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イアン 21
「僕は何がどうなっているのかわからなくて、どういうことだってその人を問い詰めようと近づくと、連れの人に思い切り突き飛ばされて、…それでも起き上がって、シュナさんを、助けないとって、…でも同じハンカチで口覆われて、そのまま気を失って――――起きたら、もう夜中で、花屋の休憩室に…祖父母が来た時に僕が花屋の店内にどこにも居なくて、裏口に放られていたって…」
シュナのトラウマの元凶はアーロなのだろう。
アーロは子持ちの雌と婚姻したことは知っている。アーロ自身の子は居ない。義理父の分際で義理の娘に手を出したということだ。シュリアナ…リアと呼びシュナに名前を捨てさせた害悪だ。
「それで、僕すぐに言いに行かないと、でも誰にって…イアンさんしか思いつかなくて、う、ぅぅ、僕本当にごめんなさい!何も知らずに良かれと思ってやったことがシュナさんの、―――」
「ポック君、一番に僕に教えてくれてありがとう」
イアンは何とか上辺だけの笑みを作りポックを安心させる。
「あとは僕に任せて。花屋は何も壊されてない?」
「は、はい。僕が突き飛ばされた時にバケツがひっくり返ったくらいで、他は、大丈夫です」
「うん。それは良かった。じゃあ僕がシュナをすぐに連れ戻すから、シュナの好きな花をまた仕入れておいてくれる?」
「っ、っ…は、はい!」
「うん。頼んだよ」
イアンはポックの頭をぽんっと優しく叩いてから再度駆け出した。
向かうはエリックの薬屋だ。
媚薬の方も佳境に入った今、アーロがバロアス国に入ることはかなりのリスクがあったはずだ。
それでも強行したアーロのシュナへの異常な執着心にイアンはこんなにも人に対して憎悪を抱いたことは過去一度も無い。
十六歳にはバロアス国に居たシュナ。
未成年でアーロから陵辱されていたということ。
きっと幼くて性の何某も分からなかっただろう。
シュナに虚ろな表情をさせ、多大なトラウマを植え付け、毎日のように悪夢に現れ、シュナの心と身体を巣食ってきた外道の中の外道だ。
薬屋の寂れたベルを荒く鳴らしたイアンはカウンターで手紙を読んでいるエリックを見る。
「エリック!」
「―――これ」
いつもよりも数段低い声でエリックがたった今自分が見ていた手紙を渡してきた。
向けてきた表情は能面だが、奥底は憤怒。
エリックから手紙を荒々しく受け取り見ると、相手はデュークからだった。
昨日昼頃荒々しくロンダース国方面に走る家紋無しの黒い馬車の情報。
検問を無理矢理突破し、その後先の検問には現れず。
その間の森にその馬車が放置されていた。
その日の夜アーロの屋敷を張っていた密偵が家紋無しの茶色の馬車が戻るのを確認。そこからアーロらしき人物と抱えられたブロンドの女性一人。その数時間後、大きくない屋敷に次々に人が入ってくる。
全員戦闘経験者で中には暗殺者も有り。まるでどこぞの権力者の堅牢な屋敷に早変わりしたと書かれている。その後誰一人屋敷から出る様子無し。
その密偵は諜報専門なので一人対応は難しい。デュークが単独で向かっているが、状況が分からないので一人突破も困難。―――――イアンを寄越せと書いてあった。
監視が異様に多くなっておりアーロの屋敷周辺だと勘付かれるので少し遠くに止めろと指定の場所が書いてあった。
「昨日シュナから初めて聞かされた。―――アーロだって」
「っ」
エリックは一点を見てこちらに視線を向けない。だが色眼鏡から見える瞳は尋常ではないほどに冷たい。
「イアン」
格段に低くなった声色は相手を畏怖させ、跪かせることに慣れたもの。
エリックがゆっくりとイアンに向き直る。
「―――――連れ戻せ。奴は生け捕り。簡単には死なせん」
いつものオネエ言葉のエリックの口調ががらりと変わる。
そしてその言葉である程度イアンが他国で何をしても問題ないと確定した。
後始末は共に行けないエリックが全て請け負ってくれるだろう。
イアンは僅かに頷いて飛び出した。
特殊部隊の施設から伯爵家の馬車を呼び出しておけばと臍を噛む。シュナの危機に焦るあまりそこまで頭が回らないとは情けない。
だが。
「いつもの先読みはどうした」
薬屋の外にフェリウスがいた。
そしてそこにあるのは漆黒の家紋無しの侯爵家の馬車。イアンは目を丸くして頼りになる親友に僅かに微笑む。
そして中にはスーランと、イアンと入れ替わりに降りたリグリアーノ。
「王子。最新のやつ解析よろしく」
「ああ、早く戻れ」
それだけ行ってリグリアーノは薬屋に入っていった。
イアンと阿吽の呼吸で動けるフェリウスと、有事に治療魔術が施せるスーランと共にイアンは馬車内で手紙の内容を大まかに説明した。
スーランは大体予想していたのか、頷くだけで何も言葉を発さない。フェリウスは痛ましそうに僅かに眉を顰めていた。
そしてイアンの表情はずっと無だ。どこも見ておらず視線も一向に動かない。
(約十年前の媚薬も恐らくアーロは絡んでいた。小競り合いの隙にシュナは出奔―――媚薬の話をしている時の彼女の様子は…)
以前イアンが話した時のシュナは驚きもせず淡々と尋ね、その恐ろしさを理解しているような節があった。だが今起きている首謀者が義理父とは確信がもてなかったのだろう。
そしてシュナはその媚薬の一番の被害者の可能性が極めて高い。
イアンは無表情で一点を見つめてはいるが、心情はマグマのように煮え滾り、だが氷河の如く凍りつく様を繰り返していた。
イアンはアーロを生け捕りになど出来るのだろうか。
切り刻んで目玉をくり抜いて頭部だけ持って帰っては駄目だろうか。
(―――――シュナが無事なら、…いや不可能だ)
どうしても生け捕りにする考えにいかない。
どうしても虐殺することしか思考が向かなかった。
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