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その日は快晴だった。
領地内はいま、小麦の収穫に追われている。
このマカリスター侯爵領は、メイトランド王国の国境一帯を所有している。肥沃な土地と豊富な鉱物資源により、メイトランド王国でも一、二位を争う豊かさを誇っている。
そして、それらの管理や経営をしているのが、マカリスター侯爵夫人であるこのわたし。
マカリスター侯爵家に嫁いですでに十年。自分でいうのもなんだけど、いまやわたしがいなければ成り立たないほど、管理や経営を担っている。
しかも小麦も鉱物もこのメイトランド王国のみならず、近隣諸国でも一番の収穫と産出量を誇っているため、この時期になると眠る暇もないほど忙しくなる。
領民にまじり、小麦の収穫に全力を注ぐ。あるいは、鉱山に行ってみんなを激励する。
この日も、いつもと同じように朝から晩まで奔走し、暗くなってからやっと屋敷に戻ってきた。
じつは、この時期は義弟のクリフトンがかならず訪れてくれる。彼は夫の弟ながらわたしと同年代ともあり、わたしがマカリスター侯爵家に嫁いだ当初から気にかけてくれていた。わたしが嫁いで二年すると、彼は事情があって養子に入ることになり王都に行ってしまった。それでも、たまに帰ってきてはいろいろ手伝ってくれたり相談にのってくれている。おざなりの婚儀でほんのわずか時間顔を合わせて以降、帰ってくるどころか顔さえ忘れてしまった夫よりも、クリフの方がよほど頼りになる。
もっとも、夫がこの屋敷によりつかない理由はわかっている。夫とわたしは、いわゆる政略結婚。わたしは、隣国のオグバーン国の出身でこの王国にやってきた。そして、当時はまだマカリスター侯爵子息だった夫に嫁いだわけだ。はやい話が、夫は好きでもなんでもないわたしの顔などみたくないということだろう。まぁ、それはわたしにもいえることだけど。それでも、嫁いだ以上はマカリスター侯爵子息夫人として、あるいはマカリスター侯爵夫人として、やるべきことはやっている。責任と義務は、きっちり果たしている。
それはともかく、夫がこんな状態だからクリフは時間の許す帰って来てくれるのだ。
この日は、もちろん彼もいっしょだった。
領民たちも、いまでは夫よりも弟である彼を信頼し、期待しているようだ。
その証拠に、どこにいってもクリフは人気者だ。彼は、それほどまでにこのマカリスター侯爵領内で頼られているというわけ。
「奥様。夕食の準備ができています」
屋敷に戻ると、メイドのブレンダが待ち構えていた。
それから、執事のローレンスも。
「奥様、旦那様より書類が届いております」
「書類?」
当惑した。
今年で結婚十周目になる夫は、政治活動とやらでずっと王都にいる。こちらが手紙を出してもいっさい返事が来ない。急使をだしても同様だ。
訂正。夫は、二か月に一度まとまった金を要求してくる。政治資金に必要だからというが、彼は政治家ではない。しかもそんな金の要求も、走り書きのメモ程度にすぎない。
その夫から書類が送られてくるなんて、当惑して当然だろう。
「なにかしらね?」
クリフにわかるはずはないのに、彼を見ていた。
案の定、彼は両肩をすくめただけだ。
「とりあえず、夕食の前に見た方がよさそうね」
嫌な予感しかしない。
可能性としては、金絡みだ。しかも書類ともなれば、なにかしらのトラブルに巻き込まれたか起こしたかで、多額の金額を要求してきたのかもしれない。
そんなことを考えつつ、執務室に向った。クリフもついてきた。
夫とわたしの関係についてある程度の事情を知っている彼である。いまさら拒否る必要はない。
「いったいなにかしらね?」
執務机上にある書類袋を、ペーパーナイフを使って開けて丁寧にそこから取り出した。
入っていたのは、たった一枚の紙片だった。
それに目を通してみた。
クリフも、わたしの横からのぞきこんでいる。
『結婚契約更新書』
から始まっていた。
『これより十年間、夫婦の関係を更新する。手当金の額については前回の契約と同額とし、二か月に一度支払うものとする。同意するなら、署名欄に署名の上返送されたし』
そのように記載されている。
「これってどういうこと?」
クリフが尋ねてきた。
「それはわたしの台詞ね、きっと」
そう応じるだけでせいいっぱいだった。
領地内はいま、小麦の収穫に追われている。
このマカリスター侯爵領は、メイトランド王国の国境一帯を所有している。肥沃な土地と豊富な鉱物資源により、メイトランド王国でも一、二位を争う豊かさを誇っている。
そして、それらの管理や経営をしているのが、マカリスター侯爵夫人であるこのわたし。
マカリスター侯爵家に嫁いですでに十年。自分でいうのもなんだけど、いまやわたしがいなければ成り立たないほど、管理や経営を担っている。
しかも小麦も鉱物もこのメイトランド王国のみならず、近隣諸国でも一番の収穫と産出量を誇っているため、この時期になると眠る暇もないほど忙しくなる。
領民にまじり、小麦の収穫に全力を注ぐ。あるいは、鉱山に行ってみんなを激励する。
この日も、いつもと同じように朝から晩まで奔走し、暗くなってからやっと屋敷に戻ってきた。
じつは、この時期は義弟のクリフトンがかならず訪れてくれる。彼は夫の弟ながらわたしと同年代ともあり、わたしがマカリスター侯爵家に嫁いだ当初から気にかけてくれていた。わたしが嫁いで二年すると、彼は事情があって養子に入ることになり王都に行ってしまった。それでも、たまに帰ってきてはいろいろ手伝ってくれたり相談にのってくれている。おざなりの婚儀でほんのわずか時間顔を合わせて以降、帰ってくるどころか顔さえ忘れてしまった夫よりも、クリフの方がよほど頼りになる。
もっとも、夫がこの屋敷によりつかない理由はわかっている。夫とわたしは、いわゆる政略結婚。わたしは、隣国のオグバーン国の出身でこの王国にやってきた。そして、当時はまだマカリスター侯爵子息だった夫に嫁いだわけだ。はやい話が、夫は好きでもなんでもないわたしの顔などみたくないということだろう。まぁ、それはわたしにもいえることだけど。それでも、嫁いだ以上はマカリスター侯爵子息夫人として、あるいはマカリスター侯爵夫人として、やるべきことはやっている。責任と義務は、きっちり果たしている。
それはともかく、夫がこんな状態だからクリフは時間の許す帰って来てくれるのだ。
この日は、もちろん彼もいっしょだった。
領民たちも、いまでは夫よりも弟である彼を信頼し、期待しているようだ。
その証拠に、どこにいってもクリフは人気者だ。彼は、それほどまでにこのマカリスター侯爵領内で頼られているというわけ。
「奥様。夕食の準備ができています」
屋敷に戻ると、メイドのブレンダが待ち構えていた。
それから、執事のローレンスも。
「奥様、旦那様より書類が届いております」
「書類?」
当惑した。
今年で結婚十周目になる夫は、政治活動とやらでずっと王都にいる。こちらが手紙を出してもいっさい返事が来ない。急使をだしても同様だ。
訂正。夫は、二か月に一度まとまった金を要求してくる。政治資金に必要だからというが、彼は政治家ではない。しかもそんな金の要求も、走り書きのメモ程度にすぎない。
その夫から書類が送られてくるなんて、当惑して当然だろう。
「なにかしらね?」
クリフにわかるはずはないのに、彼を見ていた。
案の定、彼は両肩をすくめただけだ。
「とりあえず、夕食の前に見た方がよさそうね」
嫌な予感しかしない。
可能性としては、金絡みだ。しかも書類ともなれば、なにかしらのトラブルに巻き込まれたか起こしたかで、多額の金額を要求してきたのかもしれない。
そんなことを考えつつ、執務室に向った。クリフもついてきた。
夫とわたしの関係についてある程度の事情を知っている彼である。いまさら拒否る必要はない。
「いったいなにかしらね?」
執務机上にある書類袋を、ペーパーナイフを使って開けて丁寧にそこから取り出した。
入っていたのは、たった一枚の紙片だった。
それに目を通してみた。
クリフも、わたしの横からのぞきこんでいる。
『結婚契約更新書』
から始まっていた。
『これより十年間、夫婦の関係を更新する。手当金の額については前回の契約と同額とし、二か月に一度支払うものとする。同意するなら、署名欄に署名の上返送されたし』
そのように記載されている。
「これってどういうこと?」
クリフが尋ねてきた。
「それはわたしの台詞ね、きっと」
そう応じるだけでせいいっぱいだった。
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