君を手放した罰は、永遠の溺愛で償う〜冷徹社長の元カノ復讐劇〜

nacat

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第8話 ライバルの陰の一手

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火曜日の朝、いつもより早く会社に着いた。  
昨日怜司から届いた「逃げるな」というメールが、頭の中で繰り返されている。  
まだ外は少し薄暗く、ビルの廊下には足音の反響だけが響いた。  
社長室の前に立ち、深呼吸をひとつ。今日の会食に必要な資料を仕上げなければならない。  

社長室の鍵を開けると、意外にも怜司はすでに席にいた。  
ジャケットを脱ぎ、シャツの袖をまくり上げている。  
その姿が妙に親密で、息が詰まる。  
「早いですね」  
「お前には負けるがな」  
そう笑った一瞬だけ、以前の優しい彼が顔をのぞかせた気がした。  
「資料、昨夜の分を確認しておいてください。内容を一部更新しました」  
「……もう終わったのか?」  
「徹夜しましたから」  
怜司が眉を寄せる。  
「倒れるな。俺が困る」  
短い言葉。けれどその響きが胸の奥深くまで染みた。  

午前中、社内会議に同席する。  
会議が終わると、佐伯が後ろから近づいてきた。  
「水城さん、少しいいかな」  
「はい」  
「次の会食、俺も同行します。社長から指名された」  
「そうなんですか」  
「だから、今のうちに確認したいんだ。……先週の会議録、社外に流出した件、知ってます?」  
「えっ」  
初耳だった。  
「たぶん社内の誰か。意図的かどうかはまだ不明だけど、取引先の情報が一部漏れてる。それで社長がちょっとピリピリしてる」  
「まさか……」  
「油断しないで。外で誰かに話しかけられても、絶対にプロジェクトの話は出さないように」  

言われた直後、背筋が冷たくなった。  
誰かが裏で動いている。  
怜司の周りを探る者たち。  
たぶん、その矛先は彼だけでなく、自分にも向かっている。  

昼休み。  
カフェテリアの隅の席で資料を読み返していると、後ろから静かな声がした。  
「珍しいな。昼も仕事か」  
顔を上げると、怜司が立っていた。周囲の視線が一気に集まる。  
彼はそんな周りのざわめきなど気にも留めず、トレーを持って紗耶の向かいに座った。  
「食べたか」  
「い、いえ、まだ」  
「なら食べろ。午後に倒れられると困る」  
その口調は厳しいけれど、真っ直ぐな視線が温かかった。  
だけど、周りから注がれる視線が痛い。  
「社長、ここだと皆の目が……」  
「気にするな。俺が誰と昼をとろうが自由だ」  
彼の言葉に、確かに自由の響きはあったが、同時に圧倒的な距離も感じた。  

昼食を終え、会食準備に取りかかる。  
クライアントに加え、どうやら親会社の専務、その娘である森園美沙も同席するらしい。  
美沙――怜司の婚約者と噂されている人物。  
まだ実際に会ったことはない。  
けれど、彼女の存在だけですでに胸の奥が沈んでいた。  

夕方、ホテルのラウンジ。  
華やかな照明の下、怜司は落ち着いた笑顔で応対している。  
「先日はご多忙の中、貴重なお時間をいただきありがとうございます」  
「こちらこそ、いつも助かっておりますよ」  
専務が応じ、その隣にいた美沙が口元をほころばせた。  
歳は紗耶とほとんど変わらない。上品で、どこか無邪気な雰囲気をまとっている。  
「初めまして。森園美沙です」  
「水城紗耶と申します。よろしくお願いいたします」  
「社長からよく聞いていますよ。優秀な方だって」  
微笑みながらも、その瞳の奥にかすかに光る強い意志を感じた。  

ディナーが始まっても、美沙は怜司の隣から離れない。  
グラスを傾けながら、何度も親しげに身を寄せる。  
一方で怜司は終始ビジネスの距離を崩さなかった。  
「お二人、息が合っていて羨ましいです」と美沙が言ったとき、  
怜司はすぐに言葉を挟んだ。  
「仕事上は頼りになる部下だ。私にとっても助けになっている」  
「“仕事上”ですか」  
美沙の笑顔は柔らかいのに、棘があった。  

会食が終わり、ホテルを出ると冷たい風が二人の間を抜けた。  
「社長、あの件……」  
「言うな。ここでは誰が聞いているか分からない」  
怜司は低い声で制し、歩きながらポケットに手を入れた。  
「森園専務の意向は強い。だが俺はまだ婚約とは言っていない」  
「え……?」  
「外ではそういう“体裁”を取っているだけだ」  
「体裁……」  
「お前を守るためでもある」  
またその言葉。  
けれど今回は、少し違う響きを持っていた。  

帰路についた直後、背後から人の気配を感じた。  
振り返ると、ホテルの柱の影に見覚えのあるスーツ姿。  
――佐伯だった。  
「佐伯さん? どうしてここに」  
「社長の命令で裏をとってたんだ。君を尾行してる人物がいる」  
「尾行……?」  
「社内の人間じゃない。外部の動きだ。たぶん親会社側のスパイ」  

息を呑む。  
まさか自分が監視対象にされているとは思わなかった。  
「どうして私が?」  
「プロジェクトの核心に一番近いからだろう。そして、社長との関係も含めて……利用価値があると踏んでる」  
「そんな……」  
「気をつけろ。どんな小さな会話も盗まれている可能性がある」  

怜司の「距離を置け」という言葉が、いまになって理解できた気がした。  
すべては計算。彼は本気で守ろうとしていたのだ。  
だが、それならなぜわざわざ自分を最前線に立たせたのか。  

翌朝。  
出社すると、怜司がすでに待っていた。  
「昨日、誰かに会ったか」  
「佐伯さんに。監視の件を聞きました」  
「そうか。……俺の予想通りだ」  
怜司は険しい顔で机の上の封筒を差し出した。  
「内部調査の報告書だ。社外に情報を流した人物がいる。だが名前は伏せられている」  
「誰なんです?」  
「それを探るのが、次の仕事だ」  

怜司の視線が紗耶の目を貫く。  
その奥にあるのは信頼か、それとも試練か。  
「俺の代わりに、探れ。犯人を見つけるまでは、誰も信じるな。佐伯もだ」  
「……はい」  

すでに逃げ道はなかった。  
仕事という名の戦場で、彼の信頼を賭けた正念場。  
冷たくも燃えるような緊張が、紗耶の中を突き抜けていった。  

(続く)
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