「憎悪しか抱けない『お下がり令嬢』は、侍女の真似事でもやっていろ」と私を嫌う夫に言われましたので、素直に従った結果……

ぽんた

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お兄様がわたしをかばってくれた

 馬上、じたばたとあがいた。

 馬にはかわいそうなことをしている。
 ごめんねって心の中で謝りつつも、あがき続ける。

 どうしても、お兄様といっしょにいたくない。

「やめないか、リン。落ちるぞ」
「だったら、その手をはなして。いっしょにいたくないのよ」
「なぜだ?あの男のどこがいい?あのままいっしょにいたら、おまえも死ぬことになるんだぞ。あのときもせっかく助かったんだ。その後も、おまえだけはと助けてきたつもりだ。リン、暴れるのはよせ」

 上半身をよじってお兄様の方を見た瞬間、お兄様が右頬に平手打ちを食らわしてきた。

 その鋭い痛みより、お兄様が言ったことが耳の中でジンジンしている。

「助かったとか助けてきたつもりとか、いったいどういうことなの?」

 右頬、きっと赤くなっているわよね?

 お姉様にくらべたらずっと見劣りする顔ですもの。赤くても青くても黄色くてもかまわないわ。

 もう一度体をひねってみた。平手打ちをしたばかりで、お兄様が体を支えていない。だから、バランスを崩してしまった。

 当然、馬上から地上に落下する。

「リンッ」

 ドサッと音がした瞬間に息が止まりそうなほどの衝撃が背中に走った。

「お兄様?」

 だけど、それもまだマシだったに違いない。

 お兄様の右腕がわたしの首から腰にかけて守ってくれていたから。

 彼の右腕が、わたしの体重プラス落下による衝撃からわたしの背中をカバーしてくれていたのである。

「お兄様っ」

 慌ててどいた。

 どいてから驚いてしまった。

 お兄様の右腕が、厳密にはグレーのジャケットの袖にシミがついている。しかも、そのシミはじょじょにひろがっていっている。

 彼が腕をひっこめるよりはやく、その腕をつかんだ。

「つうっ」

 お兄様の渋美しい顔がゆがんだ。

 その表情に目を向けてしまったので、すぐには気がつかなかった。

「お、お兄様っ?」

 お兄様の腕の下に、そんなに大きくはないけれど石があったのである。しかも、そこまで鋭利ではないけれど石の先端部分が尖っている。

 周囲を見ると、他にもいくつか石や砂利がある。

 街道のこの辺りにだけこんなものがあるのかはわからない。

 そんな「なぜ?」はともかく、本来ならわたしがこの石の上に落ちて背中か、運が悪ければ頭とか首に刺さっていたかもしれない。死ぬようなことはなくっても、けっして軽くはないケガを負った可能性がある。

 お兄様は、それを馬上で察知してわたしといっしょに落馬し、自分の右腕を伸ばしてわたしをこの石からかばってくれたんだわ。

「お兄様、ごめんなさい」

 ついさっきまでのやり取りなど、すっかりふっ飛んでしまっている。

 目に涙が勝手に溢れてきた。そこまできたら、止める術はない。

 ポロポロと落ち、頬を伝っていく。

「ブルルル」

 いつの間にか、お兄様の馬が顔を近づけていた。

 鼻を鳴らしてから、その鼻を頬に押し付けてくる。

 鼻のフニフニ感がたまらなく気持ちがいい。

 頭上では太陽が地上を睥睨し、容赦なく陽光を浴びせている。

 だけど、それも左右にある木々の枝葉にはかなわない。木々の奥の方は、陽光が届かず真っ暗である。

 小鳥たちの呑気な囀りがきこえてきたかと思うと、違う方角からは羽ばたきがきこえてくる。

「大丈夫だ」

 お兄様がわたしの手を振り払うようにして右腕をひっこめた。

「大丈夫なわけないじゃない。血がでているわ。骨が折れたかひびが入ったかもしれないじゃない。すくなくとも、石の先端が突き刺さって傷ついているわ」

 涙をポロポロ流しながら訴えていた。

「泣くなって。リン、おまえがしっかり育っていることがわかって安心したよ。ちょっと育ちすぎているかもしれないな。腕一本では、とうてい支えきれない」
「もうっ、お兄様ったら」

 泣きながら笑ってしまった。

 それは、昔よく揶揄われていたのとおなじ言葉だったからである。


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