悠久の放浪者

神田哲也(鉄骨)

文字の大きさ
48 / 100

第四十八話「ロビンの叫び」

しおりを挟む
 太陽が真上から少し傾きはじめたころ、私はいつもみたいに家の裏で魔法の練習をしていた。

 何度か詠唱を繰り返して、魔力が少なくなってから、私は近くのベンチに座った。
 魔力は詠唱を失敗しても失われるから、失敗したからって何度もできるわけじゃない。

「……はあ、ちょっと休憩しなきゃ」  

 まだら熊に当てた火の魔法――。あれはうまくいったけど、まだ完璧じゃなかった。詠唱が難しくて、三回に一回は失敗してしまう。

「……完璧にしなきゃいけないわ!」

 そうすればきっと、この前みたいなことが起きても大丈夫!
 それで、この魔法を完璧に覚えたら、今度は別の新しい魔法を習うの。
 そうすればきっとケイスケはびっくりするわ。

 座って空を見上げると、今日は曇り空。
 私は晴れの日も、雨の日も、こんな曇りの日も好き。
 晴れの日はぽかぽか温かくて、草も木も喜んでいる気がするから。
 雨の日は、みんなが家の中にいて遊べるから好き。窓から見る雨は綺麗で、手を伸ばして滴る水を触るのが楽しいから。
 曇りの日は、雲間から差し込む光を見ることができるから好き。穏やかで気持ちの良い日になるから。それに、今日みたいに外で魔法の練習をするには暑すぎなくて、でも雨の日みたいに濡れなくて一番丁度いいのよね。

 魔力が少なくなっていて、少し気だるいような気分。

 ふと、あのまだら熊のときのことを思い出した。
 あのときの怖さと、ケイスケの背中……。

 もしあのとき、私の魔法が失敗していたら……。そう考えると、少し体が震えた。

「……でももし、あのとき私が失敗しても、ケイスケならなんとかしてくれたかしら?」  

 ケイスケのことを思い浮かべる。彼なら、きっと何とかできたのかもしれない。そんな気がする。  

「……ふふっ! きっとそうだわ」

 それできっと、気にするなって言うのよ。
 格好つけて、でも照れくさそうに。

 今頃、ケイスケは剣の稽古をしているのかしら? モンドさんに習っているのだから、きっと真剣にやっているはず。
 ケイスケは最近剣のほかに、肉体強化魔法を習ってるみたい。私だって負けていられないわ。
 私は魔法を使う時のように手を前に突き出して思う。

 そういえば――。

「ケイスケとリエトの隠し事って、何だったのかしら?」

 森の出来事とかで、すっかり忘れていた。でも、まだ私は教えてもらっていない。

「また夜に、問い詰めるしかないわね!」

 そう決意して、小さく笑った。

 ――そのとき。

 ガタガタッ!

 何か大きな物音がした。

「納屋のほう……? 誰かいるのかしら?」

 お父さんは司祭様のところへ行ったし、お母さんは村の友達の家に行っているはず。じゃあきっとリエトが何かしているのね?

「リエトー? 何してるのー?」

 私は家の影から顔を出して、納屋の方に呼びかけた。
 でもそこにいたのは、リエトじゃなかった。

「……あ、あ! ろ、ロビ、ちゃ!」
「ゲズ……?」

 そこにいたのはゲズだった。

 あのあと私は、なんだかゲズが気持ち悪い気がして、あまり近寄らないようにしてた。でも、そんなことを思うのはなんだかいけないことのような気がして、できるだけ考えないようにしてたの。人のことを悪く思うのはいけないことだって、司祭さまも言っていたし、神様だって同じことを言うはずよ。
 だからゲズのことを気持ち悪いなんて、そんなことは何かの勘違いだったのよ。きっと。
 だってゲズは私たちの家のことを手伝ってくれる、いい人なんだから。

 でも、私はそう思おうとしても、なんだか自分からゲズに近寄ることはできなかった。
 こうして会話ができるほど近くにいるのは、久しぶり。

 それで、私はゲズの姿を近くで見て、気が付いた。

「あれ? その干し肉、どうするの?」  

 ゲズが何かを抱えていたのを気づいてしまったの。よく見ると、それは干し肉だった。しかも、両手にいっぱい。

「……あ、あ、あ……これは、その」

 ゲズは焦ったみたいに目を色々なところに泳がせる。
 なんだか怪しい。

 ――そういえば。

「お母さんが、最近納屋の干し肉が減ってるって言ってたけど……」

 今しがた考えていたケイスケやリエトの隠し事。お母さんの言っていたこと。干し肉をたくさん持ってる、態度が怪しいゲズ。
 なんとなく、何かが繋がりそうな気がした。
 私が怪しんでるとわかったのか、ゲズが言った。

「お、俺じゃ、ないよ! こ、これはたまたま……そ、そそうだ、あ、あいつに言われたんだ!」
「あいつ?」
「く、く黒い髪と、目の、が、餓鬼だよ!」

 黒い髪で黒い目……。

「ケイスケのこと?」
「そ、そそそうだよ! あいつが、も、持ってくるようって!」
「ケイスケが、勝手に食べてたってこと?」
「そ、そう、その通り!」
「それは嘘よ。ケイスケはそんなことしない」
「……っ!」

 だって、ケイスケにそんな暇はないもの。
 それに、ケイスケはゲズに嫌われていて、最近は会話もしてないって言ってた。
 そういえばもっと前にも、お父さんが納屋の農具が無くなったって言ってた気がするわ。

 無くなった農具と干し肉……。

「ゲズが、うちの納屋のものを盗んでたの?」

 私がそう呟くと、ゲズは黙ったまま下を向いた。そして、抱えていた干し肉をゆっくり地面に置いた。

 ……何かがおかしい。

「……ゲズ?」  

 私は一歩後ずさる。
 次の瞬間、ゲズは背中に提げていたナイフを抜いた。

「……え?」
「ば、ばれちゃ、仕方な、ない……!」

 怖い顔とナイフを私に向けるゲズ。
 それを見て、体がこわばる。  

 どうしよう、どうすればいい!? だけど、逃がしちゃいけないわ!

 思いついたのは、ひとつだけだった。
 私は魔法の詠唱を急いで開始した。

『紅き精霊たちよ。集い集いて顕現し、かのももを焼き給え……ボーファ!』

 身構えるゲズ。でも、私の掌からは火の玉は出なかった。

「……魔法が!?」  

 まさか、発動しなかった!? こんなときに限って!?
 その隙を見逃さず、ゲズが私に駆け寄ってきた。

「きゃあっ!」

 突き出したままの腕を強く掴まれる。思わず目を瞑る。

「う、動くなよ……!」

 耳元で聞こえるゲズの声。そしてチクッと、お腹に小さな痛みを感じた。
 見ると、ゲズのナイフの切っ先が私のお腹に刺さっていた。

「……痛いっ!?」
「ろ、ロビンちゃんが、わ、悪いんだぞ!? お、大人を、ひ、否定するから! ま、魔法なんて、つ、使おうとするからっ!」
「……ひっ!?」

 耳元で怒鳴られて、また目を瞑る私。

「……う、動くなよ!」

 ゲズの顔がすぐ近くにある。息がかかる。生臭くて、気持ち悪い。

「い、嫌……!」

 それから、口を押えられ、納屋の中へ連れてかれた。
 縄で手足を縛られて、猿轡をされて、ゲズに担ぎ上げられる。

「んっ……!? んーーーーっ!?」

 抵抗しようとしたけれど、身動きがとれなかった。
 私、どこかへ連れてかれる!?

「へ……へへ! こ、こうなったら!」

 怖い。怖い! どこに連れていかれるの!?
 私は足をじたばたと動かした。だけど、ゲズの腕はびくともしない。

「う、動くなよ!」
「んんっ……!!」

 私の中はもう恐怖しかなかった。

 怖い、怖い、怖い!!

 助けて! ケイスケ、助けてっ!!

 私は心の中で、必死に叫んだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界翻訳者の想定外な日々 ~静かに読書生活を送る筈が何故か家がハーレム化し金持ちになったあげく黒覆面の最強怪傑となってしまった~

於田縫紀
ファンタジー
 図書館の奥である本に出合った時、俺は思い出す。『そうだ、俺はかつて日本人だった』と。  その本をつい翻訳してしまった事がきっかけで俺の人生設計は狂い始める。気がつけば美少女3人に囲まれつつ仕事に追われる毎日。そして時々俺は悩む。本当に俺はこんな暮らしをしてていいのだろうかと。ハーレム状態なのだろうか。単に便利に使われているだけなのだろうかと。

異世界へ行って帰って来た

バルサック
ファンタジー
ダンジョンの出現した日本で、じいさんの形見となった指輪で異世界へ行ってしまった。 そして帰って来た。2つの世界を往来できる力で様々な体験をする神須勇だった。

そんなに妹が好きなら死んであげます。

克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。 『思い詰めて毒を飲んだら周りが動き出しました』 フィアル公爵家の長女オードリーは、父や母、弟や妹に苛め抜かれていた。 それどころか婚約者であるはずのジェイムズ第一王子や国王王妃にも邪魔者扱いにされていた。 そもそもオードリーはフィアル公爵家の娘ではない。 イルフランド王国を救った大恩人、大賢者ルーパスの娘だ。 異世界に逃げた大魔王を追って勇者と共にこの世界を去った大賢者ルーパス。 何の音沙汰もない勇者達が死んだと思った王達は……

パワハラで会社を辞めた俺、スキル【万能造船】で自由な船旅に出る~現代知識とチート船で水上交易してたら、いつの間にか国家予算レベルの大金を稼い

☆ほしい
ファンタジー
過労とパワハラで心身ともに限界だった俺、佐伯湊(さえきみなと)は、ある日異世界に転移してしまった。神様から与えられたのは【万能造船】というユニークスキル。それは、設計図さえあれば、どんな船でも素材を消費して作り出せるという能力だった。 「もう誰にも縛られない、自由な生活を送るんだ」 そう決意した俺は、手始めに小さな川舟を作り、水上での生活をスタートさせる。前世の知識を活かして、この世界にはない調味料や保存食、便利な日用品を自作して港町で売ってみると、これがまさかの大当たり。 スキルで船をどんどん豪華客船並みに拡張し、快適な船上生活を送りながら、行く先々の港町で特産品を仕入れては別の町で売る。そんな気ままな水上交易を続けているうちに、俺の資産はいつの間にか小国の国家予算を軽く超えていた。 これは、社畜だった俺が、チートな船でのんびりスローライフを送りながら、世界一の商人になるまでの物語。

俺の伯爵家大掃除

satomi
ファンタジー
伯爵夫人が亡くなり、後妻が連れ子を連れて伯爵家に来た。俺、コーは連れ子も可愛い弟として受け入れていた。しかし、伯爵が亡くなると後妻が大きい顔をするようになった。さらに俺も虐げられるようになったし、可愛がっていた連れ子すら大きな顔をするようになった。 弟は本当に俺と血がつながっているのだろうか?など、学園で同学年にいらっしゃる殿下に相談してみると… というお話です。

ウォーキング・オブ・ザ・ヒーロー!ウォークゲーマーの僕は今日もゲーム(スキル)の為に異世界を歩く

まったりー
ファンタジー
主人公はウォークゲームを楽しむ高校生、ある時学校の教室で異世界召喚され、クラス全員が異世界に行ってしまいます。 国王様が魔王を倒してくれと頼んできてステータスを確認しますが、主人公はウォーク人という良く分からない職業で、スキルもウォークスキルと記され国王は分からず、いらないと判定します、何が出来るのかと聞かれた主人公は、ポイントで交換できるアイテムを出そうとしますが、交換しようとしたのがパンだった為、またまた要らないと言われてしまい、今度は城からも追い出されます。 主人公は気にせず、ウォークスキルをゲームと同列だと考え異世界で旅をします。

生活魔法は万能です

浜柔
ファンタジー
 生活魔法は万能だ。何でもできる。だけど何にもできない。  それは何も特別なものではないから。人が歩いたり走ったりしても誰も不思議に思わないだろう。そんな魔法。  ――そしてそんな魔法が人より少し上手く使えるだけのぼくは今日、旅に出る。

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

処理中です...