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イアン 25
しおりを挟むある程度指示を出し終わったのか戻ってきたデュークも追尾する。
彼はイアンが暴走した外の凄惨な状態を全て処理してくれているのだろう。
「デューク―――」
「間違っても似合わない言葉をほざくな。気色悪い」
散々な言われ様にイアンは思わず苦笑してしまう。
「まだ何も言ってないじゃない」
「流れでわかる。…それにシュナを救えたのはお前だからだ。俺達は見守るしか出来なかったからな」
漆黒のローブを羽織り片目しか見えないマンダリン色の瞳がシュナを見て僅かに目元が緩む。
「…ありがと」
「気色悪い」
デュークはそれだけ言い捨てて、出て行くのを見たスーランが肩を諌めた。
「可愛い奴め」
「だよね」
全てがシュナの人望が故の行動と言葉。
ふと視線が寝台の近くに放られていた布に向く。
投げ捨てられた無惨に裂かれた白いシャツ。
それは微かにイアンの匂いが残っている。
そこから分かることはシュナは拉致されるその時まで、イアンのシャツをずっと持ち歩いていたと言うことだ。
イアンの匂いが残っているシャツを、まるでお守り代わりのように。
もう何だか色々と堪らなくなりイアンはぐしゃりと顔を歪めてしまう。
「イアン。長めに眠らせたからバロアス国に着くまでは大丈夫」
「助かる」
「侯爵家の馬車を使って戻れ。俺は後処理があるから後続で来た馬車で戻る」
「私も間違いなくバウデンが迎えに来るから待ってるー」
親友の配慮の有難みとシュナが慕うここぞと言う時に頼りになる治療魔術師の二人に、今だけは甘えさせてもらい、イアンは掛布に包まったシュナを抱えて侯爵家の馬車に乗り込んだ。
ガタガタ揺れる馬車の中。
シュナの顔をずっと見ながら頬に触れ髪に触れ、口を落とし、ラベンダーの香る髪に顔を埋める。
イアンは時間が経つにつれて番避けの薬の効果が切れてくる過程がわかるくらい、次々に番への溢れる感情が加算されどうしようもなく愛しい想いに涙が止まらないままだ。
それでも番だという理由で選んだなんて万が一にも思われたくない。
イアンにとってはシュナを望むのであって、『番』を望むわけではないのだ。
イアンはこの狂おしい想いを捨ててシュナを選ぶ。
番よりもシュナの信用が何よりも最優先だからだ。
『シュナ』の存在がイアンにとって『唯一無二』であるのだから。
伯爵家に着いた時にはもう夜半近くになっていた。
侯爵家の御者に礼を言い、離れに向かうとターニャが戻ってきた目が真っ赤の主が一人でないことに瞠目しながら近づいてきた。
「イアン様…その方は」
「詳しい話は後で。湯の準備と軽い食事。それと女性用の夜着。急いでくれる?」
「っ、はい」
ターニャは頷き素早く立ち去った。
イアンは離れの自分の部屋に入り、シュナを抱いたまま大きなソファに腰を下ろした。少しするとシュナの眉がぐっと寄せられて身体が強張り丸めようとする。
「…ぅ、ん―――、ゃ」
「大丈夫。僕がずっと傍に居るからね」
イアンが耳元で言い聞かせるように囁きながら背中をゆっくりと擦ると、シュナの強張りが解けすっと目元も穏やかになった。
馬車での帰り道。
もうすぐで伯爵家に着く手前あたりからシュナが悪夢を見始めた。
今はスーランの魔術により起きることが出来ない。魘される度にイアンは耳元で何度も何度も囁き続けた。
暫くするとターニャから湯の準備が出来たと言われた。
スーランが浄化魔術を施してくれたことはわかっていたが、どうしてもあそこの匂いを全て消して洗い流したかったイアンは、ソファに一度シュナを寝かせ手早く脱ぎ、シュナから汚らわしい掛布をようやく外して浴室に向かった。
イアン愛用の石鹸を使いさっとお互い洗い、湯に浸かる。
眠っていても気持ち良いのかシュナからほっと溜息のような声が漏れてイアンは微笑んでしまう。
ターニャから「ソファに寝かせて拭けます」と言われ、出来たメイドだと思いながらイアンは湯から上がりソファに敷き詰められたタオルの上にシュナを寝かせた。
ターニャが素早くシュナの水気を拭き取っている間にイアンもさっと着替え、髪を拭い終わったターニャにお礼を言い、イアンが夜着を着せて寝台に移動する。
寝台の傍にワゴンが置かれておりサンドイッチ類と消化の良いパン粥にスープと果実水が置かれていた。
「明朝まで誰も人が近づかないように徹底。話は明日以降。ターニャ、ありがとね」
イアンの静かな口調にターニャは何を言うでもなく一つ頷き一礼して出て行った。
イアンは果実水を口に含み、口移しでシュナに少しずつ飲ませていく。その間に軽く食事を摂ったイアンはシュナが起きたら食べられるものを残し、シュナと自分を掛布で包み抱き締めながらヘッドボードに寄り掛かる。
(今回のシュナのことに匹敵するものにもならないけど……)
イアンとしてはあまり伝えたくはないことだった。それでも再度シュナに言い包めるには、話すしかないと覚悟を決める。
(もしかしたら…シュナの方こそ、……僕から去ったりしたら―――――)
それでもイアンがシュナを手放す選択は無い。
(それでも、出来れば…少しでも嫌悪しないでくれると、いいな…)
イアンは同じ香りがするシュナの頭に頬を寄せながら、彼女が起きるまで希う気持ちをずっと心の中で繰り返していた。
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