悠久の放浪者

神田哲也(鉄骨)

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第十七話「一人の夜、そして出会い」

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 夜空に浮かぶ三つの月は、もう見慣れたものになっていた。
 たき火がぱちぱちと爆ぜる音が、静寂の中に心地よく響く。

「……静かだな」

 ゴンタと別れて初めての夜。
 ……いや、正確には、この世界に来て以来、二度目の「一人で過ごす夜」だ。
 何もわからなかったあの時と、今もあまり変わっていないように思う。
 けれど、ゴブリンたちとのあの生活を経て、生き抜く力が養われた。

 火に炙った肉を口にする。
 これは最後にゴンタと二人で狩ったウサギの肉だ。
 これだって、捌くのはおれがやった。
 現代日本で生活していたら、生きたウサギを殺すなんてことはまず経験しないことだろう。
 最初は俺も抵抗しかなかったが、生きるためにはするしかないのだから。

 目の前の炎をじっと見つめながら、俺はぼんやりと考えていた。
 ゴンタの言葉が正しければ、この先には人間の村がある。

「人間の社会か……」

 俺がこれから接触することになるのは、どんな人間たちなのだろう?
 彼らはどんな文化を持っているのか? 文明の程度はどのくらいなのか?
 この世界には魔法がある。そうなると、機械文明はどの程度発展しているのかも気になる。蒸気機関があるのか、電気は使われているのか、それとも完全に中世ファンタジーのような世界なのか……。

 そもそも、言葉は通じるのか?

 俺はこの世界に来てから、ゴブリンたちとはなんとか会話が成立していた。だが、それは言語習得速度上昇のスキルのおかげだったのかもしれない。人間とはどうなのか、試してみるまで分からない。

 彼らの姿は? 肌の色は? 瞳の色は?

 人間以外の種族はいるのか? 獣人やエルフ、ドワーフなんかもいるんだろうか?
 武力はどの程度のものなのか? 剣や弓が主流なのか、それとも魔法がメインなのか? もしかして銃とか大砲があったりするのか?

「冒険者……なんてのもいるのか?」

 この世界の治安はどうなっているのか。盗賊のような存在がいるのかどうかも、考えておかなければならない。

 ──とりとめもない考えが浮かんでは消えていく。

 ふと、俺は夜空を見上げ、静かに呟いた。

「そもそも、俺はなんでこの世界に招かれたんだ?」

 よくある物語のように、神様のような存在に会った記憶はない。
 俺がこの世界にいる理由はなんなのか。
 目的は?
 俺が成すべきことは何なのか?
 だが、虚空に問いかけても、答えは返ってこなかった。
 もしかしたら、目的も理由もないのかもしれない。ただの偶然でこの世界に来ただけなのかもしれない。

 月明かりの下、虫の声が近くで鳴きだした。
 聞きなれた虫の音のような、でも全く違うような気さえする。

「いい子守歌になってくれそうだ」

 それを聞きながら、俺はゆっくりとまぶたを閉じた。

 ゴンタと別れて二日目。
 とにかく平原を東に向かって歩いた。

「今日は雲が多いな」

 空は半分以上を雲が覆っている。太陽はたまに顔を覗かせて、スポットライトのように一部分だけを照らすだけだ。
 気候は大分涼しくなってきているが、歩いているからか少し暑いくらいのものだった。
 なだらかな丘を上ったり下りたりして進む。
 平原に生えている草は大体が膝くらいの高さで、高くても腰位のものしか生えていない。
 ウサギやネズミなど、小動物の姿は見るものの、大きな獣の姿を見ることはなかった。

 そんな景色を見飽きはじめてきたころ。
 歩き続けた平原の向こうに、薄く煙が立ち昇っているのが見えた。

「……焚き火?」

 火事ではなさそうだ。誰かが火を使っているということは、そこに人がいるということだろう。
 俺は慎重に近づいていった。
 近づくにつれて、焚き火のそばに座る人の姿が見えてくる。

 焚き火のそばには、ゆったりとした服を着た男性が一人。近くには馬車が停められており、その上には荷物と一緒に女性が一人座っている。

 馬車の馬は……ロバに近い、ずんぐりむっくりした体型をしている。

 盗賊とかではなさそうだ。どちらかといえば、商人か旅人といったところか。
 少し迷ったが、思い切って声をかけることにした。

「おーい!」

 俺の存在に気づいた二人が立ち上がり、こちらをじっと凝視する。
 警戒されているのかもしれないが、俺はあえて大きく手を振ってみた。
 すると、向こうも手を振り返してくれる。

 大丈夫そうだな……。

 警戒させないよう、ゆっくりと歩いて距離を詰めていく。
 十メートルほどまで近づいたときだった。
 男性が、こちらに向かって声を発した。

「ベラマサ、クリャー?」
「……なんて?」
「コラダエ、ミーリン?」

 ……困った。
 やっぱり、言葉は通じないか……。

 俺はどう返事をすべきか考えながら、相手の表情や仕草を観察した。

 さて、どうするか──。
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