24 / 28
第24話 真実の裁きの日
しおりを挟む
王都に春の兆しが訪れようとしていた。
長い冬が明け、冷たい空気が光に溶けるように柔らかく変わりはじめたころ。
王城の正門には、集まる民衆の列が続いていた。
「今日、“王国裁定”が開かれるらしいぞ。」
「リリアナ様の無実が正式に証される日だって聞いた。」
「公爵様もおいでになるとか……。」
誰もがその瞬間を見ようとしていた。
王家の権威を揺るがした北方の事件と、それに関係する人々の運命。
それはこの国の未来を決定づける一日になると誰もが理解していた。
***
王城の大広間では、重厚な扉の前に集まる人々の緊張が張りつめていた。
壇上に立つのは、玉座に座した国王の代理として執務を行う王太子アルベルト。
その姿は以前のような傲慢な輝きではなく、静かに苦悩を滲ませている。
殿下の前へと、白い衣をまとったリリアナが進み出た。
彼女の傍らにはセドリック・エルシャルト公爵が控え、凛とした気配を放っていた。
場内にざわめきが走る。
リリアナは深く一礼し、王太子へと視線を向けた。
「アルベルト殿下。私はこの場で、貴方のお言葉をお伺いします。」
「……よい。」
アルベルトの声は低く、しかしはっきりと響いた。
「リリアナ・アーデルハイト。
お前を誤って罪人のように断罪したこと、そして多くの恥辱を与えたことを、王家の名において詫びたい。
私は己の愚かさゆえに真実を見誤った。」
場が静まりかえる。息を呑む気配が広がった。
リリアナは首を横に振った。
「それはもう、過ぎたことです。
私がここに来たのは、過去を責めるためではありません。
この国が再び、誰かを同じように傷つけぬようにするためです。」
「……どういうことだ?」
リリアナは壇上を見上げたまま続ける。
「明確な罪がなくても、人は噂で殺されます。言葉ひとつで名誉を奪われます。
私はそれを身をもって知りました。
お願いです。どうかこの国に、真実を守るための機関を設けてください。
力ある者が下した“言葉”だけで人の価値を決めないように。」
その声は決して高くはなかったが、確固たる信念が籠っていた。
集まる貴族たちは顔を見合わせ、誰も安易に口を開けない。
アルベルトの拳が震えた。
「……確かに、お前の言う通りだ。」
彼は俯き、静かに息を吐いた。
「この国の“権威”は、いつしか“真実”よりも重くなっていた。
だが、それを変えるには、剣よりも重い勇気が必要だ。
リリアナ……お前はその勇気を持っている。」
王太子は椅子から立ち上がると、一歩彼女の前に進み出た。
その姿に場内の空気が震えた。
「今後、“名誉保全審理会”を設立する。
無実の罪を被った者を再び裁けるようにするためだ。
――その初代代表として、リリアナ・アーデルハイト。お前に任せたい。」
大広間に驚きの声が広がる。
リリアナはしばし目を見開いたが、やがて落ち着いた微笑みを浮かべた。
「……恐れながら、私は公爵家の庇護民としてこの国でようやく居場所を得た身。
そんな大役、務まるかどうか……。」
「それでも構わん。お前の言葉はこの国を救う。」
リリアナの隣で、セドリックが静かに頷いた。
「断る理由はない。彼女ほど相応しい者はいない。」
アルベルトはわずかに寂しげに笑みを浮かべた。
「……お前にはいつも気づかされる。
俺が“王”ではあっても、“人”ではなかったと。」
リリアナはゆっくり首を振る。
「違います。それは貴方がようやく“人”になった証です。」
彼の目に涙が浮かんだ。
「ありがとう、リリアナ。」
「殿下、どうか。今度こそ国を導いてください。」
彼女の言葉が終わると、場内から自然と拍手が起こった。
それは、かつての侮蔑や嘲笑とは対極の、真心のこもったものだった。
***
式が終わると、王城の中庭に柔らかな陽光が降り注いでいた。
冬の名残りがまだわずかに残る冷たい風の中、リリアナはセドリックと並んで歩いていた。
遠くの街に鐘の音が響く。
人々の顔には不安よりも希望の影が宿っている。
「……これで、終わりましたね。」
「いや、始まりだ。」
セドリックは立ち止まり、振り返った。
高くそびえる王城の塔を見上げながら言う。
「お前の声は、この国の風を変える。
俺が剣で守ることができなかった“理想”を、お前は言葉で守った。」
彼の言葉に、リリアナは胸に温かいものを感じた。
「私があの日、公爵様に出会っていなかったら、きっと今日の自分はいないでしょう。」
「同じだ。あの日、雪の宿で出会わなければ、今の俺もいない。」
二人は顔を見合わせ、ふと笑った。
その瞬間、遠くから白い花びらが風に舞う。
春の訪れを告げる“雪解花”の花だった。
かつて氷の大地を照らしてきた花が、今、都の空を飾る。
「……リリアナ。」
「はい?」
「お前がこの街に留まりたいのならそれでいい。
だが、もし望むなら――一緒に北へ帰ろう。」
リリアナは目を瞬かせ、そして微笑んだ。
「帰る場所があるって、幸せですね。」
彼女の言葉にセドリックが頷く。
その眼差しには、深い穏やかさが満ちていた。
「共に歩むと誓った。その誓いは変わらない。」
「私も、最後までこの手を離しません。」
手と手が触れる。
二人の間に、確かな温もりが芽生える。
鐘が再び鳴る。
人々の歓声が響く王都の中で、セドリックは小さく呟いた。
「今日のこの光景を、彼女の笑顔を、決して忘れまい。」
空には柔らかな風が吹き、花びらが舞い上がる。
それは祝福の風のように、二人の肩にそっと触れて消えた。
春は始まったばかりだった。
続く
長い冬が明け、冷たい空気が光に溶けるように柔らかく変わりはじめたころ。
王城の正門には、集まる民衆の列が続いていた。
「今日、“王国裁定”が開かれるらしいぞ。」
「リリアナ様の無実が正式に証される日だって聞いた。」
「公爵様もおいでになるとか……。」
誰もがその瞬間を見ようとしていた。
王家の権威を揺るがした北方の事件と、それに関係する人々の運命。
それはこの国の未来を決定づける一日になると誰もが理解していた。
***
王城の大広間では、重厚な扉の前に集まる人々の緊張が張りつめていた。
壇上に立つのは、玉座に座した国王の代理として執務を行う王太子アルベルト。
その姿は以前のような傲慢な輝きではなく、静かに苦悩を滲ませている。
殿下の前へと、白い衣をまとったリリアナが進み出た。
彼女の傍らにはセドリック・エルシャルト公爵が控え、凛とした気配を放っていた。
場内にざわめきが走る。
リリアナは深く一礼し、王太子へと視線を向けた。
「アルベルト殿下。私はこの場で、貴方のお言葉をお伺いします。」
「……よい。」
アルベルトの声は低く、しかしはっきりと響いた。
「リリアナ・アーデルハイト。
お前を誤って罪人のように断罪したこと、そして多くの恥辱を与えたことを、王家の名において詫びたい。
私は己の愚かさゆえに真実を見誤った。」
場が静まりかえる。息を呑む気配が広がった。
リリアナは首を横に振った。
「それはもう、過ぎたことです。
私がここに来たのは、過去を責めるためではありません。
この国が再び、誰かを同じように傷つけぬようにするためです。」
「……どういうことだ?」
リリアナは壇上を見上げたまま続ける。
「明確な罪がなくても、人は噂で殺されます。言葉ひとつで名誉を奪われます。
私はそれを身をもって知りました。
お願いです。どうかこの国に、真実を守るための機関を設けてください。
力ある者が下した“言葉”だけで人の価値を決めないように。」
その声は決して高くはなかったが、確固たる信念が籠っていた。
集まる貴族たちは顔を見合わせ、誰も安易に口を開けない。
アルベルトの拳が震えた。
「……確かに、お前の言う通りだ。」
彼は俯き、静かに息を吐いた。
「この国の“権威”は、いつしか“真実”よりも重くなっていた。
だが、それを変えるには、剣よりも重い勇気が必要だ。
リリアナ……お前はその勇気を持っている。」
王太子は椅子から立ち上がると、一歩彼女の前に進み出た。
その姿に場内の空気が震えた。
「今後、“名誉保全審理会”を設立する。
無実の罪を被った者を再び裁けるようにするためだ。
――その初代代表として、リリアナ・アーデルハイト。お前に任せたい。」
大広間に驚きの声が広がる。
リリアナはしばし目を見開いたが、やがて落ち着いた微笑みを浮かべた。
「……恐れながら、私は公爵家の庇護民としてこの国でようやく居場所を得た身。
そんな大役、務まるかどうか……。」
「それでも構わん。お前の言葉はこの国を救う。」
リリアナの隣で、セドリックが静かに頷いた。
「断る理由はない。彼女ほど相応しい者はいない。」
アルベルトはわずかに寂しげに笑みを浮かべた。
「……お前にはいつも気づかされる。
俺が“王”ではあっても、“人”ではなかったと。」
リリアナはゆっくり首を振る。
「違います。それは貴方がようやく“人”になった証です。」
彼の目に涙が浮かんだ。
「ありがとう、リリアナ。」
「殿下、どうか。今度こそ国を導いてください。」
彼女の言葉が終わると、場内から自然と拍手が起こった。
それは、かつての侮蔑や嘲笑とは対極の、真心のこもったものだった。
***
式が終わると、王城の中庭に柔らかな陽光が降り注いでいた。
冬の名残りがまだわずかに残る冷たい風の中、リリアナはセドリックと並んで歩いていた。
遠くの街に鐘の音が響く。
人々の顔には不安よりも希望の影が宿っている。
「……これで、終わりましたね。」
「いや、始まりだ。」
セドリックは立ち止まり、振り返った。
高くそびえる王城の塔を見上げながら言う。
「お前の声は、この国の風を変える。
俺が剣で守ることができなかった“理想”を、お前は言葉で守った。」
彼の言葉に、リリアナは胸に温かいものを感じた。
「私があの日、公爵様に出会っていなかったら、きっと今日の自分はいないでしょう。」
「同じだ。あの日、雪の宿で出会わなければ、今の俺もいない。」
二人は顔を見合わせ、ふと笑った。
その瞬間、遠くから白い花びらが風に舞う。
春の訪れを告げる“雪解花”の花だった。
かつて氷の大地を照らしてきた花が、今、都の空を飾る。
「……リリアナ。」
「はい?」
「お前がこの街に留まりたいのならそれでいい。
だが、もし望むなら――一緒に北へ帰ろう。」
リリアナは目を瞬かせ、そして微笑んだ。
「帰る場所があるって、幸せですね。」
彼女の言葉にセドリックが頷く。
その眼差しには、深い穏やかさが満ちていた。
「共に歩むと誓った。その誓いは変わらない。」
「私も、最後までこの手を離しません。」
手と手が触れる。
二人の間に、確かな温もりが芽生える。
鐘が再び鳴る。
人々の歓声が響く王都の中で、セドリックは小さく呟いた。
「今日のこの光景を、彼女の笑顔を、決して忘れまい。」
空には柔らかな風が吹き、花びらが舞い上がる。
それは祝福の風のように、二人の肩にそっと触れて消えた。
春は始まったばかりだった。
続く
142
あなたにおすすめの小説
婚約破棄ありがとう!と笑ったら、元婚約者が泣きながら復縁を迫ってきました
ほーみ
恋愛
「――婚約を破棄する!」
大広間に響いたその宣告は、きっと誰もが予想していたことだったのだろう。
けれど、当事者である私――エリス・ローレンツの胸の内には、不思議なほどの安堵しかなかった。
王太子殿下であるレオンハルト様に、婚約を破棄される。
婚約者として彼に尽くした八年間の努力は、彼のたった一言で終わった。
だが、私の唇からこぼれたのは悲鳴でも涙でもなく――。
婚約破棄されたので、前世の知識で無双しますね?
ほーみ
恋愛
「……よって、君との婚約は破棄させてもらう!」
華やかな舞踏会の最中、婚約者である王太子アルベルト様が高らかに宣言した。
目の前には、涙ぐみながら私を見つめる金髪碧眼の美しい令嬢。確か侯爵家の三女、リリア・フォン・クラウゼルだったかしら。
──あら、デジャヴ?
「……なるほど」
氷の令嬢は断罪を笑う 〜婚約破棄した元婚約者が泣いて縋ってももう遅い、私は本物の愛を知ったから〜
sika
恋愛
社交界で「氷の令嬢」と呼ばれた侯爵令嬢リディア。
王太子アーヴィンとの婚約を誠実に守ってきたのに、彼はリディアを「冷たい女」と断罪し、卑しい伯爵令嬢に乗り換えた。
婚約を破棄されたリディアは、静かに微笑みながら王城を去る――その強さに誰も気づかぬまま。
だが、彼女の背後には別の男の影があった。寡黙で冷徹と噂される隣国の公爵、アレン・ヴァルディール。
傷ついた令嬢と孤高の公爵、運命の出会いが新たな恋とざまぁの幕を開ける。
これは、裏切られた令嬢が真実の愛で満たされていく溺愛成長ストーリー。
そして最後に笑うのは、いつだって冷静な彼女――氷の令嬢だ。
頑張らない政略結婚
ひろか
恋愛
「これは政略結婚だ。私は君を愛することはないし、触れる気もない」
結婚式の直前、夫となるセルシオ様からの言葉です。
好きにしろと、君も愛人をつくれと。君も、もって言いましたわ。
ええ、好きにしますわ、私も愛する人を想い続けますわ!
五話完結、毎日更新
婚約破棄を申し入れたのは、父です ― 王子様、あなたの企みはお見通しです!
みかぼう。
恋愛
公爵令嬢クラリッサ・エインズワースは、王太子ルーファスの婚約者。
幼い日に「共に国を守ろう」と誓い合ったはずの彼は、
いま、別の令嬢マリアンヌに微笑んでいた。
そして――年末の舞踏会の夜。
「――この婚約、我らエインズワース家の名において、破棄させていただきます!」
エインズワース公爵が力強く宣言した瞬間、
王国の均衡は揺らぎ始める。
誇りを捨てず、誠実を貫く娘。
政の闇に挑む父。
陰謀を暴かんと手を伸ばす宰相の子。
そして――再び立ち上がる若き王女。
――沈黙は逃げではなく、力の証。
公爵令嬢の誇りが、王国の未来を変える。
――荘厳で静謐な政略ロマンス。
(本作品は小説家になろう、カクヨムにも掲載中です)
元婚約者に冷たく捨てられた伯爵令嬢、努力が実って王太子の恋人に。今さら跪かれても遅いですわ!
sika
恋愛
幼い頃から完璧な淑女として育てられたクロエは、心から想っていた婚約者に「君の努力は重い」と一言で婚約破棄を突きつけられる。
絶望の淵に立たされた彼女だったが、ある夜、偶然出会った温かな笑みの青年──実は身分を隠した王太子であるノエルと運命的な出会いを果たす。
新たな居場所で才能を咲かせ、彼の隣で花開くクロエ。だが元婚約者が後悔と嫉妬を滲ませ再び現れたとき──彼女は毅然と微笑む。
「貴方の愛を乞われるほど、私の人生は安くありませんわ」
これは、見放された令嬢が愛と誇りを手にする逆転劇。そして、誰より彼女を溺愛する王太子の物語。
『婚約もしていないのに婚約破棄ですか? 〜岩塩で殴れば目が覚めます?〜』
しおしお
恋愛
「岩を売る田舎娘と婚約?そんなもの破棄だ!」
――そう言い放ったのは、まだ婚約すら成立していないのに“婚約破棄”を宣言した内陸王国の王太子。
塩は海から来るもの。
白く精製された粉こそ本物。
岩塩など不純物の塊に過ぎない。
そう思い込んだ彼は、ハライト公国公爵令嬢ヴィエリチカを侮辱し、交易を軽んじた。
だが――
王都に届くその“白い粉”は、すべてハライト産の岩塩から精製されたものだった。
供給が止まった瞬間、王国は気づく。
塩は保存であり、兵站であり、治療であり、冬越しの生命線であったことを。
謝罪の席で提示された条件はただ一つ。
民への販売価格は据え置き。
だが国家は十倍で買い取ること。
誇りを守るために契約を受け入れた王太子。
守られたのは民。
削られたのは国家。
やがて赤字は膨らみ、担保は差し出され、王国は静かに編入されていく。
処刑はない。
復讐もない。
あるのは――帰結。
「塩は、穢れを流すためのものです」
笑顔で告げるヴィエリチカと、
王宮衛生管理局へ配属された元王太子。
これは、岩塩を侮った物語の、静かな終着点。
---
もしアルファポリス向けにもう少し軽くする版も欲しければ、作ります。
それとも、
・タグもまとめる?
・もっと煽る版にする?
・文学寄りにする?
どの方向で仕上げますか?
「君は完璧だから、放っておいても大丈夫」と笑った夫。~王宮から私が去ったあと「愛していた」と泣きついても、もう手遅れです~
水上
恋愛
「君は完璧だから、放っておいても大丈夫だ」
夫である王太子はそう笑い、泣き真似が得意な見習い令嬢ばかりを優先した。
王太子妃セシリアは、怒り狂うこともなく、静かに心を閉ざす。
「左様でございますか」
彼女は夫への期待というノイズを遮断し、離縁の準備を始めた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる