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第二十六話「村長宅での夕食」
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気がつけば、太陽はすっかり傾いていた。
空は茜色に染まり、遠くの雲が黄金色に輝いている。さすがにそろそろ村に戻らないといけない時間だろう。随分と長い間話し込んでしまったらしい。
ロビンはというと、まったく疲れた様子を見せない。むしろ、まだまだ話したりないとでも言うように目を輝かせていた。
俺も多少は疲れているが、若返った影響なのか、それほどしんどくもない。
「そろそろ村に戻ろうか」
そう言うと、ロビンは「そうね」と頷いた。
俺自身、空腹を感じ始めていた。
聞いたところによると、この村では食事は朝と夕方の二回なのだそうだ。都会の方では一日三食らしいが、ここではそれが普通らしい。
二人で並んで歩きながら、村へと戻る。
「そうだ、ケイスケはしばらくこの村にいるの?」
「それは、まだわからないな」
今のところ、ここに留まる理由は特にない。けれど、居心地が悪いわけでもない。むしろ、こうしてロビンと話している時間は楽しかった。
とはいえ、それは俺が一方的にそう思っているだけで、村の人々が受け入れてくれるかどうかはまた別の話だ。
「記憶が戻るまでいたらいいわ。私がお父さんに話してあげるから」
「ありがとう。ちょっと考えてみるよ」
ロビンは本当に裏表のない素直な子なのだろう。彼女がそう言うなら、本当に村長である父親に話してくれるのだろう。
村の入口に近づくと、そこには見覚えのある馬車が止まっていた。
「あら、お帰りなさい」
馬車の傍にいたのは、イテルさんだった。商人であるリームさんの奥さんであり、世話焼きな人だ。
「ただいま戻りました、イテルさん」
俺がそう返すと、イテルさんは微笑んだ。
「ふふ、どうだった? ロビンちゃんは」
「えーと、まあ……いろいろと教えてもらいました」
「そうなの、良かったわね」
子供扱いされるのには少し戸惑う。俺としては、ロビンは話し相手というより、知識を教えてくれる先生みたいな存在だった。
「それじゃあ、行きましょうか」
「どこへ?」
「村長宅よ」
そういえば、リームさんたちは村長宅に世話になるんだった。そして、俺も今夜は村長宅で夕食をいただくことになっているらしい。
俺たちはイテルさんと共に村長宅へ向かった。
村長の家は、二階建ての立派な建物だった。白い壁に太い木の柱が使われており、しっかりとした造りをしている。広い庭には大きな納屋が三つあり、柵の中にはヤギのような家畜が数頭いた。家の周囲には二階の屋根ほどの高さの木々が立っており、風に揺れている。
玄関の大きな木の扉をくぐると、中は広々としていた。
土間から続く室内は土足でいいらしい。床は木製で、さまざまな物が整理整頓されて並んでいた。
「お邪魔します」
そう言いながら、居間へと通される。そこにはすでにリームさんが座っており、俺たちを迎えた。
食事の準備が整うと、大きな長机に皆が並んで座った。机の上には、パン、スープ、肉料理、果物などが並んでいる。田舎の村とはいえ、食事は意外にも豪華だ。
「空にましますアポロの神よ。恵みに感謝を」
「感謝を」
全員が手を合わせ、祈りを捧げた。俺も見よう見まねで同じようにする。
アポロの神……?
どこかで聞いたことがある名前だ。確か、地球のギリシア神話にもアポロという神様がいたような気がするが……。この世界の神様と同じものなのか、それとも単なる偶然の一致なのか。
そんなことを考えながら、俺は静かに食事を口に運んだ。
食事はどれも美味しかった。村の素朴な料理という先入観を持っていたが、味付けは塩のみということもなく、香草や香辛料が使われており、思っていたよりもずっと複雑な味がした。肉の煮込みは特に香ばしく、パンも適度に弾力があり、スープとの相性が抜群だった。
そんな食事の席で、ロビンはなんでもないことのように、俺のことを話題に出した。
「お父さん、ケイスケは記憶がなくて、その前のことを覚えてないんだって」
「なんと」
村長のオーブリーさんが驚きの声を上げる。
「それは本当なのか? ケイスケ」
リームさんもスプーンを持ったまま、驚いた表情でこちらを見た。
「何も、覚えていないの?」
イテルさんまでもが目を丸くする。
「いえ、自分の名前や、その他の知識みたいなものは覚えているんですけど……。以前の自分がどんなことをしていたか、どうやってリームさんたちと出会う前に旅をしてきたのかが、どうにも思い出せなくて」
言葉を選びながら説明する。言語についても、記憶喪失の影響でやっと思い出してきたと弁明した。
「……そうだったのか、それは大変だったね」
オーブリーさんが神妙な面持ちで頷く。
「言葉も忘れるなんて……」
オーブリーさんの妻であるベッタさんも、心配そうに俺を見た。
「きっかけがあれば、思い出していくと思うんですけど」
言語習得の異様な速さについても、これで言い訳がたつ。
「だから、ちゃんと記憶が戻るまで、うちに置いてあげない? お父さん」
ロビンが真剣な表情でオーブリーさんを見つめる。
「……む。まあ、それは構わないのだがね」
オーブリーさんはリームさんに目配せした。
「そのことについて私からも話すつもりだったんだが、ケイスケはどうしたい?」
確かに、ある程度拠点を持って落ち着きたい気持ちはある。だが、この世界に来た理由や意味を見つけるためには、旅をする必要もあるだろう。
それに、この世界には幸いなことに、定番の冒険者という職業があるらしい。
イメージ通りのものなら、依頼を受けて魔物やなんかと戦い、報酬を得る職業だろう。この世界でせっかく若返ったのなら、やってみたいこともたくさんある。特に、魔法を使ってみたい。
「冒険者か、なるほど」
リームさんが納得したように頷く。
「君くらいの男の子は、皆憧れるものだ」
オーブリーさんも賛同してくれた。
しかし、女性陣の反応は違った。
「やめたほうがいいわよ」
「そうよ、冒険者なんて危険すぎるわ」
ロビンやベッタさんが反対の声を上げる。どうやら、夢とロマンの職業ではあるものの、現実はかなり過酷なのだろう。
「僕も冒険者になりたいです!」
突然、リエト君が元気よく手を挙げた。まだ六歳の彼は無邪気で、やはり勇者アレクシスに憧れているらしい。
「お前はまだ早いだろう、リエト」
「えー!」
リエト君は口をとがらせる。だが、それを微笑ましく見ていたオーブリーさんは、ふと俺に向き直り、真剣な目で言った。
「いずれにしても、もう少し大きくなってからがいいだろうな」
……俺は小さいのか? 確かに、若返ったことだし、これから背が伸びる可能性はあるが。
その後は、今年のミネラの村の豊作の話や、リームさんが隣村や他領の情勢などについて語り、とりとめのない話が続いた。
こうして、村長宅での夕食は、穏やかに終わるのだった。
空は茜色に染まり、遠くの雲が黄金色に輝いている。さすがにそろそろ村に戻らないといけない時間だろう。随分と長い間話し込んでしまったらしい。
ロビンはというと、まったく疲れた様子を見せない。むしろ、まだまだ話したりないとでも言うように目を輝かせていた。
俺も多少は疲れているが、若返った影響なのか、それほどしんどくもない。
「そろそろ村に戻ろうか」
そう言うと、ロビンは「そうね」と頷いた。
俺自身、空腹を感じ始めていた。
聞いたところによると、この村では食事は朝と夕方の二回なのだそうだ。都会の方では一日三食らしいが、ここではそれが普通らしい。
二人で並んで歩きながら、村へと戻る。
「そうだ、ケイスケはしばらくこの村にいるの?」
「それは、まだわからないな」
今のところ、ここに留まる理由は特にない。けれど、居心地が悪いわけでもない。むしろ、こうしてロビンと話している時間は楽しかった。
とはいえ、それは俺が一方的にそう思っているだけで、村の人々が受け入れてくれるかどうかはまた別の話だ。
「記憶が戻るまでいたらいいわ。私がお父さんに話してあげるから」
「ありがとう。ちょっと考えてみるよ」
ロビンは本当に裏表のない素直な子なのだろう。彼女がそう言うなら、本当に村長である父親に話してくれるのだろう。
村の入口に近づくと、そこには見覚えのある馬車が止まっていた。
「あら、お帰りなさい」
馬車の傍にいたのは、イテルさんだった。商人であるリームさんの奥さんであり、世話焼きな人だ。
「ただいま戻りました、イテルさん」
俺がそう返すと、イテルさんは微笑んだ。
「ふふ、どうだった? ロビンちゃんは」
「えーと、まあ……いろいろと教えてもらいました」
「そうなの、良かったわね」
子供扱いされるのには少し戸惑う。俺としては、ロビンは話し相手というより、知識を教えてくれる先生みたいな存在だった。
「それじゃあ、行きましょうか」
「どこへ?」
「村長宅よ」
そういえば、リームさんたちは村長宅に世話になるんだった。そして、俺も今夜は村長宅で夕食をいただくことになっているらしい。
俺たちはイテルさんと共に村長宅へ向かった。
村長の家は、二階建ての立派な建物だった。白い壁に太い木の柱が使われており、しっかりとした造りをしている。広い庭には大きな納屋が三つあり、柵の中にはヤギのような家畜が数頭いた。家の周囲には二階の屋根ほどの高さの木々が立っており、風に揺れている。
玄関の大きな木の扉をくぐると、中は広々としていた。
土間から続く室内は土足でいいらしい。床は木製で、さまざまな物が整理整頓されて並んでいた。
「お邪魔します」
そう言いながら、居間へと通される。そこにはすでにリームさんが座っており、俺たちを迎えた。
食事の準備が整うと、大きな長机に皆が並んで座った。机の上には、パン、スープ、肉料理、果物などが並んでいる。田舎の村とはいえ、食事は意外にも豪華だ。
「空にましますアポロの神よ。恵みに感謝を」
「感謝を」
全員が手を合わせ、祈りを捧げた。俺も見よう見まねで同じようにする。
アポロの神……?
どこかで聞いたことがある名前だ。確か、地球のギリシア神話にもアポロという神様がいたような気がするが……。この世界の神様と同じものなのか、それとも単なる偶然の一致なのか。
そんなことを考えながら、俺は静かに食事を口に運んだ。
食事はどれも美味しかった。村の素朴な料理という先入観を持っていたが、味付けは塩のみということもなく、香草や香辛料が使われており、思っていたよりもずっと複雑な味がした。肉の煮込みは特に香ばしく、パンも適度に弾力があり、スープとの相性が抜群だった。
そんな食事の席で、ロビンはなんでもないことのように、俺のことを話題に出した。
「お父さん、ケイスケは記憶がなくて、その前のことを覚えてないんだって」
「なんと」
村長のオーブリーさんが驚きの声を上げる。
「それは本当なのか? ケイスケ」
リームさんもスプーンを持ったまま、驚いた表情でこちらを見た。
「何も、覚えていないの?」
イテルさんまでもが目を丸くする。
「いえ、自分の名前や、その他の知識みたいなものは覚えているんですけど……。以前の自分がどんなことをしていたか、どうやってリームさんたちと出会う前に旅をしてきたのかが、どうにも思い出せなくて」
言葉を選びながら説明する。言語についても、記憶喪失の影響でやっと思い出してきたと弁明した。
「……そうだったのか、それは大変だったね」
オーブリーさんが神妙な面持ちで頷く。
「言葉も忘れるなんて……」
オーブリーさんの妻であるベッタさんも、心配そうに俺を見た。
「きっかけがあれば、思い出していくと思うんですけど」
言語習得の異様な速さについても、これで言い訳がたつ。
「だから、ちゃんと記憶が戻るまで、うちに置いてあげない? お父さん」
ロビンが真剣な表情でオーブリーさんを見つめる。
「……む。まあ、それは構わないのだがね」
オーブリーさんはリームさんに目配せした。
「そのことについて私からも話すつもりだったんだが、ケイスケはどうしたい?」
確かに、ある程度拠点を持って落ち着きたい気持ちはある。だが、この世界に来た理由や意味を見つけるためには、旅をする必要もあるだろう。
それに、この世界には幸いなことに、定番の冒険者という職業があるらしい。
イメージ通りのものなら、依頼を受けて魔物やなんかと戦い、報酬を得る職業だろう。この世界でせっかく若返ったのなら、やってみたいこともたくさんある。特に、魔法を使ってみたい。
「冒険者か、なるほど」
リームさんが納得したように頷く。
「君くらいの男の子は、皆憧れるものだ」
オーブリーさんも賛同してくれた。
しかし、女性陣の反応は違った。
「やめたほうがいいわよ」
「そうよ、冒険者なんて危険すぎるわ」
ロビンやベッタさんが反対の声を上げる。どうやら、夢とロマンの職業ではあるものの、現実はかなり過酷なのだろう。
「僕も冒険者になりたいです!」
突然、リエト君が元気よく手を挙げた。まだ六歳の彼は無邪気で、やはり勇者アレクシスに憧れているらしい。
「お前はまだ早いだろう、リエト」
「えー!」
リエト君は口をとがらせる。だが、それを微笑ましく見ていたオーブリーさんは、ふと俺に向き直り、真剣な目で言った。
「いずれにしても、もう少し大きくなってからがいいだろうな」
……俺は小さいのか? 確かに、若返ったことだし、これから背が伸びる可能性はあるが。
その後は、今年のミネラの村の豊作の話や、リームさんが隣村や他領の情勢などについて語り、とりとめのない話が続いた。
こうして、村長宅での夕食は、穏やかに終わるのだった。
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