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「やあ、わたしのお姫様」
レッドフォード公爵家は、文字通り隣人だ。代々の当主は爵位の上下があるにもかかわらず仲が良く、当代の当主と次期当主も同様だ。しかも次期当主は、宰相補とその側近という間柄。わたしも兄とともにグレンとは幼馴染なのだ。
子どもの頃、三人でよく遊んだりいたずらをした。女の子でしかも年少のわたしは、グレンと兄に可愛がられたものだ。
グレンと兄は、わたしのことをお姫様と呼んでいた。当時、わたしはそれがうれしかった。
その呼び名で呼ばれたいま、うれしいというよりかは気恥ずかしかった。というか、照れくさかった。それだけではない。懐かしい気持ちでいっぱいになった。
「宰相補閣下、ごきげんよう」
ドレスの裾を上げ、にこやかに挨拶をした。
「宰相補閣下だって?」
「では、レッドフォード公爵子息様?」
「公爵子息だって? やめてほしいな。なんなら、昔のように王子様と呼んでほしいんだけど」
グレンがおどけたように言い、ふたりで同時に笑ってしまった。
「きみが帰っくると聞いてね。休みを取ったんだ。いつも馬車馬のようにこき使われているから、こんなときくらい休まなきゃ。だろう?」
「もちろんです。働きすぎは体に毒ですよ」
「だから、きみとゆっくり話をして癒されたいんだ。どうだい? きみさえよければ、うちの東屋で話をしないかい? レオンがきみの大好きなアップルパイをはりきって焼いてくれたんだ。もちろん、クリーム付きだ」
レオンは、レッドフォード公爵家の料理長だ。子どもの頃から、わたしの大好きなアップルパイを焼いてはふるまってくれた。
「あー、いいな。わたしもいきたーい」
兄が子どもっぽくねだった。
「わたしが休みを取ったお蔭で、きみも休みが取れたんだがね?」
「はいはい。わかっているよ。サヤ。のけ者にされた可哀そうな兄に、アップルパイのお土産を頼むよ。ゆっくり楽しんでおいで」
兄に見送られ、レッドフォード公爵家に遊びに行った。
心の中は、ドキドキとざわざわでいっぱいいっぱいだ。それこそ、どうにかなってしまいそうなほどに。
それでもポーカーフェイスを保ちつつ、せめてグレンとのひとときを楽しもう。そう心に決めた。
「やあ、サヤ。よく来たね」
「サヤ、うれしいわ」
「おばさま、おじさま。お元気そうでなによりです」
グレンの両親、つまり現レッドフォード公爵夫妻が笑顔とともに出迎えてくれた。
「サヤ、痩せたのではないか?」
「そうよ、サヤ。大丈夫なの?」
公爵夫妻は、順番にわたしをハグしながら心配げに尋ねてきた。
昔とまったくかわらぬそのやさしさとあたたかさに、おもわず涙がでそうになった。
それを必死におしとどめなければならなかった。
「ダメですよ、ふたりとも。サヤは、わたしのものです。彼女を質問攻めにできる権限は、わたしにだけあるのです」
困っているわたしにグレンが助け舟をだしてくれた。
「わかっているよ。何年かぶりだ。ふたりでゆっくり話をするといい」
「そうね。名残惜しいけれど、わたしたちはでかけなければならないの。またゆっくり話をしましょうね」
夫妻は、でかけるところだったのだ。ふたりに一礼し、別れを告げた。
東屋に行くと、すでにアップルパイとお茶の準備が整っていた。アップルパイの上には、クリームがたっぷりのっている。
まずは堪能した。
グレンは、形のいい口の端にクリームをいっぱいつけて笑っている。
その姿もまた、子どもの頃とかわっていない。
(このままときがとまればいいのに……)
つい弱気になってしまった。
お腹がいっぱいになるほど堪能した後、グレンが切り出した。
「サヤ。きみはいましあわせかい?」
「えっ?」
その予期せぬ問いに、ドキリとした。
「ラドフォード侯爵夫人として、というかラドフォード侯爵の妻としてしあわせなのかい?」
すぐには答えられなかった。イエスともノーとも。
いや。答えはひとつしかない。しかし、正直に答えることはできない。なぜなら、グレンに心配をかけてしまうからだ。
「ええ。しあわせです」
だから、嘘をつくしかなかった。
レッドフォード公爵家は、文字通り隣人だ。代々の当主は爵位の上下があるにもかかわらず仲が良く、当代の当主と次期当主も同様だ。しかも次期当主は、宰相補とその側近という間柄。わたしも兄とともにグレンとは幼馴染なのだ。
子どもの頃、三人でよく遊んだりいたずらをした。女の子でしかも年少のわたしは、グレンと兄に可愛がられたものだ。
グレンと兄は、わたしのことをお姫様と呼んでいた。当時、わたしはそれがうれしかった。
その呼び名で呼ばれたいま、うれしいというよりかは気恥ずかしかった。というか、照れくさかった。それだけではない。懐かしい気持ちでいっぱいになった。
「宰相補閣下、ごきげんよう」
ドレスの裾を上げ、にこやかに挨拶をした。
「宰相補閣下だって?」
「では、レッドフォード公爵子息様?」
「公爵子息だって? やめてほしいな。なんなら、昔のように王子様と呼んでほしいんだけど」
グレンがおどけたように言い、ふたりで同時に笑ってしまった。
「きみが帰っくると聞いてね。休みを取ったんだ。いつも馬車馬のようにこき使われているから、こんなときくらい休まなきゃ。だろう?」
「もちろんです。働きすぎは体に毒ですよ」
「だから、きみとゆっくり話をして癒されたいんだ。どうだい? きみさえよければ、うちの東屋で話をしないかい? レオンがきみの大好きなアップルパイをはりきって焼いてくれたんだ。もちろん、クリーム付きだ」
レオンは、レッドフォード公爵家の料理長だ。子どもの頃から、わたしの大好きなアップルパイを焼いてはふるまってくれた。
「あー、いいな。わたしもいきたーい」
兄が子どもっぽくねだった。
「わたしが休みを取ったお蔭で、きみも休みが取れたんだがね?」
「はいはい。わかっているよ。サヤ。のけ者にされた可哀そうな兄に、アップルパイのお土産を頼むよ。ゆっくり楽しんでおいで」
兄に見送られ、レッドフォード公爵家に遊びに行った。
心の中は、ドキドキとざわざわでいっぱいいっぱいだ。それこそ、どうにかなってしまいそうなほどに。
それでもポーカーフェイスを保ちつつ、せめてグレンとのひとときを楽しもう。そう心に決めた。
「やあ、サヤ。よく来たね」
「サヤ、うれしいわ」
「おばさま、おじさま。お元気そうでなによりです」
グレンの両親、つまり現レッドフォード公爵夫妻が笑顔とともに出迎えてくれた。
「サヤ、痩せたのではないか?」
「そうよ、サヤ。大丈夫なの?」
公爵夫妻は、順番にわたしをハグしながら心配げに尋ねてきた。
昔とまったくかわらぬそのやさしさとあたたかさに、おもわず涙がでそうになった。
それを必死におしとどめなければならなかった。
「ダメですよ、ふたりとも。サヤは、わたしのものです。彼女を質問攻めにできる権限は、わたしにだけあるのです」
困っているわたしにグレンが助け舟をだしてくれた。
「わかっているよ。何年かぶりだ。ふたりでゆっくり話をするといい」
「そうね。名残惜しいけれど、わたしたちはでかけなければならないの。またゆっくり話をしましょうね」
夫妻は、でかけるところだったのだ。ふたりに一礼し、別れを告げた。
東屋に行くと、すでにアップルパイとお茶の準備が整っていた。アップルパイの上には、クリームがたっぷりのっている。
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「えっ?」
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「ラドフォード侯爵夫人として、というかラドフォード侯爵の妻としてしあわせなのかい?」
すぐには答えられなかった。イエスともノーとも。
いや。答えはひとつしかない。しかし、正直に答えることはできない。なぜなら、グレンに心配をかけてしまうからだ。
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