婚約破棄されたので公爵令嬢やめます〜私を見下した殿下と元婚約者が膝をつく頃、愛を囁くのは冷酷公爵でした〜

nacat

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第1話 婚約破棄の宣告

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貴族学院の大広間に、静寂が落ちていた。

煌びやかなシャンデリアが光を散らす中、リリアナ・フォン・アーデルハイトは立ち尽くしていた。空気は甘い香水と好奇の視線で満ち、豪奢なドレスをまとった社交界の若者たちが、口々に囁く。

「本当にあのリリアナ様が……」「婚約破棄、ですって?」

そのざわめきをかき消すように、壇上から響いたのは、よく知る低く澄んだ声だった。

「リリアナ・フォン・アーデルハイト。僕、アルベルト・フォン・グロリア王太子は、君との婚約を正式に破棄する。」

王太子アルベルトは、凛々しい金髪と碧眼を持つ青年だ。民に慕われ、聡明と讃えられてきた“理想の王子”。その口から発せられた言葉が、あまりにも冷ややかに響いた。

「な、王太子殿下……どういう意味でございましょうか。」

リリアナの声は、自分でも驚くほど静かだった。胸の奥には熱いものが渦巻いている。恥、怒り、そして理解できない痛み。だが、彼女はそれを飲み込み、ただ微笑んだ。

「どういう意味もなにも、そのままだよ。」アルベルトは鼻で笑う。「君のような女に、これ以上隣に立たれては困る。」

ざわめきが広がる。ざらりと音を立てるように、周囲の空気が重くなった。

「君はアーデルハイト公爵家の長女でありながら、華やかな場では他の令嬢を見下し、侍女たちにも冷たく当たっていた。君がどれほど傲慢な性格か、皆が知っている。」

「……私が、そのようなことを?」

「とぼけるのか。フェリシアが証言している。君は彼女を嫉妬から傷つけようとしたそうじゃないか。」

リリアナの瞳がわずかに見開かれた。フェリシア・ラインベルク。かつて学院で親しく言葉を交わした令嬢であり、リリアナが唯一“友人”と呼べる存在だった。

そのフェリシアが、怯えた様子でアルベルトの袖をつかむ姿があった。わざとらしく揺れる金茶色の髪。涙をためた瞳でリリアナを見上げながら、震える声で呟く。

「リリアナ様……どうして、私にはあんなことを……」

「フェリシア?」リリアナは一歩踏み出す。「何を言っているの?」

「私はただ、アルベルト様と舞踏会でお話ししていただけなのに……“あなたなんかが王太子殿下と仲良くするのは許せない”と、そうおっしゃって……突き飛ばされました。」

どよめきが沸き上がる。リリアナの顔が青ざめた。

「そんなこと……言っていません……!」

必死の弁明も、貴族たちの間に冷笑となって広がるだけだった。

「もういい、リリアナ。」アルベルトが遮る。「君の醜い取り繕いは見苦しい。僕はフェリシアと真実の愛を誓う。君との婚約は、今日、この場をもって終わりだ。」

リリアナは息をのんだ。王太子の隣で微笑むフェリシア、そしてそれを祝福するような拍手がわずかに起きる。誰もが彼らを“正義の恋人たち”だと信じて疑わない表情をしていた。

その中で、リリアナだけが世界から切り離されたように立っていた。

(……ああ、なるほど。)

胸の奥に、冷たい理解が落ちた。  
フェリシアがこの数ヶ月、何かと王太子の話題をふってきた理由。侍女がいつからか彼女の噂を避けるようになっていた理由。  
すべて、彼女を孤立させるための準備だったのだ。

「……承知いたしました。」

声が震えなかったことが、自分でも不思議だった。

「アルベルト殿下、ご決断はご自由ですわ。私も、婚約の解消に異を唱えることはございません。」

「ほう、潔いな。」

「ただし一つだけ申し上げますわ。」

リリアナは背筋を伸ばし、静かに王太子を見据えた。青い瞳に、泣き言も懇願もなかった。ただ、冷ややかで清らかな光だけが宿っていた。

「いつかこの日の意味を、お気づきになるといいですね。」

その言葉に、アルベルトの眉がわずかに動いた。

「……どういう意味だ?」

「今は、まだ。」

リリアナは深く一礼し、広間をあとにした。誰も、彼女を呼び止めなかった。侍女たちの視線が背中に突き刺さるようであったが、リリアナは微笑みを崩さず、ただ静かに扉を押し開けた。

外は夕暮れだった。冬の空気が肌を刺す。  
息を吐くたび、白く揺れる。

(終わったのね……)

胸の奥で、何かがぽっきりと折れる音がした。それでも涙は出なかった。ただ無音の中で、足音だけが廊下に響いた。

──それから三日後。  
リリアナは王都を去った。

家名を捨て、婚約破棄の醜聞を一身に背負った令嬢は、まるで犯罪者のように人々の視線を避けるように旅立った。  
見送りに来たのは老執事一人だけで、馬車の車輪の音が遠ざかるほどに、肩の痛みが増していく。

(泣かない、泣かない……)

窓の外には、冬枯れの森が広がっていた。  
その先に広がる隣国──エルシャルト。  
噂によれば、冷徹無比の公爵が治める地だという。

「冷徹な公爵、ね……。今の私には、ちょうどいいかもしれない。」

ふっと自嘲めいた笑いがこぼれた。  
捨てられた令嬢が、冷たい国へ。そんな結末を笑う気力すらもうない。  
ただ一歩、また一歩と馬車は前に進んでいった。

だが、その先でリリアナの運命は、静かに形を変え始めていた。  
偶然など、なかったのだ。

続く
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