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2章 ~過去 カールとエリザベート~
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それからの1年は悪夢のようだった。
子が流れた直後に暴れたせいで身体を痛めたエリザベートは高熱が続いた。
時々目覚めても意識が朦朧としているらしく、呼び掛けに応えないエリザベートにカールの不安は募ったが、現実が認識できない間の方がエリザベートには幸せだったのかもしれない。
熱が下がり、意識がはっきりとしたエリザベートは平になった腹に手を当て泣き崩れた。
「私が母親だから……。他の女性の子であれば、生きていられたのに……っ!」
エリザベートは起きている間中嘆き続ける。カールがなんと声を掛けても気持ちが慰められることはないようだ。
カールが傍にいられる時はカールが、カールが傍にいられない時は母親の前公爵夫人やアンヌ、ゾフィーが交代で傍についていてくれていた。
もう子が望めないことはもう少しエリザベートの気持ちが落ち着くまで伝えないことにした。
だけど臣下にまで黙っていることはできない。後継者が決まっていない国は不安定で、もし今カールに何か起きたらと常に不安に晒されている。
後継者を儲けるのは君主として最も重要な責務なのだ。
それが不可能となったのだから、早急に対策を練る必要があった。
カールが最初に伝えたのは、エリザベートの父である前公爵と兄で現当主のリチャードだ。話を聞いた2人は呆然となった。
「それでは、お世継ぎは……」
言いかけて前公爵が視線を伏せる。
前公爵が悲痛な顔をしているのは、自身の孫を世継ぎにできないからではなく、想い合うカールとエリザベートを知っているからだ。
カールとしては自分の子に拘るつもりはなかった。子を望んだのは、エリザベートとの子だからだ。
側妃を娶りたくないというのも、他の女はいらないという気持ちもずっと変わらない。
「マクロイド公爵の子息を養子に考えている」
「マクロイド公爵のご子息ですか……」
2人が難しい顔をする。
マクロイド公爵が「王位は国王の嫡男が継ぐべき」という強い信念を持っていると知っているからだ。
カールの意思が変わらないように、マクロイド公爵の信念も変わっていない。
その後カールと前公爵、リチャードはそれぞれに動き出した。
前公爵やリチャードは重臣たちを集め、王妃に子が望めないことを伝えた。話を聞いた重臣たちは皆青褪めたそうだ。今のままでは世継ぎを望めないことも、それを王妃の親族から伝えられたことも衝撃的だったのだろう。
最も医局に手をまわしていて既に情報を知っていた者もいたようだ。その者からは早速側妃を娶るよう奏上された。
カールはマクロイド公爵と密談を重ねていた。
エリザベートに子が望めないことを直接伝え、子息を養子にしたいと頭を下げる。
告げられた事実に公爵はショックを受けたようだ。だけど公爵の考えは変わらなかった。
「……王位は、陛下の嫡男が継ぐべきです。陛下はお子を望めるのですから」
「公爵!!」
それは側妃を娶り、側妃との間に子を作れということだ。カールはエリザベートが相手でなければ子を儲けることができる。
残酷なことにルイがそれを証明していた。
「わたしの子を養子に差し出すつもりはございません。揉め事の原因になります」
カールが何度頭を下げても、事情を知った前王妃が密かに手紙で説得しても駄目だった。
子が流れた直後に暴れたせいで身体を痛めたエリザベートは高熱が続いた。
時々目覚めても意識が朦朧としているらしく、呼び掛けに応えないエリザベートにカールの不安は募ったが、現実が認識できない間の方がエリザベートには幸せだったのかもしれない。
熱が下がり、意識がはっきりとしたエリザベートは平になった腹に手を当て泣き崩れた。
「私が母親だから……。他の女性の子であれば、生きていられたのに……っ!」
エリザベートは起きている間中嘆き続ける。カールがなんと声を掛けても気持ちが慰められることはないようだ。
カールが傍にいられる時はカールが、カールが傍にいられない時は母親の前公爵夫人やアンヌ、ゾフィーが交代で傍についていてくれていた。
もう子が望めないことはもう少しエリザベートの気持ちが落ち着くまで伝えないことにした。
だけど臣下にまで黙っていることはできない。後継者が決まっていない国は不安定で、もし今カールに何か起きたらと常に不安に晒されている。
後継者を儲けるのは君主として最も重要な責務なのだ。
それが不可能となったのだから、早急に対策を練る必要があった。
カールが最初に伝えたのは、エリザベートの父である前公爵と兄で現当主のリチャードだ。話を聞いた2人は呆然となった。
「それでは、お世継ぎは……」
言いかけて前公爵が視線を伏せる。
前公爵が悲痛な顔をしているのは、自身の孫を世継ぎにできないからではなく、想い合うカールとエリザベートを知っているからだ。
カールとしては自分の子に拘るつもりはなかった。子を望んだのは、エリザベートとの子だからだ。
側妃を娶りたくないというのも、他の女はいらないという気持ちもずっと変わらない。
「マクロイド公爵の子息を養子に考えている」
「マクロイド公爵のご子息ですか……」
2人が難しい顔をする。
マクロイド公爵が「王位は国王の嫡男が継ぐべき」という強い信念を持っていると知っているからだ。
カールの意思が変わらないように、マクロイド公爵の信念も変わっていない。
その後カールと前公爵、リチャードはそれぞれに動き出した。
前公爵やリチャードは重臣たちを集め、王妃に子が望めないことを伝えた。話を聞いた重臣たちは皆青褪めたそうだ。今のままでは世継ぎを望めないことも、それを王妃の親族から伝えられたことも衝撃的だったのだろう。
最も医局に手をまわしていて既に情報を知っていた者もいたようだ。その者からは早速側妃を娶るよう奏上された。
カールはマクロイド公爵と密談を重ねていた。
エリザベートに子が望めないことを直接伝え、子息を養子にしたいと頭を下げる。
告げられた事実に公爵はショックを受けたようだ。だけど公爵の考えは変わらなかった。
「……王位は、陛下の嫡男が継ぐべきです。陛下はお子を望めるのですから」
「公爵!!」
それは側妃を娶り、側妃との間に子を作れということだ。カールはエリザベートが相手でなければ子を儲けることができる。
残酷なことにルイがそれを証明していた。
「わたしの子を養子に差し出すつもりはございません。揉め事の原因になります」
カールが何度頭を下げても、事情を知った前王妃が密かに手紙で説得しても駄目だった。
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