸福感にイリエは笑みを溢し、向きを変えてフェリウスの胸元に頬を当てて腕を背中に回す。
もう何時でも好きなだけ触れて良い最愛のイリエの旦那様。
まだ夢現なフェリウスが「…ん…」と掠れた低音を溢しながら、無意識にイリエの頭部に熱を落とし、大きな手が背中を擦り、頭を緩く抱き締めてそのまままたすぅすぅと寝息を立て始めた。
毎朝心から溢れる想いにイリエは笑みを深め、大好きな人の匂いに満たされながら起きるまでのあと少しの時間を享受した。
「早く行かんか、戯け者が」
イリエが出掛けるフェリウスを送り出そうと玄関前で近づいた時のことだ。ひょいっと抱き上げられ、ちゅっと軽い口づけが落ちてきた。
それが何度も何度も繰り返される。
そのうちフェリウスがペロリと唇を舐めてきたのでびっくりして口を少し開けてしまうとぬるりと舌が入ってきたので、朝からそれは…!と悶えそうになった時に救世主が現れた。
「何。暫く会えないんだから」
「たった一日弱だろうが。しかも今日に限っては半日も無いではないか。早く行け」
レリエルの追撃にフェリウスはこれみよがしに溜息を吐き、ちゅっとイリエに口づけをしてから「じゃあ、昼においで」と言い残して出て行った。
朝から濃厚な接触にふらりとなりそうになるのを、いつの間にか後ろに居て支えてくれたジュダが「イリエ様、腰が砕ける前にやることが」と諭されぴょいんっと背筋を伸ばす。
「そうでした!ジュダさん、レリエル様、ありがとうございます」
「うむ。朝からイリエは可愛いな。ほら行って来い」
「はい!」
イリエが小走りで厨房に向かうのを見送りながら、この屋敷最凶、いや最強上位二名が小声で交わす。
「…蛇。お前も共に行くんだろ?」
「はい。親子共々暴走するでしょうからイリエ様を助けなければなりません」
「だな。帰ったら事細かに漏れ一つなく報告しろよ」
「承知しております」
イリエはレリエルから以前贈られたアイボリーのエプロンを身に着け厨房を訪れていた。
「料理人の方にとって聖域の厨房にお邪魔してしまってすみません。今日はよろしくお願いします!」
「いえいえ。お安い御用ですよ。では早速始めましょうか」
「はい!」
実は昨夜フェリウスが湯を浴びている時にカルロが訪れ、こんな話を提案された。
『明日の昼過ぎに行く予定らしいけど、昼前にしてフェリウスにサプライズしてあげるのはどうだい?』
『サプライズ、ですか?』
イリエが早く行ったところでサプライズになるのだろうかと首を傾げていると、カルロが頭をなでなでしながら続けた。
『うん。イリエちゃんの大好きな旦那様に…そうだね。差し入れのサプライズなんかどうだろう』
『差し入れ…私サプライズと言えるほど大層なものは―――』
『そこは関係ないよ。イリエちゃんが心を込めて作ったランチをフェリウスに食べさせてあげてくれるかい?もし可能なら私の分やフェリウスが所属する暗部の仲間にも軽いもので良いから作ってくれたら嬉しいな』
そう言われてイリエは顎に指を添えた。
イリエは料理をすることは好きだが、かといってダンジのように絶品だと言われる物を作れるわけでもない。唯一言えるとするのならフェリウスの好きなメニューを作れるくらいだ。
イリエは侯爵家に来てからレリエルと色々な話をした。その中で平民であり相手は侯爵嫡男ということで、どうしても考えてしまう時があった。そんな時レリエルから「例え周りに何を言われようともイリエの想いが一番だ。それは誰にも負けんだろう?最後に勝つのはその部分。何より周りが祝福しているんだ。それでもあれこれ言う輩はな、妬み僻みしか持たない哀れな弱者だと知れ」と言われ、イリエは少しだけ凝っていた懸念がしゅわりと溶けたのだ。
バロアス国では何よりも双方の想いを最優先させる。それを使わずして何時使うというのだ。イリエが下を向いていたら逆にフェリウスにも失礼なのである。
そのことが頭を過ぎり、イリエはきりっとカルロに向き直る。
『それなりの人数分を作るならサンドイッチが一番効率が良いですね。中身はフェリウスさんの好物でも構いませんか?』
『勿論!出来るなら私も好物のグリルチキンをタルタルソースたっぷりで挟んでくれると有り難いな』
『ふふ。了解しました。あ、パンの方が…』
『うん。厨房には既に伝えてあるから問題ないよ』
いつの間に頼んでおいたのだろうと不思議に思ったがカルロは常に先を見通す発言が多いので、今回もそうなのだろうと頷いた。
『わかりました。では僭越ながらフェリウスさんとカルロ様始め暗部の皆さんへのランチを心を込めて作らさせていただきます!』
『良いね。ポジティブなイリエちゃんは素敵だ』
優しそうに微笑むカルロにイリエも嬉しくなり、頭の中でグリルチキン以外の材料を考え、フェリウスが出てくる前に厨房へ駆け込んだ。
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