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明け方
しおりを挟む僕を両断する筈の刃は、僕の首の手前で止まっていた。僕は暫しの間、放心していた。
「『生きたい』って言ってみろ」
彼は僕にそう言った。僕は彼の言ったその言葉の真の意味を、理解していた。
「……家畜は、意見など持ちません」
「お前の心は生きたいって叫んでる筈だ。それを、口に出して表現してみろ。さぁ」
「無理です」
僕は彼を恨んだ。彼は、僕の心の扉を無理矢理開こうとするのだ。乱暴なやり方で、錠を力任せに引きちぎる。扉を無理矢理こじ開けられる方の僕の気持ちを、全く考慮していない。
「無理です、じゃねぇ。自分の心に素直に従うだけだろ。誰でも出来る事だ」
「僕には出来ません」
「出来る。お前は人間だから」
「僕は人間じゃないっ!!」
母の言葉を思い出した。
『貴方はこれから、家畜になるのよ』
はい、が僕の答えだった。それが運命だと受け入れた。僕は、弟の為に、母の為に、そうあるべきだと今も思っている!!
「僕は」
「お前は人間だッッッ!!」
彼の怒鳴り声は、僕の身体を震わせるには充分過ぎた。僕はその迫力に気落とされ、ガラスの散らばる床にへたり込んだ。
そして、そのまま膝に顔を埋めた。
「……なんなんですか、貴方は……」
「俺様は俺様だ」
「………」
彼の放つ眩しい光に、目が眩んだ。彼は僕の手を取って、ボロボロになったソファに僕を座らせた。
「やっと泣けたな」
彼の言葉に、僕は返答出来なかった。目頭と喉が焼けるくらい熱かった。
僕はボロボロの顔で泣いていることを、ちょっと経って自覚した。自分がこんなにぐちゃぐちゃになるなんて……。
「貴方の、せいだ……あなたの……」
「確かにな」
彼は、僕の傷に消毒液を垂らした。ピリッとした痛みが、今僕がここに居る証拠の様だった。
彼は満面の笑みで、僕の頭を撫でた。
「明日、お前の箸とコップ買って、窓買って、ワックスも買おう。日曜大工すんぞ」
彼の指し示した方向は、すごく温かかった。僕はその光になすすべなく、頷いた。
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