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初めまして
しおりを挟む「コイツを殺害してこい」
奥に座るいかにも偉そうな人物が、無造作に僕の前に書類を放った。僕はその書類を拾い上げて、中身を確かめた。
「……分かりました」
僕は書類を持って、その人物に敬礼をし、部屋から出た。そして、その書類に記載されている人物写真をマジマジと見た。
「『Loyal dogs』……」
________
僕はジリジリと照りつける太陽の下を、汗だくになりながら歩いていた。太陽は僕の肌を容赦なく焼き、それに呼応して、僕の肌から汗が噴き出す。タオルでいくら拭いても、全く追いつかない。
僕はスポーツドリンクをグイッと飲んだ。スポーツドリンクの冷たさが喉に染みて、思わずむせ返った。
(人間の身体は、太陽に照りつけられただけで死んでしまう程、脆い)
この時期の太陽は、人間にしてみればまさに殺戮兵器の様なものだ。あの星の存在が、この地球上の何万もの生き物を殺し、また同時に植物に活力を与える。そうやって、他の星の力を借りながら、この世界はバランスを保っているのだろう。
僕は目の前の蜃気楼を睨みながら、片田舎の田園風景広がる道を歩いていた。ポタポタと汗がアスファルトにシミを作る。地面から目を離し空を仰ぎ見れば、淡青色の透き通った空が、僕を包む様に迎えてくれた。
いつまでも太陽を睨んでいても仕方ないので、僕はこれから会う人物について、考える事にした。
(あんなにバリバリ最前線で戦っていたのに、突然こんな田舎に住んで……あの人は一体、何を考えているんだろう……)
僕は書類を鞄から取り出した。書類は、小さい文字の羅列と写真で埋め尽くされている。その中でも特に重要なものに、予め出発前に赤丸を付けておいた。僕は赤丸のついたところを、再度読み返した。
Name : 緋色 皐
Sex : 男性
Upbringing : 元軍人。軍を抜けてからは、反政府組織『Justice』に所属。《東京戦争》停戦後、檜原村に移住。住所は最後のページに記載。
How to kill : 殺害後、美術館に展示予定なので、刺殺が好ましい。
僕はHow to killの所を何回も読み返した。
(武器中の武器のあの人を……果たして武器で殺す事が出来るのだろうか)
緋色皐とは、この世に存在する『武器』の中で最強の性能を誇る『武器』だ。そして、「武器が所有者を選ぶ」と、今のご時世ではありえない発言をした狂人。それが世間一般の、彼に対する認識だ。
でも、僕は彼を尊敬しているし、言ってる事が分からないでもなかった。『所有者』が『武器』を支配する時は、その『武器』の武器印への干渉の許しがいる。だから、「武器が所有者を選ぶ」という意見は、あながち間違いではないのだ。
当時の彼は、『武器』の権利を主張し、政府の上層部から目の敵にされていた。それでも無事で居れたのは、一重に彼の人望の厚さのおかげだった。一言で言うと、彼は政府の中では最早絶滅危惧種の、善人という部類の人間だったのだ。
しかも、世界最強。上層部も、彼の能力と人望に免じて、いかに鬱陶しかろうとも、彼の言う事には全て耳を傾けていた。それを、同じ『武器』として、僕も誇りに思っていた。
そんなかつては誇りに思っていた人を、僕はこれから、殺そうとしているのだ。僕はふと思った。
(僕はこれから、命令の為に善人を殺すのか)
僕は頭を振った。そんな事は、殺した後に考えれば良い。家畜にとって、情などあるだけ無駄なのだ。今、政府は彼を殺したがっている。それだけで理由は充分。僕はそれに応えるだけだ。
(道具に、感情は不要だ)
そう、不要なのだ。なぜなら、『武器』は『道具、家畜と同等』というのが、政府の意向だから。
僕は帽子を目深に被って、書類から顔を上げた。まだまだ、太陽が容赦なく焦がすアスファルトの田舎道は続いていた。
________
駅から歩き始めて30分程で、目的の家が見えてきた。僕は少し脱水症状気味になりながら、その家を目指した。途中、ホースで植物に水をやるお婆さんを見かけた。フワッと、草と水の若い匂いが漂ってきた。
その若い香りとは裏腹に、僕の心は水が搾り取られた様に乾いていた。
(今年の夏は、僕にとって最悪の夏だろう)
そんな予感がしていた。『武器』の為に戦った人を、『武器』である僕が殺すのだから。僕は彼を殺した瞬間、酷く後悔するのだろう。今から心の準備をしなければならない。
目的地の家の前まで来た。白い外装が特徴の家。窓が多い印象を受ける。窓枠が真っ赤に塗られているのも印象に残る家だ。僕は、真っ白なインターホンを鳴らした。
「………」
2分経過、無反応。
もう一回押してみる。
「…………出ない」
僕は途方に暮れた。上層部は「手紙を送っておいたから、家には入れてくれるだろう」と言っていたのに。そろそろ3本も持ってきたスポーツドリンクも切れそうなのに。このままでは、この炎天下の中で、彼を殺す前に僕は死んでしまう。
僕は玄関に向かった。真っ白ののっぺりしたドアが立ちはだかる。僕はダメ元でドアを押してみた。するとガチャッと、軽快な音がした。
「……開いた」
鍵が開いていた。いくら最強でも、無用心な気がする。
「……お邪魔します」
このまま死ぬのも嫌だったので、入らせていただいた。どうせしばらくの間同居するのだから、文句は言われないだろう。
家の内装は、外装と同じく白かった。白い一本の廊下が、途中枝分かれしながら、ずっと奥に続いている。僕は足音を消して、取り敢えず奥の部屋に向かった。ドアノブに手をかけ、音を立てないよう、慎重に開けた。
「!?」
奥の部屋のドアを開けた瞬間、濃厚な薔薇の匂いが、僕の嗅覚を襲った。甘く、刺激的で、どこか官能的な匂いだった。少しその匂いにクラッとなったが、僕は倒れるのを押し止まり、そのまま勢いに任せてドアを全て開けた。
「…………」
その部屋は、立方体のようだった。正方形の白い床に、白い壁紙。天井付近と南側に、大きい窓が続けて2枚ずつ取り付けられていた。そして、その中心には、天窓から太陽を眺める1人の人間がいた。
白銀色の、水の波紋を写し取った美しい髪。陶磁器の様に滑らかな白い肌。スラッと伸びた背に、驚く程長い脚。僕に気がついて振り向いたその顔は、まるで御伽話に出てくる妖精の様な、摩訶不思議な美しさを備えていた。
僕は暫くの間、彼の完成された隙のない美しさに見惚れていた。
「誰だ?」
彼は猜疑の声を上げた。僕はハッとなって、慌ててお辞儀をした。
「今日から同居させていただく事になった、五月七日周です。よろしくお願いします」
「あぁ……」
彼は僕が何者か知って、僕に興味を失った様だった。また太陽を見上げる。
僕は少し不思議に思った。こんなに太陽の光が入ってきているのに、この部屋は暑くないのだ。それどころか、涼しく感じる。辺りを見回しても、クーラーらしきものはないのに。光だけが、この部屋に入ってきているイメージだ。
これが、彼が『白銀の太陽』と呼ばれる所以だろうか。太陽の光だけを燦々と浴びる彼は、この世で一番美しい気がした。
僕はこれ以上いても迷惑になるだけだと判断し、この部屋を出ようとした。
「っ!!」
突如、首襟を後ろから引っ張られた。喉が締まり息苦しさを感じる。彼はいつの間にか、僕の後ろまで迫っていた。彼の冷たい深紅の瞳が、僕を見下ろしていた。
「何、勝手に部屋を出ようとしてるんだ」
「僕は邪魔かと思いまして……」
「馬鹿。お前が話始めるのを、俺様はずっと待ってたんだよ」
彼は僕の言葉を待っていたのか。……邪魔ではなかったらしい。僕は彼と向き合った。
……が、話すことが無い。彼の事は、おおむね書類で把握しているし、この流れから「今日は天気が良いですね」みたいな、とんちんかんな話をし始められるとは思えなかった。
「……………」
「……お前、仮にも都市部から来た役人だろ。話のネタくらい調達してから来いよ」
「すみません」
また、彼との間に沈黙が流れる。何となく、彼との沈黙は気まずかった。
彼はため息をついた。それから、僕の手を引っ掴んだ。
「!」
「仲良くなる第一歩だ。一緒に昼食作るぞ」
そのまま、僕は彼に手を引かれるまま、リビングに連れて行かれた。
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