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プロローグ
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「シェリル・アンダーソン公爵令嬢!そなたとの婚約を破棄する!!」
この国の王太子ギデオン・サチェンストがそう叫んだ時、講堂内はしんと静まり返った。
今日はここ、王立学園の卒業式である。
3年生で卒業生総代として答辞を読んでいたギデオンが、答辞を読み終えるやいなや婚約者との婚約破棄を叫んだのだ。
名を呼ばれたシェリルは、周りの目が集まるのを感じながらゆっくりと前へ進み出る。
卒業式の行程には含まれない行動だったが、ギデオンの宣告で既に決められた行程からは外れているのだ。寧ろシェリルが応えなければ、進行役の生徒会長が困るだろう。
ステージのすぐ下まで出て来たシェリルはスカートを摘まんで頭を下げる。
美しいカテーシーだった。
「王太子殿下にご挨拶を申し上げます」
シェリルの凛とした声が響く。
学園内では身分の上下に囚われない自由な交流が推奨されている。これまでは王太子であっても学園内でギデオンにこんな挨拶をすることはなかった。
だがシェリルもギデオンももう卒業する身である。
まだ卒業式の最中とはいえ、貴族として礼を尽くす姿を見せるのが正しいと考えられた。
その方がギデオンの不作法が映え、シェリルの身を護るとも言えるのだ。
哀しいことではあるが、ギデオンから婚約を破棄されてしまうのならば、シェリルはその先の人生を考えなくてはならない。
実際勢いよく声を上げたギデオンは、シェリルの姿に困惑して勢いを失くしている。
もっと狼狽えたり取り乱したりすると思っていたのかもしれない。
戸惑いながら「頭を上げてくれ」というギデオンの声に、シェリルはすっと顔を上げた。
見上げるシェリルと見下ろすギデオン。
2人の視線がはっきりと交わるのは久しぶりのことだった。
「恐れながら、婚約を破棄する理由をお伺いしても?」
シェリルは声が震えないよう注意しながら問い掛ける。
本当は訊かなくてもわかっていた。
ギデオンは学園で知り合ったミーシャ・ディゼル男爵令嬢に心を奪われてしまったのだ。
最近ではシェリルがギデオンと過ごせる時間はほとんど無くなってしまっていた。今もどこから現れたのか、ミーシャ・ディゼル男爵令嬢がギデオンの腕に絡みついている。答辞の後に婚約破棄を言い渡すと、予め聞いていたのかもしれない。
「そなたにはすまないと思っている。だが俺はここにいるミーシャ・ディゼル男爵令嬢を愛してしまった。そなたとの婚約を破棄した後、ミーシャと婚約を結ぶつもりだ」
「シェリル様、申し訳ありません。ですが私たち、愛し合ってしまったんです」
ミーシャが目に涙を浮かべてふるふると震えている。
そのミーシャの肩をデギオンが愛しそうに抱き寄せた。
「そうですか……」
シェリルはそれしか応えることができなかった。
胸の内に虚無感が押し寄せてくる。
2人が愛し合っていることはわかっていた。
だけどその想いを貫き通すとまでは思っていなかったのだ。
精々側妃として召し上げるくらいだと思っていた。
だけどギデオンは選んだのだ。
シェリルより、王位より、ミーシャと一緒になることを。
「かしこまりました」
そう応えようとシェリルが口を開いた時だった。
「ちょっと待ってくれ!」
「そうよ!どういうことなの?!ギデオン?!」
大きな声に遮られてシェリルの言葉が宙に消える。
僅かに振り返ると、血相を変えた国王と側妃がこちらへ向かって走ってきていた。その後ろにはシェリルの両親であるアンダーソン公爵夫妻が渋い顔をして続いている。4人共ギデオンとシェリルの保護者として卒業式に参列していたのだ。
1年後。
王太子ギデオンと公爵令嬢シェリルの結婚式と、ギデオンの戴冠式が同時に行われた。
国王は退位して田舎の離宮へ引っ込むことになっている。
真っ白なタキシードとウエディングドレスを着てバルコニーから手を振る新しい国王夫妻は、民衆からの祝福を受けて幸せそうな笑顔を見せる。
時折国王は隣の王妃へ視線を向ける。
王妃が振り向き視線が合うと、照れくさそうに目を細めた。
この国の王太子ギデオン・サチェンストがそう叫んだ時、講堂内はしんと静まり返った。
今日はここ、王立学園の卒業式である。
3年生で卒業生総代として答辞を読んでいたギデオンが、答辞を読み終えるやいなや婚約者との婚約破棄を叫んだのだ。
名を呼ばれたシェリルは、周りの目が集まるのを感じながらゆっくりと前へ進み出る。
卒業式の行程には含まれない行動だったが、ギデオンの宣告で既に決められた行程からは外れているのだ。寧ろシェリルが応えなければ、進行役の生徒会長が困るだろう。
ステージのすぐ下まで出て来たシェリルはスカートを摘まんで頭を下げる。
美しいカテーシーだった。
「王太子殿下にご挨拶を申し上げます」
シェリルの凛とした声が響く。
学園内では身分の上下に囚われない自由な交流が推奨されている。これまでは王太子であっても学園内でギデオンにこんな挨拶をすることはなかった。
だがシェリルもギデオンももう卒業する身である。
まだ卒業式の最中とはいえ、貴族として礼を尽くす姿を見せるのが正しいと考えられた。
その方がギデオンの不作法が映え、シェリルの身を護るとも言えるのだ。
哀しいことではあるが、ギデオンから婚約を破棄されてしまうのならば、シェリルはその先の人生を考えなくてはならない。
実際勢いよく声を上げたギデオンは、シェリルの姿に困惑して勢いを失くしている。
もっと狼狽えたり取り乱したりすると思っていたのかもしれない。
戸惑いながら「頭を上げてくれ」というギデオンの声に、シェリルはすっと顔を上げた。
見上げるシェリルと見下ろすギデオン。
2人の視線がはっきりと交わるのは久しぶりのことだった。
「恐れながら、婚約を破棄する理由をお伺いしても?」
シェリルは声が震えないよう注意しながら問い掛ける。
本当は訊かなくてもわかっていた。
ギデオンは学園で知り合ったミーシャ・ディゼル男爵令嬢に心を奪われてしまったのだ。
最近ではシェリルがギデオンと過ごせる時間はほとんど無くなってしまっていた。今もどこから現れたのか、ミーシャ・ディゼル男爵令嬢がギデオンの腕に絡みついている。答辞の後に婚約破棄を言い渡すと、予め聞いていたのかもしれない。
「そなたにはすまないと思っている。だが俺はここにいるミーシャ・ディゼル男爵令嬢を愛してしまった。そなたとの婚約を破棄した後、ミーシャと婚約を結ぶつもりだ」
「シェリル様、申し訳ありません。ですが私たち、愛し合ってしまったんです」
ミーシャが目に涙を浮かべてふるふると震えている。
そのミーシャの肩をデギオンが愛しそうに抱き寄せた。
「そうですか……」
シェリルはそれしか応えることができなかった。
胸の内に虚無感が押し寄せてくる。
2人が愛し合っていることはわかっていた。
だけどその想いを貫き通すとまでは思っていなかったのだ。
精々側妃として召し上げるくらいだと思っていた。
だけどギデオンは選んだのだ。
シェリルより、王位より、ミーシャと一緒になることを。
「かしこまりました」
そう応えようとシェリルが口を開いた時だった。
「ちょっと待ってくれ!」
「そうよ!どういうことなの?!ギデオン?!」
大きな声に遮られてシェリルの言葉が宙に消える。
僅かに振り返ると、血相を変えた国王と側妃がこちらへ向かって走ってきていた。その後ろにはシェリルの両親であるアンダーソン公爵夫妻が渋い顔をして続いている。4人共ギデオンとシェリルの保護者として卒業式に参列していたのだ。
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時折国王は隣の王妃へ視線を向ける。
王妃が振り向き視線が合うと、照れくさそうに目を細めた。
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