「憎悪しか抱けない『お下がり令嬢』は、侍女の真似事でもやっていろ」と私を嫌う夫に言われましたので、素直に従った結果……

ぽんた

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アンガーマネジメント

 彼は、林のときとおなじように拳を握りしめてブルブル震えている。その鋭い視線は、パイ生地のクズしか残っていないパイ皿に突き刺さっている。

 ええ、クロード。

 林のときには、あなたの拳と全身のブルブルの理由がわからなかった。
 でも、いまのブルブルの理由はよくわかるわ。

 だけどね、クロード。あなたの異腹の兄と、わたしの姉のやったことなの。彼らにもわけがあるのよ。王都から命からがら逃げだし、食べ物や飲み物もなく、恐怖と不安に怯えながら救いの手を求めて尋ねて来てくれたの。

 空腹で死にそうだったら、だれだってこれくらいやらかしちゃうわよね?

 クロード、あなたはそう思わない?

 心の中で呼びかける。

 そのとき、彼がこちらを見た。

 その鋭い視線は、わたしの心の中の思いを全否定しているみたい。

 クロード、落ち着きましょうよ。この二人ををぶっ飛ばしたりぶち殺したりというのは、彼らの話をきいてからにしましょう。ねっ?

 心の中でそう続けたときである。

「ったく、しけたものしかないな」
「そうよね。いままでで一番貧相で野蛮な食べ物だわ」

 マリユスとお姉様が、わたしたちにとっては最強の料理やスイーツをあろうことか全否定した。

 ダメダメ、わたし。

 いますぐぶっ飛ばしたりぶち殺したりしましょう、ってかんがえてはダメよ。

 そのとき、クロードがプイとうしろを向いてあるきだした。

 居間に向かっているのだ。

 招かざる二人の客は、そもそも居間にいるはずだったのである。

 当然、わたしもついてく。

 廊下をあるきつつ、クロードの肩が上下しているのがわかる。

 アンガーマネジメントっていうの?怒りをどうにかしようとしているのね。

 わたしもそれにならってみた。

「おいっ、どこへ行く?」
「ちょっと、きいているの?」

 うしろから、マリユスとお姉様がついてくる。

 お願いよ、二人とも。どうかおとなしくしていて。

 怒りがすこしでもおさまるまで、その口を閉じていてちょうだい。

 背中でそう語ってやったが、二人にそれがわかるわけもないわよね。


 廊下の途中でクロードが立ち止まった。居間の扉が開いたままになっている。

 うしろからついてきているマリユスとお姉様がちょうど口を閉じたタイミングだったので、屋敷内に静寂が戻ってきた。

 居間の窓が開けっぱなしになっているのね。室内から、紙がカサカサと音を立てる音がきこえてくる。

「おかしいわね。窓は開けなかったし、扉はちゃんと閉めたのに」

 お姉様も、カサカサという音に気がついたらしい。

 そうだったわ。お姉様もわたしも、物心ついたころから「窓や扉はちゃんと閉めろ。不用意に開けるな」などとうんざりするほど言われている。開けたものはちゃんと閉めるのはわかる。だけど、不用意に開けるなの意味がいつもわからないでいた。

 それは、玄関や部屋の扉や窓のことではなく、家具や棚の扉のことだったのかもしれない。

 なにせオリヴィエ公爵家は秘密が多い。いまだにまったくわかってはいない。とりあえず、いろんなところにいろんなものがある。それが隠しているものなのかはわからない。
「不用意に扉を開けるな」というのは、好奇心旺盛で扉という扉を開けまくっていたわたしに対する注意だったのかもしれないわね。

 それはともかく、わたしもいまだにその注意は守っている。お姉様も同様に守っている。

 お姉様が守っているというところが、なぜか可笑しかった。

 可笑しがっていると、クロードが左半面だけうしろに向けたので彼に近づいた。

「居間にだれかいる」
「だれかいる?」

 かぎりなく小さな声で告げられ、バカみたいにおうむ返ししてしまった。

 だれかいるってだれがいるわけ?

 なるほど。
 だから、閉まっているはずの扉や窓が開いているのね。


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