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2章 ~過去 カールとエリザベート~
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葬儀の日から1年目を境にエリザベートは黒いドレスを着るのをやめた。
気持ちの整理がついたわけではない。顔を合わせる人たちが気を遣っているのを感じるからだ。
それにルイの存在は公にされていない。
この国の王族として、公表されていない王子の存在を主張し続けることはできなかった。
他にも理由はある。
エリザベートがいつまでも沈んだ顔をしていては、カールに側妃を薦めようとする重臣たちの邪魔をすることになるからだ。
エリザベートはカールの気持ちを疑っているわけではない。
エリザベートを愛してくれているのも、他の女性はいらないというのも本心だろう。
だからこそエリザベートが後押ししなくてはならない。
他の女性は必要なくても、世継ぎは必ず必要なのだ。
カールはマクロイド公爵の子息を養子に迎えようと考えているのだろう。
だけどマクロイド公爵はあくまでカールの子に王位を継がせたいと考えているはずだ。それが一番争いを生まなくて済む。
カールに生殖能力がないならともかく、相手がエリザベートでなければ子を儲けることができるのだ。
カールは国王として側妃を娶る義務があり、エリザベートには王妃として国王が恙なく世継ぎを儲けられるよう心を砕く義務があった。
『おとしゃま、だっこ』
『ああ。おいで』
ふいにいつかの会話が蘇る。
2人の笑い声が頭の中で木霊している。
カールはいずれ同じ様に己の子を抱くのだろう。
だけどエリザベートが「おかしゃま」と呼ばれる日はもう来ないのだ。
エリザベートはルイのシャツを抱き締め嗚咽を漏らした。
そんな本心を繕いながら日々をやり過ごしていたある日、奇跡が起きる。
エリザベートがまた懐妊したのだ。
「嘘でしょう……?」
「いえ、間違いございません。王妃様」
侍医長の言葉にエリザベートは体を震わせた。
確かに最近熱っぽさを感じていたし、吐き気をもよおすこともあった。月のモノの来ていない。
だけどルイを亡くして以来あまり食べられず良く眠れないので、その為の不調だと思っていたのだ。
「安静に……、安静にしよう、リーザ。このまま横になっていた方が良い」
付き添っていたカールがオロオロしながらじっとしているように言う。
ルイを懐妊していた時、流産してしまわないように半年以上をベッドの上で過ごしたことを覚えているのだ。だけどその顔には喜びが滲んでいる。
「公務はすべて代わるから心配いらない。何か食べられそうなものを……」
「ルイよ」
「え?」
侍女に指示を出そうと振り返っていたカールは驚いてエリザベートを見る。
エリザベートは腹に両手を当ててぽろぽろと涙を零していた。
「ルイよ!ルイちゃまが、帰って来てくれたんだわ……っ!」
「!!」
誰もが固まったように動きを止める。
――生まれ変わり。
そんな大それたことを考えているわけではないだろう。
ただルイを亡くしたことを受け止めきれず、ルイが戻って来たと思いたいのだ。
カールは腹を抱くようにしてさめざめと泣くエリザベートを強く抱き締めた。
気持ちの整理がついたわけではない。顔を合わせる人たちが気を遣っているのを感じるからだ。
それにルイの存在は公にされていない。
この国の王族として、公表されていない王子の存在を主張し続けることはできなかった。
他にも理由はある。
エリザベートがいつまでも沈んだ顔をしていては、カールに側妃を薦めようとする重臣たちの邪魔をすることになるからだ。
エリザベートはカールの気持ちを疑っているわけではない。
エリザベートを愛してくれているのも、他の女性はいらないというのも本心だろう。
だからこそエリザベートが後押ししなくてはならない。
他の女性は必要なくても、世継ぎは必ず必要なのだ。
カールはマクロイド公爵の子息を養子に迎えようと考えているのだろう。
だけどマクロイド公爵はあくまでカールの子に王位を継がせたいと考えているはずだ。それが一番争いを生まなくて済む。
カールに生殖能力がないならともかく、相手がエリザベートでなければ子を儲けることができるのだ。
カールは国王として側妃を娶る義務があり、エリザベートには王妃として国王が恙なく世継ぎを儲けられるよう心を砕く義務があった。
『おとしゃま、だっこ』
『ああ。おいで』
ふいにいつかの会話が蘇る。
2人の笑い声が頭の中で木霊している。
カールはいずれ同じ様に己の子を抱くのだろう。
だけどエリザベートが「おかしゃま」と呼ばれる日はもう来ないのだ。
エリザベートはルイのシャツを抱き締め嗚咽を漏らした。
そんな本心を繕いながら日々をやり過ごしていたある日、奇跡が起きる。
エリザベートがまた懐妊したのだ。
「嘘でしょう……?」
「いえ、間違いございません。王妃様」
侍医長の言葉にエリザベートは体を震わせた。
確かに最近熱っぽさを感じていたし、吐き気をもよおすこともあった。月のモノの来ていない。
だけどルイを亡くして以来あまり食べられず良く眠れないので、その為の不調だと思っていたのだ。
「安静に……、安静にしよう、リーザ。このまま横になっていた方が良い」
付き添っていたカールがオロオロしながらじっとしているように言う。
ルイを懐妊していた時、流産してしまわないように半年以上をベッドの上で過ごしたことを覚えているのだ。だけどその顔には喜びが滲んでいる。
「公務はすべて代わるから心配いらない。何か食べられそうなものを……」
「ルイよ」
「え?」
侍女に指示を出そうと振り返っていたカールは驚いてエリザベートを見る。
エリザベートは腹に両手を当ててぽろぽろと涙を零していた。
「ルイよ!ルイちゃまが、帰って来てくれたんだわ……っ!」
「!!」
誰もが固まったように動きを止める。
――生まれ変わり。
そんな大それたことを考えているわけではないだろう。
ただルイを亡くしたことを受け止めきれず、ルイが戻って来たと思いたいのだ。
カールは腹を抱くようにしてさめざめと泣くエリザベートを強く抱き締めた。
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