君を手放した罰は、永遠の溺愛で償う〜冷徹社長の元カノ復讐劇〜

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第16話 社長の弱点を知る日

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日曜の朝、重たく垂れ込めた雲の下で、持田グループの本社会議室には異様な熱気が満ちていた。  
明日は運命の本会議。専務側が社長更迭案を正式に出すと噂されるなか、その前哨戦として特別準備会が開かれた。  
怜司は淡々とした表情のまま資料を確認し、その横で紗耶は補佐として一言の漏れも記録していた。  
室内の空気は、まるで戦場だ。理想も情もない。あるのは計算と利害だけ。  

「本日の議題、持田社長のブランド統合戦略案に関して。」  
進行役の役員が声を上げると、森園専務の右腕と呼ばれる男がすぐに立ち上がった。  
「社長の案は優れています。しかし、ここまでの赤字リスクを背負うには根拠が乏しい。感情で会社を動かしては困る。」  
怜司は微動だにせず、静かな声で答える。  
「感情ではない。根拠は市場反応と新規調査にある。資料十五ページを見ろ。」  
プロジェクターの映像が切り替わり、最新データが映し出された。  
精緻な分析、対象年齢層、購買動機の心理要素。どれも隙のない理論武装。  
だが、会議室の空気は敵意で満たされていた。  

「……社長、あなたは理論を盾にしているだけでは?」  
「盾ではなく、武器です。」  
即答。それだけで議長席にざわめきが走る。  
怜司はすぐに続けた。  
「経営とは数字を守ることではなく、未来を創ることだ。今の持田グループに必要なのは安定じゃない。挑戦だ。」  

その言葉に、誰もが口をつぐんだ。  
言葉の力――怜司の最大の武器。  
だが同時に、それが彼の弱点でもある、と紗耶は直感していた。  

会議が終わると、関係者が三々五々に部屋を出ていく。  
怜司は手にしていたペンを机に置き、視線を天井に向けた。  
「疲れた?」  
「まだ始まってもいません。」  
紗耶の答えに、彼の口元がわずかに緩む。  
「……それでいい。」  

その午後、二人だけの資料整理会が社長室で行われた。  
怜司は椅子にもたれかかり、珍しくネクタイを外している。  
「専務の次の手は?」  
「社内外の記者への情報流しでしょうね。あなたの“私情管理”を再び問題視するとか。」  
「予想通りだな。」  
「でも、あなたが私をかばうほど、火に油を注ぎます。」  
「構わない。もう失うものはない。」  
その言葉が静かに落ちる。  
「……私があります。」  
怜司の目が紗耶を捉えた。  
「違う。お前は失う側ではなく、掴む側だ。」  
そう言って、彼は机上のペンを回す仕草を止めた。  

「水城。」  
静かな呼びかけ。その声がやけに近い。  
「はい。」  
「君があの日、大学を去った理由。正直に教えてほしい。」  
突然の質問に、心臓が跳ねる。  
「……夢を追うためです。」  
「もっと簡単に言えば?」  
「怜司さんの隣にいられなかったから。」  
怜司が目を細めた。  
「やっぱりそうか。俺のせいだな。」  
「違います。」  
「いや、そうだ。俺が君に“夢を捨てるな”と言いながら、自分の夢ばかり追ってた。」  
苦い笑いが混じる。  
「それが社長の弱点なんですね。」  
「弱点?」  
「誰かを守ろうとしすぎるところ。優しいのに、それを優しさとして自覚しない。」  
「なるほど。」  
怜司は顎に手を当てて少し笑った。  
「お前にそんなこと言われるとは思わなかった。」  

その瞬間、ドアが開いた。  
「社長、取引先の田上様が来社されています。」  
秘書の声に紗耶が立ち上がる。  
「会議室へご案内を。」  
怜司が頷く。  
「行ってこい。俺は少し後から行く。」  

会議が始まったのは数分後。田上は大手広告代理店の会長で、森園側にも繋がりを持つ癖のある人物だ。  
その彼が笑顔を浮かべながら話し出す。  
「持田社長、大変だねえ。上の方がずいぶん騒いでるらしいじゃないか。」  
「ご心配なく。計画通りに進めています。」  
「はっはっ、強気でいい。でもね、社長。あなたが本当に守りたいのは会社だけかね?」  
「どういう意味です?」  
「新ブランドの広告塔に、あの秘書を使うと噂で聞いた。彼女、美人だし、視線を集めるにはうってつけだが……少々危険じゃないか?」  
「そのような計画はありません。」  
「なら良かった。噂が一人歩きする前に火を消さないと、あなた自身が燃えるよ。」  
怜司の視線が鋭くなる。  
「田上会長、貴重な助言をどうも。」  
その静かな声の裏に、怒りが透けていた。  

会議が終わると、怜司は紗耶を呼び止めた。  
「この件、どう思う?」  
「おそらく専務の手です。あなたと私を再び“噂”で結びつけようとしてる。」  
「……だろうな。」  
「でも、田上会長はただの使い走りじゃありません。彼の発言が漏れるのを計算で仕込んでいるはず。」  
「なるほど。……どうすればいい?」  
「敢えて火を消さない方がいい。」  
紗耶の目が真っ直ぐ怜司を見た。  
「彼らが作った“噂”を現実にしてあげたらいいんです。」  
「現実?」  
「本当に関係があるように見せかけて、彼らの狙いを反転させる。誰が情報を流してるか、その過程で露見します。」  
怜司は少し驚いた顔をした。  
「大胆だな。」  
「あなたに教わりました。戦い方を。」  

そこから数時間、ふたりは緻密に動いた。  
外出時の行動を意図的に被せ、あえて社内の視線を引きつける。  
やがて“二人が密会しているらしい”という新たな噂が飛び立つ。  
しかしそれは、怜司の予想通り、森園専務の側近を介して発信されたことがすぐに判明した。  
怜司は記録データを握り、静かに呟く。  
「……釣れたな。」  

夜。全社員が帰った後、オフィスに残る灯は社長室だけだった。  
疲労の滲む紗耶の耳に、怜司の声が落ちる。  
「お前は、自分で思っているよりも戦える人間だ。」  
「あなたが信じてくれたからです。」  
「それでも弱点はある。」  
「私の、ですか?」  
「いや。俺のだ。お前を見ると、戦いより、生きることを真剣に考えてしまう。……それが一番の弱点だ。」  

静かに時計の針が進む。  
その音がやけに近く聞こえた。  
怜司は目を閉じ、わずかに微笑んだ。  
「明日は決戦だ。――終わったら、一杯付き合え。」  
「はい。」  

その夜遅く、オフィスの外に黒い車が停まっていた。  
森園専務の側近が電話で報告していた。  
「社長と秘書、今夜も二人きりです。」  
その声が闇に溶けていく。  
そして、次の罠が静かに動き出していた。  

(続く)
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