「憎悪しか抱けない『お下がり令嬢』は、侍女の真似事でもやっていろ」と私を嫌う夫に言われましたので、素直に従った結果……

ぽんた

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お兄様?

「ああ、なるほど。それで閉まっているはずの扉や窓が開いているのね。納得したわ」
「リン、緊張をほぐしてくれて礼を言うよ。「そこ」、じゃないだろう?」
「どういたしまして。わたしにとったら「そこ」、なのよ。だって、ここでだれがいるのかウジウジかんがえていても、なにも思いつかないわ。それとも、あなたはそういうスキルでも持っているわけ?すべてを見通す神みたいなスキルを?」
「そんなわけないだろう?ったく、ああいえばこういうしこういえばああ言うし」
「おあいにく様。あなたには負けるわ。さあ、行きましょう。行って、だれがいるのか確かめてみましょうよ」
「おい、押すなよ」

 クロードの背中をぐいぐい押し、二人して居間の前に立った。

 こちら側に背を向けて設置している長椅子にだれかが、具体的には男性が座っている。

 胸から上ががっしりしている。ということは、当然胸から下もがっしりしているわけで……。

 右足を組んで座っているその姿は、たしかに見覚えがある。

 心臓が飛び跳ねた。

 すぐうしろで、お姉様が息を飲んだのを感じる。

「お兄様っ?」

 そして、お姉様に一番肝心な台詞を取られてしまった。

 その耳障りきわまりない甲高い声に反応し、男が、というよりかはお兄様がゆっくり立ち上がってこちらを向いた。

 お兄様……?

 たしかに、記憶にあるお兄様を老けさせて貫禄をつけたような感じは感じである。

 お兄様は、控えめに言っても美しすぎた。これは、身内びいきではない。だぶん、だけど。

 いまでも美しいのは美しい。美しさに年齢相応の凄みと渋さが加わったかしら。

 体格だって長身でそこそこ筋肉はついているけれど、そこまでガチガチについているわけではない。つまり、体も美しい。

 いまは、その体をグレーのスーツに包んでいる。

 いかにもやり手の諜報員って気がしないでもない恰好ね。

 まぁそれは、わたしがクロードに借りて読んでいる諜報員物の小説に出てくるキャラたちがしている恰好から判断しているのだけれど。

 それはともかく、いまのお兄様は根本的に何かが違う。

 気迫?雰囲気?オーラ?

 とにかく、「これが違う」と特定は出来ない。だけど、確かに何かが違うのである。

「これは、驚いたな。ディアーヌ、それからリン。わが妹たちじゃないか」

 お兄様は、わたしたちがここにいることを知っているくせにわざとらしく言った。

 渋美しい顔には、やわらかい笑みが浮かんでいる。

 その笑顔は、幼い頃のわたしの慰めだった。

 お転婆ばかりして両親や姉や侍女や執事たちから怒られたわたしに、お兄様はいつもやわらかい笑みをたたえて慰めてくれた。

 あのときのわたしにとっては、どんな慰めの言葉よりもこのやわらかい笑みだけで充分慰められた。

 そんなことまで覚えているなんて……。

 驚き以外のなにものでもない。

「お、お兄様。わたしたちを殺そうとしているのは、やはりお兄様なのね」

 うしろでお姉様が震える声で尋ねた。

 かすかに異臭が流れてくる。

 お姉様も元夫のマリユスも、生きのびる為にどんなことでもして逃げてきたに違いない。それこそ、肥溜めに落ちたりゴミを漁ったりしながら。

 だからといって、彼らに同情するつもりはない。

 いいえ。同情なんて出来やしない。

 わたしは、たまたまここにいたから難を逃れたにすぎない。

 マリユスに離縁されず、あのまま王都でいたたまれない思いをしながらでも生活していたら、おなじ目にあっていたでしょう。

 いいえ。王都から逃げだすことすらしなかったかもしれない。

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