トラウマ克服の為にクズに徹します

きるる

文字の大きさ
86 / 140

イアン 23






「フェリウス。そのままそいつ押さえといて。強い子でもこれはきついから」


そこに冷静な静かな声。緩慢な動きではない足音。

首から手を放し、バサッと音がする方を見るとスーランがシュナに掛布をかけていた。
近くでどさりと何かが落ちる音が聞こえる。

イアンの視線が掛布に覆われた唯一の存在を認識する。


「…イアン。ゆっくりナイフを下ろせ」
「…」


イアンはシュナから視線を外せない。
筋肉が固まったように動かないナイフを持つ腕にゆっくりと親友の手がかけられ、ゆっくりと下ろされてそのままがちりと腕を捕まえられる。





「っ…すー、ら、…?」


愛しいシュナのか細い声が激情と狂乱でおかしくなっていたイアンの心にすっと沁みてくる。

スーランが敢えて淡々とした口調でもう大丈夫だと治療魔術をかけることを説明していく。

イアンは媚薬漬けにされているだろうシュナが、カタコトで何とか話す言葉を一語一句も聞き逃したくないのに、ぎりぎりと骨が合わさるような不快な音が耳の近くから聞こえてきて邪魔をする。



「…っ、ふふ…動…、た、くて、…でき、な」
「…だね。その辺から鍵探して」


スーランの言葉に「探す」と端的に聞こえたのは恐らくデュークだ。イアンは身体の機能が停止したように動かずシュナだけを見ていた。



そして治療中にシュナがスーランに溢した愚痴という名の過去の話。



小さい頃から耳を塞ぎたいくらいの母の喘ぎ声を聞く日々。
それが原因で自分は絶対に啼かないのだと言うシュナ。

十三歳から二年間という長い間、媚薬を使われてアーロから陵辱を受けていた。
それによる母親からの妬みの罵倒。

二年も必死に戦い続けたからこそ悪夢として定着してしまったのだろう。

シュナにとっては悍ましい『リア』の名前を敢えて使用し続けた。
元はシュリアナという美しい名前だったのに『リア』を穢した元凶。

正面から覆われ固定されることと鬱血痕は外道から受ける恐怖の象徴となった。



「そんな薄汚れた私にも…奇特な人が居て、ね」


シュナの声が少し震える。

イアンに出逢えたことでシュナは変われたのだと言う。イアンは身勝手に自分が幸せになれればと言葉を重ねてきたが、それがシュナにとってはとても救われたのだと。

もっとちゃんとシュナの声が聞きたいのに、ぎりぎりという耳障りの音が激しくなる。耳元で「顎の骨が砕ける。彼女が悲しむ」と親友の呟きが聞こえ、イアンはようやく自分が歯を食いしばっていたことに気づく。


するとここでシュナの声が途切れ途切れになり始め、嗚咽を耐えるように振り絞る声が聞こえてきた。


「っ…でっ、でも、ほら、ね?私は、また、糞、野郎に捕まって、っ、…っ―――だから、もう、それも、ぜ、んぶ、や、約、束…消えちゃ、うかも、しれない」



約束。

イアンと番縁を繋ぎ。
イアンと共に一緒に眠り。
イアンと共にずっと生き。
イアンと小さな家に二人で住むのだ。

何故シュナは約束が消えるなんて言うのだろう。



「それでも、あいつが、ずっと、毒のある、言葉を流し込んで、きても、か、彼、との―――イア、ン、との約束が、何とか私が、お、おかしく、なる前に、留めて、くれた。何とか、踏ん張れた。お、おかしく、なら、な、…ように、なんとか、踏ん張って…ま、まえ、前を、向い、てっ…っ」


シュナは絶望に晒されても、イアンとの約束を必死に掲げて害悪な汚物の言葉と蹂躙から踏ん張って立ち向かい続けた。



おかしい。


シュナの声はちゃんと聞こえるのにシュナの姿が見えなくなってくる。



「―――イ…アンが、知っ…たら、汚い…って、去っちゃう、かな…?…暫く、…ちょっと、だけ、離れて、また、穢れ、が少、し、少しだけでも、薄れて、また頑張っ、…て、さ?持ち、堪えたら、もしかしたら、少しは望み、あるかな?一年…、…す、数ヶ月、な、ら、待って、くれな、い、かな?も、もう、一、回、だけ、が、がん、頑張っ、…て、みて、も、だめ、かな…?」


何故イアンがシュナから去らなければならないのだ。
イアンにはそんな選択肢は未来永劫無い。





あなたにおすすめの小説

【完】麗しの桃は攫われる〜狼獣人の番は甘い溺愛に翻弄される〜

こころ ゆい
恋愛
※完結しました!皆様のおかげです!ありがとうございました! ※既に完結しておりますが、番外編②加筆しました!(2025/10/17)  狼獣人、リードネストの番(つがい)として隣国から攫われてきたモモネリア。  突然知らない場所に連れてこられた彼女は、ある事情で生きる気力も失っていた。  だが、リードネストの献身的な愛が、傷付いたモモネリアを包み込み、徐々に二人は心を通わせていく。  そんなとき、二人で訪れた旅先で小さなドワーフ、ローネルに出会う。  共に行くことになったローネルだが、何か秘密があるようで?  自分に向けられる、獣人の深い愛情に翻弄される番を描いた、とろ甘溺愛ラブストーリー。

英雄の可愛い幼馴染は、彼の真っ黒な本性を知らない

百門一新
恋愛
男の子の恰好で走り回る元気な平民の少女、ティーゼには、見目麗しい完璧な幼馴染がいる。彼は幼少の頃、ティーゼが女の子だと知らず、怪我をしてしまった事で責任を感じている優しすぎる少し年上の幼馴染だ――と、ティーゼ自身はずっと思っていた。 幼馴染が半魔族の王を倒して、英雄として戻って来た。彼が旅に出て戻って来た目的も知らぬまま、ティーゼは心配症な幼馴染離れをしようと考えていたのだが、……ついでとばかりに引き受けた仕事の先で、彼女は、恋に悩む優しい魔王と、ちっとも優しくないその宰相に巻き込まれました。 ※「小説家になろう」「ベリーズカフェ」「ノベマ!」「カクヨム」にも掲載しています。

世継ぎは他の妃が産めばいい——子を産めない私ですが、帝の寵愛を独占して皇后になりました

由香
恋愛
後宮に入る女の価値は、ただ一つ。 ——皇子を産めるかどうか。 けれど私は、産めない。 ならば—— 「世継ぎは他の妃に任せます。私は、陛下に愛される女になります」 そう言い放ったその日から、すべてが狂い始めた。 毒を盛られても、捨てられず。 皇子が生まれても、選ばれたのは私だった。 「お前は、ここにいろ」 これは、子を産めない女が ただ一つの武器“寵愛”だけで頂点に立つ物語。 そして—— その寵愛は、やがて狂気に変わる。

【完結】番である私の旦那様

桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族! 黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。 バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。 オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。 気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。 でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!) 大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです! 神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。 前半は転移する前の私生活から始まります。

【完結】「元カノが忘れられないんでしょう?」と身を引いた瞬間、爽やか彼氏の執着スイッチが入りました

恋せよ恋
恋愛
「元カノが忘れられないなら、私が身を引くわくべきよね」 交際一周年、愛するザックに告げた決別の言葉。 でも、彼は悲しむどころか、見たこともない 暗い瞳で私を追い詰めた。 「僕を捨てる? 逃げられると思っているの、アン」 私の知る爽やかな王子の仮面が剥がれ落ち、 隠されていた狂おしいほどの独占欲が牙を剥く。 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!

次期騎士団長の秘密を知ってしまったら、迫られ捕まってしまいました

Karamimi
恋愛
侯爵令嬢で貴族学院2年のルミナスは、元騎士団長だった父親を8歳の時に魔物討伐で亡くした。一家の大黒柱だった父を亡くしたことで、次期騎士団長と期待されていた兄は騎士団を辞め、12歳という若さで侯爵を継いだ。 そんな兄を支えていたルミナスは、ある日貴族学院3年、公爵令息カルロスの意外な姿を見てしまった。学院卒院後は騎士団長になる事も決まっているうえ、容姿端麗で勉学、武術も優れているまさに完璧公爵令息の彼とはあまりにも違う姿に、笑いが止まらない。 お兄様の夢だった騎士団長の座を奪ったと、一方的にカルロスを嫌っていたルミナスだが、さすがにこの秘密は墓場まで持って行こう。そう決めていたのだが、翌日カルロスに捕まり、鼻息荒く迫って来る姿にドン引きのルミナス。 挙句の果てに“ルミタン”だなんて呼ぶ始末。もうあの男に関わるのはやめよう、そう思っていたのに… 意地っ張りで素直になれない令嬢、ルミナスと、ちょっと気持ち悪いがルミナスを誰よりも愛している次期騎士団長、カルロスが幸せになるまでのお話しです。 よろしくお願いしますm(__)m

【R18】熱い夜の相手は王太子!? ~婚約者だと告げられましたが、記憶がございません~

世界のボボブラ汁(エロル)
恋愛
激しい夜を過ごしたあと、私は気づいてしまった。 ──え……この方、誰? 相手は王太子で、しかも私の婚約者だという。 けれど私は、自分の名前すら思い出せない。 訳も分からず散った純潔、家族や自分の姿への違和感──混乱する私に追い打ちをかけるように、親友(?)が告げた。 「あなた、わたくしのお兄様と恋人同士だったのよ」 ……え、私、恋人がいたのに王太子とベッドを共に!? しかも王太子も恋人も、社交界を騒がすモテ男子。 もしかして、そのせいで私は命を狙われている? 公爵令嬢ベアトリス(?)が記憶を取り戻した先に待つのは── 愛か、陰謀か、それとも破滅か。 全米がハラハラする宮廷恋愛ストーリー……になっていてほしいですね! ※本作品はR18表現があります、ご注意ください。

【完結】王太子と宰相の一人息子は、とある令嬢に恋をする

冬馬亮
恋愛
出会いは、ブライトン公爵邸で行われたガーデンパーティ。それまで婚約者候補の顔合わせのパーティに、一度も顔を出さなかったエレアーナが出席したのが始まりで。 彼女のあまりの美しさに、王太子レオンハルトと宰相の一人息子ケインバッハが声をかけるも、恋愛に興味がないエレアーナの対応はとてもあっさりしていて。 優しくて清廉潔白でちょっと意地悪なところもあるレオンハルトと、真面目で正義感に溢れるロマンチストのケインバッハは、彼女の心を射止めるべく、正々堂々と頑張っていくのだが・・・。 王太子妃の座を狙う政敵が、エレアーナを狙って罠を仕掛ける。 忍びよる魔の手から、エレアーナを無事、守ることは出来るのか? 彼女の心を射止めるのは、レオンハルトか、それともケインバッハか? お話は、のんびりゆったりペースで進みます。