悠久の放浪者

神田哲也(鉄骨)

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第四十一話「祝宴」

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 朝目が覚めると、ロビンとリエトの姿はなかった。

 昨日はさすがに疲れていたのか、久々にぐっすり眠った。スッキリ爽快だが、おかげで少し寝坊してしまったらしい。
 布団から這い出し、身支度を整えて外に出ると、村の広場が賑やかになっていた。
 何事かと近づいてみると、昨日モンドが斃したまだら熊が村に運び込まれていた。
 巨大な獲物を囲んで村人たちが興奮した様子で話し合い、解体の準備を進めている。
 そんなにぎやかな現場を、知り合いがいないかキョロキョロと視線を彷徨わせて歩いていると、俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。

「おお、ケイスケ、起きたか!」

 オーブリーさんがこちらに気づいて声をかけてくる。彼の横にはロビンとリエトの姿があった。どうやら二人は俺よりも早く起き、村人たちと一緒に動いていたらしい。

「ケイスケ! ほら見てよ、私たちが斃したまだら熊よ!」

 ロビンが誇らしげに熊の死骸を指さす。

「昨日は怖くてちゃんと見れてなかったですけど、こんなに大きかったんですね!?」

 リエトの声に改めて近くで見ると、その巨体に圧倒される。俺たちはこれと戦っていたのか。

「まあ、戦ったのはほとんどモンドだけどな」

 俺たちは隙を作っただけだ。
 そう言うと、ロビンは少し頬を膨らませた。

「ケイスケだって活躍したわ。あの魔法がなかったらどうなってたかわからないわよ? 私だってほら、火の魔法で耳を焦がしてやったわ! ほら、焦げ跡だって残っているわ!」
「そうですよ、二人ともすごかったです!」
「いや、あれは……」

 本当にすごかったのはモンドで、実際彼がいなければどうにもならなかった。
 そう言おうとしたが、肩をポンと叩かれ「謙遜しなくてもいい」とオーブリーさんが言った。

「モンドも言っていたよ。ケイスケやロビンの魔法がなければ、どうなっていたかわからないと。……まだら熊は本当に厄介なんだ。前に出た時は、10人以上が犠牲となって、冒険者を雇ってようやく討伐できたんだよ。君も、誇れることをしたんだ」
「……そう、なんですね」

 確かに、この巨体のまま暴れ回っていたら、被害者が出ていたかもしれない。そう思うと、少し実感が湧いてくる。
 改めて俺達が倒したまだら熊に目を向ける。ロビン、リエトもつられるように同じものを目に映す。
 すると、大きな振動を肩に受けた。オーブリーさんが強く肩に手を置いたのだ。

「さて、今日はもう仕事どころではないぞ!」

 その顔には、大きな笑みが浮かんでいる。

「え?」
「ケイスケ! 今日はこのまま宴ですって!」
「まだら熊の肉祭りだよ!」

 ロビンが、リエトが嬉しそうに、同じように笑みを浮かべた。

 どうやらこの大きな獲物を前にして、村人たちは祝宴を開くつもりらしい。すでに着々と準備は進んでおり、村の広場には大きな鍋が用意され、村人それぞれが自前で用意した机の上には包丁やまな板が用意され始めている。

「それにしても助かるよ、本当に。被害がないまま討伐してくれて、本当に良かった」

 朗らかに笑うオーブリーさん。

 見れば、村人たちがモンドさんの周りに集まり、しきりに話しかけていた。彼もまんざらでもない様子で、得意げに応じている。
 やがてまだら熊の解体も始まった。
 村の男たちが数人がかりで巨大な熊をさばいていき、毛皮は屏風のように広げられた。
 村人たちはそれを見て歓声を上げる。肉は切り分けられて食料となり、毛皮は貴重な収入源に。骨は矢じりに加工したり、粉末にして薬にするらしい。
 酒が用意され、楽器の音が鳴り響く。誰ともなく歌い始め、村全体が祭りのような雰囲気に包まれていった。
 そこかしこで笑い声が起こり、人が行き交う。
 そんな中、今回の立役者である俺達は村長であるオーブリーさんと同じ、ひな壇の上の机の席となり、なんだか見世物のような気分を味わっていた。

「小さな英雄に乾杯だ!」「おう!」「わははは乾! 乾杯!」

 入れ代わり立ち代わり、中には何度も俺たちの前に来ては乾杯の音頭をとり、手に持つ杯を口に運んでいる。
 ロビンやリエトを見ると、彼らは慣れているのかそんな村人の行動を気にも留めず、目の前に用意された数々の肉料理を頬張っていた。
 モンドはといえば、乾杯の旅に杯を傾けては酒を飲んでいる始末。
 二日酔いとか、怖くないのだろうか。

 そんなモンドに目を向けていると。

「おー! ケイスケも飲むかあ?」
「いえ、俺は……」

 モンドに差し出されたのはビールのような酒だ。流石に……と断ると、乾杯をしに来た村人たちは「まあまあ」と笑いながら別の木の杯を差し出してきた。匂いを嗅ぐに、どうやら果実酒らしい。

 ……まあ、実年齢は20歳を余裕で超えてるし、これならいいか。

「じゃあ、こっちを少しだけ……」

 俺が杯を受け取ると、周りから「おお!」と歓声が上がる。
 杯を傾け、その琥珀色の液体を喉に流し込む。
 アルコールはそれほど強くない。爽やかなジュースのようなものだった。

「これ、うまいですね」
「お、わかるかー! さすがは俺の見込んだ男だ!」

 バンバンと肩を叩いてくるモンドは、完全に酔っ払いのそれだった。
 少し痛いし、酒臭い息に苦笑を浮かべる。

 モンド、俺、ロビンの三人は村人たちに囲まれ、肩を叩かれ、礼を言われ、「すごい」と褒められた。少し気恥ずかしいが、悪くない気分だった。
 酒のせいか、気分が高揚しているせいか、顔が火照っているのが自分でもわかる。

「あははは! ケイスケ、今日は最高ね!」

 満面の笑みで抱き着いてくるロビンにドキッとしながら、その体温を感じる。
 ロビンも同じ果実酒を飲んだのか、顔が赤かった。
 至近距離で向けられる彼女の笑顔は、俺を幸せな気分にさせる、向日葵のような強い魅力を放っていた。

「そうだな、最高だな!」
「あははは! ケイスケ、貴方は最高よ!」

 酒が進み、焚火で焼かれた肉が次々と振る舞われる。まだら熊の肉は野性味があり、少し筋張っていて硬いものだったが、なぜかやけに美味く感じた。
 俺はそんな祭りの光景を眺めながら、村人たちと一緒に笑い、騒ぎ、祝宴を楽しむのだった。
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