婚約破棄されたので公爵令嬢やめます〜私を見下した殿下と元婚約者が膝をつく頃、愛を囁くのは冷酷公爵でした〜

nacat

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第14話 彼の本当の顔

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王都からの使者が到着したのは、夜会の翌朝だった。  
雪原の向こうに黒い馬車が現れると、エルシャルトの空気はぴんと張りつめた。  
門衛たちが整列し、屋敷の中では既にセドリックの司令で迎えの準備が進められている。  

使者は二名。  
王太子付きの近衛騎士団所属、金糸の紋章がついた外套をまとい、鼻を高くしている。  
彼らの到着を知らせる鐘の音が鳴った瞬間、リリアナの心臓が跳ねた。  
昨日までの穏やかな日々が、唐突に遠ざかっていく。  

彼らの来訪が何を意味するのか、分かりきっていた。  
――王都の命令。  
――王太子アルベルトの意志。  

「緊張しているな。」  
背後で響いた低い声に振り返ると、セドリックがいた。  
黒の軍装に身を包み、雪を思わせる銀髪を後ろで結っている。  
その姿には、昨日までの穏やかさとは違う、圧倒的な威厳があった。  

「公爵様……。彼らは……」  
「俺の“客”だ。必要以上に怯えることはない。」  
「ですが、もし私に……」  
「お前は何も悪くない。堂々としていろ。相手が誰であれ、俺がすべて引き受ける。」  

その言葉に、胸が少し温かくなる。  
どうして彼の一言には、こんなにも心を支える力があるのだろう。  

***

大広間の扉が開かれ、使者たちが入ってきた。  
彼らは周囲を見下ろすように辺りを見回し、やがて玉座のような椅子に座るセドリックに視線を止めた。  
「エルシャルト公爵閣下。我らは王命を受けて参上した。」  
「聞こう。」  
「王太子殿下よりの直書により、リリアナ・アーデルハイトを王都に召還するよう命ずる。」  
「理由は。」  
使者の一人が胸を張る。  
「殿下の名誉を汚した容疑が再燃し、正式に再審を行うとのこと。民の前で潔白を証明する機会を与える、との温情です。」  

セドリックの唇が皮肉げに歪む。  
「“温情”か。裏を返せば、王家の都合に君の名を引きずり出したいということだ。」  
ざわめく従者たちの間で、リリアナは身を固くした。  
使者が彼女の方へ目を向け、軽蔑の笑みを浮かべる。  
「リリアナ様、殿下はまだお優しい方だ。過去の過ちを悔いるなら、今からでもお許しを願えばよい。」  
「許し……?」  
かすれる声でつぶやく。  
あの男への“許し”を請う?  
忘れようとした名を再び口にするような仕打ち。  

「彼は……」  
苦い思い出が蘇る。  
笑顔の裏で裏切りの刃を差し出した王太子の姿。  
「殿下は今でも貴女を案じておられます。真実を述べれば、元の地位も与えられましょう。」  
その口調には浅ましい勝者の気取りがあった。  

リリアナの沈黙に、使者は勝利を確信したように笑う。  
だが――。  

「結構だ。」  
セドリックの声が空気を裂いた。  
「この件に関しては、我が領内の裁量に属する。無実の女性を再び辱めるような命令、受け入れるわけにはいかない。」  
「な、なんと――!」  
「勘違いするな。王家の権威がこの地に及ばないわけではない。しかし、俺の庇護下にある者に、無実の罪を着せる権限など誰にもない。」  

使者が叫ぶ。  
「貴殿は王命に逆らうというのか!」  
「俺は真実に従う。」  
セドリックの銀の眼が凍てついた雪のように光る。  
「王命が偽りの上に成り立つなら、それは命ではない。暴虐だ。」  

静寂が広間を支配した。  
凛としたその威圧に、誰も言葉を発せない。  

リリアナは息を詰めた。  
その横顔を見つめる彼女の目に、映るのは“冷徹”と呼ばれた公爵の新たな一面――  
熱く、まっすぐな正義だった。  

使者たちは押されるように退きながらも、なお声を上げる。  
「このことを王都に報告します! 陛下に逆らうとは、貴国の立場を脅かす暴挙ですぞ!」  
「好きにしろ。だが一つ忠告しておく。」  
セドリックはゆっくりと前に出る。  
背筋を伸ばし、一言一言を氷に刻むように言い放つ。  
「次にこの屋敷へ来るときは、“公爵邸”ではなく、“要塞”として迎える覚悟を持て。」  

怒号のような沈黙。  
使者たちは蒼白な顔で退散した。  

***

扉が閉まり、静寂が戻ると、リリアナはようやく息を吐いた。  
「公爵様……あれでは、本当に王都と敵対してしまいます。」  
「敵対なら、とうの昔に始まっている。」  
「でも……」  
セドリックが振り返り、彼女の腕を取った。  
「お前は何を恐れている?」  
「貴方にまで、私のせいで苦難が――」  
「違う。」  
強く、しかし優しくその手を包む。  
「俺はお前のために盾を取っただけだ。誰かに命じられたわけではない。」  

その眼差しに、リリアナは言葉を失った。  
深い銀色の光が、痛みも哀しみも溶かすように優しかった。  

「……でも、なぜそこまでしてくださるのです?」  
聞きたいのに、どこか怖かった。  
もしそれが“憐れみ”であれば、自分の心が崩れてしまう気がしたからだ。  

「理由か。」  
セドリックはわずかに口元を緩め、ほんの少しだけ目を伏せた。  
「俺は人を愛することを、もうしないと思っていた。  
失われる痛みを二度と経験したくなかった。  
けれど、お前を見ていると、静かな雪の中にも炎があると気づかされる。」  

リリアナの胸が跳ねる。  
鼓動の音が耳にうるさいほど響いた。  

「お前は、自分が傷ついたことよりも他人の痛みを気にする。  
そんな人間を見過ごせない。それが俺という人間なんだろう。」  

その表情に迷いはない。  
冷たく見える外の雪とは裏腹に、彼の声には深い温度があった。  

「……公爵様。」  
涙がこぼれそうになる。  
けれど、それを見せるのが憚られ、リリアナは微笑んだ。  

「貴方の心が、冷たくないことを……私は知っています。」  
彼が一瞬驚いたように目を細め、そしてふっと笑った。  

「ならいい。」  

少しの沈黙が続く。  
二人の間に包まれる静けさは、奇妙にやさしい。  
外では雪がまた降り出していた。  

「寒いな。」  
「はい。」  
「火を足すか。」  
「ええ、でも……その前に。」  
リリアナはためらいのない瞳で彼を見た。  
「――ありがとうございます。」  
その言葉は静かだったが、確かな想いを含んでいた。  

セドリックは何も答えず、ただ彼女の髪に触れた。  
その仕草は告白ではない。  
けれど、言葉よりずっと強いぬくもりを持っていた。  

そしてその夜、リリアナは初めて知った。  
“冷徹公爵”と呼ばれた男の真の姿――誰よりも誇り高く、そして誰よりもやさしい人の顔を。  

外では、雪が静かに世界を覆っていく。  
まるで、その温もりを誰にも奪わせぬように。  

続く
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