「憎悪しか抱けない『お下がり令嬢』は、侍女の真似事でもやっていろ」と私を嫌う夫に言われましたので、素直に従った結果……

ぽんた

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ロラン、負傷す

「申し訳ございません。もうすこしはやく情報をつかんでいれば……。情報(それ)を入手したときにはすでに遅く……」

 ロランが口惜しそうにつぶやいた。

 彼も王子の一人。当然、敵がどうにかしたいと思っている一人である。 その彼が無事でよかった。無事に王都から戻ってきてくれてよかった。

「内通者がいるな」
「ええ、兄上。諜報員の一人は、バロワン王国の者です。その者が手引きし、反王族派の貴族や民衆を使嗾いたしました」
「なんてことだ」

 何かとんでもないことになってしまっている。

 わたしがここでしあわせっぽい生活を送っている間に、王都は最悪の事態を迎えてしまっていたのである。

 姉も行方知れずらしいし。

 ロランを見るともなしに見つめた。

 いつものように将校服を着用しているのではなく、グレーのシャツに黒いズボンを着用している。

「ロ、ロラン、あなた……」

 そのとき、はじめて気がついた。

 彼の左の肘の上あたりが、変色している。

 グレーのシャツだから気がつかなかったけれど、変色しているのはそこが血に染まっているからに違いない。

「ああ、これは……」

 彼もまた、自分の傷なのにはじめて気がついたかのようにつぶやいた。反射的なのかしら。左腕をひいて二の腕を隠そうとした。

「ロラン、どうしたんだ?」

 クロードもショックを受けたみたい。一歩ロランに近づこうとした。

「ロラン、見せてちょうだい」

 そのときには、体が勝手に動いていた。

 ロランの左手首を握っていたのである。

「つうっ……」

 彼がうめき声を上げた。

「妃殿下、大したことはありませんから。自分で応急手当はしています。傷口が開いただけです」
「バカなことを言わないで。クロード、椅子を」
「ああ」

 思わず、ロランを叱りつけていた。それから、クロードのことを将軍と呼ぶのをすっかり忘れてしまっていた。

 クロードが椅子を持って来てくれたので、有無を言わさずロランを座らせた。

 彼のシャツの左袖をめくり上げる。

 その間に、クロードが医療箱を準備してくれた。

「ひどいわ」

 思わずつぶやいてしまった。

「剣で斬られたのね」

 左側の肘の上の皮膚が、すっぱり裂けている。

 ロランは自分で止血し、軍人はだれでも所持している薬を塗って包帯できつく縛った。その上で、化膿止めを服用したのでしょう。だけど、それだけでは充分じゃない。

 結局、傷口が裂けてしまっている。

「しかも、よほどの手練れみたいね」

 血を拭い、消毒をして薬草を塗りこむ。

「先生に診てもらった方がいいわね」

 きつい口調になっていた。

 わたしも応急処置しか出来ない。すぐにまた、裂けて血まみれになってしまう。

「ありがとうございます、妃殿下。それにしても、よくわかりましたね」
「え?ああ、傷口のこと?すこしだけど剣をつかえるのよ。子どものときに教えてもらったことがあったから。わたしがふざけたせいで剣で斬られたことがあってね。ほら、これ」

 シャツの右袖をめくってみせた。

 右の肘の上に、傷痕が残っている。

「これは……」

 クロードとロランが顔を見合わせた。

「ええ、わかっているから何も言わないで。どうせ、女だてらに剣など振りまわすからだって言いたいんでしょう?」

 二人の表情を見ればすぐにわかるわ。

 クロードが美しい顔に渋面を作り、わたしの古傷に右の親指を這わせた。

 それからハッとしたように顔を上げ、指をはなした。

「いや……。とにかく、「剣聖」と異名を持つおまえにここまで手傷を負わせるとは、どこのどいつだ?」

 クロードは、不自然に話題を元に戻した。

 すると、ロランが急にうつむいて居心地悪そうにしはじめた。

 めくり上げた袖をもとに戻す。

 ロランは、チラチラとわたしをうかがっている。

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