君を手放した罰は、永遠の溺愛で償う〜冷徹社長の元カノ復讐劇〜

nacat

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第5話 「俺の元カノ」発言の衝撃

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木曜の朝、持田グループ本社の空気は張り詰めていた。  
今日は取締役会の日。怜司が直接プレゼンを行う重要な会議で、紗耶は議事録係として室内に同席するよう指示されていた。  
「過去を知らないふりを貫け」  
昨夜の怜司の言葉が、まだ頭の中に残っている。  
スーツの袖を整えながら、心の中で何度も言い聞かせた。  
仕事だけを見る、プライベートは置いていく——それしか、自分を守る方法はなかった。

会議室のガラス扉を開けると、すでに取締役たちが着席していた。  
怜司は議長席の手前、立ったままタブレットを確認している。  
その横顔には、昨日までの柔らかさの欠片もない。  
彼は鋭く、計算高く、完璧な経営者としての顔をしていた。  

「水城君、準備を」  
「はい」  
緊張を隠しながらノートパソコンを接続し、資料を映し出す。  
怜司の低い声が会議室に響いた。  
「本日の議題は新ブランド統合事業についてだ。目的は現行ブランドの市場位置を明確化し、新たな価値基軸を構築することにある」  

淡々と進んでいく説明。  
しかし、その場の誰もが彼の言葉に耳を奪われていた。  
怜司のプレゼンは完璧に近い。理路整然としているのに、言葉の一つひとつが熱を帯びている。  

だが、ある取締役が口を開いた瞬間、その空気が変わった。  
「社長、その新ブランドのコンセプトデザインを担当するのが、確か——水城さんという方でしたね?」  
年配の男だ。柔和な笑顔を浮かべながらも、その瞳には探るような光があった。  

紗耶の心臓が一瞬止まる。  
怜司がゆっくりとこちらに視線を向けた。  
全員の注目が、自分ひとりに集まる。  
冷や汗が背を伝った瞬間、怜司がさらりと言った。  

「ええ、彼女は私の元カノですよ」  

空気が凍った。  
誰かが小さく椅子を軋ませる音だけが響いた。  

「……は?」  
声にならない声が喉の奥で詰まる。  
その場にいた全員の目が、一瞬で紗耶に突き刺さった。  
ざわめきが広がりかけたところで、怜司が続けた。  

「学生時代の話です。今はもちろんただの社員です。過去の関係ではなく、彼女の実力を評価して起用しています。能力のない者を側に置く趣味はありません」  

その声は冷静だった。冗談でも、照れでもない。  
堂々とした口調で言い切る彼の姿を、誰も否定できなかった。  
だが、紗耶の手の中のペンが震えている。  
心臓が耳元で暴れるように脈打っていた。  

なぜ今言うの。  
なぜ、わざわざ全員の前で。  
事故なのか、意図的なのか。答えが見つからない。  

会議は再び淡々と進行した。怜司は微動だにせず、まるで何事もなかったかのように説明を続けていく。  
けれど、紗耶の背筋には冷たい汗が流れていた。  
メモを取る手は上滑りし、内容がほとんど頭に入らない。  
彼の言葉の一つひとつが、耳の奥で霞んでいく。

会議が終わったのは昼過ぎ。取締役たちが順に退出し、最後に怜司だけが残った。  
紗耶は書類をまとめながら、硬い声で言った。  
「どうして……あんなことを言ったんですか」  
怜司は椅子にもたれ、静かに腕を組んだ。  
「隠すより明かした方が早い。君が俺の元恋人だったと知れば、余計な詮索も減る」  
「減る? 増えるに決まってるじゃないですか!」  
「そう思うか。でも、人間の興味は“終わった関係”にはすぐ冷める。中途半端に噂されるよりマシだ」  
彼の理屈は正しいのかもしれない。  
理屈としては——。  
けれど、感情は違った。  
誰よりも踏み込まれたくない場所を、たった一言でさらけ出されたような恥ずかしさと、怒りが混ざっていた。  

「私はそんな形で名前を出してほしくなかったです」  
「そうだろうな」  
怜司の声が静かになる。  
「だが、君を守るためでもあるんだ」  
「守る?」  
「この会社はきれいごとだけで動いていない。昨日も言ったろ。君を良く思っていない連中がいる。……その矛先が、俺の女だった過去を持つとなれば、どうなると思う?」  
「……」  
「逆らえなくなるんだよ」  

視線を絡めたまま、怜司の瞳は真剣だった。  
冷たい光ではない。何かを押し殺すように揺れている。  

「もう俺の関係者として保護するしかない。それが一番効果的だ」  
そう言って背を向けた瞬間、紗耶はどうすればいいか分からなくなった。  
守る? それとも、自分を縛るため?  
彼の意図が読めない。  
でも確かなのは、この一言で自分の立場が完全に変わってしまったということだった。  

午後、廊下を歩くと、社員たちの視線が露骨に向けられてくる。  
「あれが……」「ほんとに?」「社長、あのタイプかぁ」  
囁き声が耳に入るたび、頬が熱くなる。  
まるでガラスケースの中で観察されているような気分だった。  

佐伯が廊下の角で待っていた。  
「なるほど。今日の発言、ニュース早かったですよ」  
「聞いてたんですか」  
「社内チャットは早いからね。……大丈夫?」  
「ええ。特に問題はありません」  
強がって答えると、佐伯は穏やかに苦笑した。  
「社長の狙い、分からないわけじゃない。でも、あのやり方は荒い」  
「私もそう思います」  
「下手すれば、社内で反感を買う。君を守るどころか、孤立させかねない」  
その言葉が現実味を持って胸に重くのしかかる。  

夕方、エレベーターで社長室に戻ると、怜司はすでに仕事を再開していた。  
「外の騒ぎ、聞こえてますか」  
「さあな。好きにさせとけ。数日で忘れる」  
「あなたは、それで平気なんですか」  
「俺は慣れてる」  
短い答え。その背中には、冷たい余裕があった。  
それでも紗耶は言葉を飲み込んだ。  
何を言っても、彼の中で結論はすでに出ている。  

夜、社長室を出る前に、怜司がふと声をかけた。  
「水城」  
「はい」  
「周囲が何を言おうと気にするな。俺が言う。お前は俺の部下で、仕事で選ばれた人間だ。それ以外の何者でもない」  
「……はい」  
「ただ、ひとつだけ誤解するな」  
怜司は机に手を置き、少し低い声でつぶやいた。  
「俺にとって“元カノ”って言葉は、終わったものを意味しない」  

そのまま歩き去る彼の背中が扉の向こうに消える。  
室内に残された静けさの中で、鼓動だけがうるさく響いた。  
終わったはずの関係に、まだ何かが燻っている——  
それを悟りたくなくて、紗耶はそっと拳を握りしめた。
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