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第八十四話「世界の記憶」
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薬草の採取依頼とか、まさに冒険者らしい仕事だ。けれど、実に地味な作業である。でも誰かの役に立つなら悪くないし、平原での魔法改良のついでにやるにはちょうどいい内容だった。
「ホッコト草……これか」
ギルドでもらった見本と見比べながら、俺は草の葉先を摘み取る。リラの指示もあってか、探すのにはそれほど苦労しなかった。
『これこれー。ほら、少し香りもあるでしょ? 熱さましの成分って、たぶんこれだよー』
「薬師でもないのに、よくわかるな」
『精霊だからねー』
そんな軽い調子でリラの声が響く。こいつの力にはいつも助けられてばかりだ。
ギルドから借りた見本は返さなくてはならないので、念のために実物をスマホで写真を撮り、保存しておくことにする。
普段は人目を気にしてあまり使わないが、こういった一人の作業なら気兼ねなく使えるから気が楽だ。
採取はあっという間に終わり、帰り道の途中で、俺は平原の小高い丘に立ち寄った。
頂上には風に晒された平らな岩が一枚。まるでこの場所で何かを試すために用意されたかのような舞台だった。
360度、地平線まで見渡せるその場所で、俺は息を吸い込んだ。
『……命の精霊たちよ、その力を以って、裂けた肉体を修復せよ――リペア』
すると魔法が発動し、手のひらがほのかに光る。
「……んー、この詠唱でいいような気がするけど、どう思う?」
『いいと思うよー。けど、使ってみないとちゃんとはわからないよー?』
「だよなあ……」
俺が今、改良しているのは切傷用の生命魔法だ。教えてもらった治癒魔法は打撲や擦り傷に対して有効だったが、切り裂かれた肉体には力が及ばなかった。特にイテルさんのような、もし帝王切開が必要になった場合には、打撲用じゃ役に立たない。
だからこそ、自分でも考えてみたくなった。システムエンジニアとして、言語やコードのロジックに携わっていたその感覚が、今の詠唱開発にもどこか活きている気がする。
最後の「リペア」って言葉は、ただの雰囲気でつけた。でも、魔法はちゃんと発動した。
「……やっぱり、詠唱の最後の単語ってあんまり重要じゃないのか?」
『んー、そうでもないよー。確かに詠唱の日本語? の部分が一番大事だけどねー』
「ふーん?」
要するに最後の魔法名は、プログラムのコメントアウトやプログラム名みたいなものか?
試しに光球の魔法の最後の魔法名の部分を「ライトボール」と変えてみたが、問題なく魔法は発動する。
「……でも確かに、少し光球の明るさが少ないような?」
『そうだねー』
光の精霊であるリラが言うなら間違いないのだろう。
やはり、魔法名も含めて、詠唱なのだろうか?
「でも、発動したしなあ。とりあえず、自由度があることはわかったな」
光球を消して、自分の手を眺める。するとふと、メイコの姿が頭をよぎった。あのゴブリンの少女は、無詠唱で風の魔法を使っていた。それに、肉体強化魔法は詠唱なんてしていない。
魔法には、無詠唱魔法も存在するということだ。
「無詠唱魔法なんてのも、割と定番だよな……。俺にもできるのか?」
『ケイスケならできるよー』
「俺なら?」
『もっと魔法をいっぱい使って、魔素と魔力の動きとかがわかれば、絶対できるよー』
「……なるほどね。要は練習あるのみってことか」
確かに、肉体強化魔法は使ってるうちに体内の魔力の流れみたいなのがわかってきた。普通の魔法も、沢山魔法を使って、感覚を覚えればできるってことか。
『そういうことー。ケイスケなら、体内魔力を気にしないで、いくらでも使えるでしょー? 練習し放題ー』
そうか、確かに魔力が多いらしい俺は、今まで魔力が枯渇するような感覚を味わったことがない。
これも異世界転移した際のチートなんだろうが、でも逆に魔力が多すぎて自分の魔力を感じづらいという、贅沢なデメリットでもあるんだよな。
「それにしても本当に、詠唱はなんで日本語なんだ? リラは何か知らないのか?」
『魔法の詠唱が日本語ってのは、私もわからないよー? そこまでの権限もないし、記憶に接続することも私ではできないしー』
「ん? 記憶に接続って、どういうことだ?」
『えー? そのままだよー? 世界の記憶に接続することが私にはできないのー』
世界の記憶――。
俺はその言葉に、胸の奥がざわつくのを感じた。もしその『世界の記憶』が本当にあるなら、俺がどうしてこの世界に来たのか、何かヒントが得られるかもしれない。
「その世界の記憶って、どんなものなんだ?」
『世界の記憶にはねー、この世界で起こったこと全部が記憶されてるんだよー。だからさっきの魔法名も、沢山の人がその名前で魔法を使ってるから、強い記憶として残ってるんだと思うー』
リラの言っていることは認識のようなものか。光球の魔法はこの名前だっていう認識が、世界の記憶に刻まれているから、その言葉は力を持っている的な?
でも、今俺が気になるのはそこじゃない。
「全部ってことは、俺の記憶も、あるのか……?」
『もちろんあると思うよー。私には接続できないけど、接続点に行けば、ケイスケなら接続できると思うよー』
なんだか次々に新しい単語が飛び出してくる。
「接続点って、なんだ?」
『人間が“世界樹”って呼んでる場所のことだよー』
その言葉に、ミネラ村で聞いた神話を思い出す。アポロ神が地に降り立ち、七本の木を植えたという伝承。その木々は、森を育て、大地を暖め、風や命を生み、そして不要なものを浄化し、富を埋めた。
森を作れ、大地を暖め、空には風を、海に命を。不要なものは焼き、冷やして固めて、富を埋めろ
それらはやがて大きく育ち、世界樹と呼ばれるようになった――。
「……その世界樹、か」
『そうそう、それそれー』
それが、世界の記憶の接続点。
「でも、どこにあるんだ?」
『それはねー、遠いから私には詳しくはわかんないけど……方向くらいなら、わかるよー。一番近いのは、あっちのほうー』
リラが指し示したのは、北の方角だった。
「ホッコト草……これか」
ギルドでもらった見本と見比べながら、俺は草の葉先を摘み取る。リラの指示もあってか、探すのにはそれほど苦労しなかった。
『これこれー。ほら、少し香りもあるでしょ? 熱さましの成分って、たぶんこれだよー』
「薬師でもないのに、よくわかるな」
『精霊だからねー』
そんな軽い調子でリラの声が響く。こいつの力にはいつも助けられてばかりだ。
ギルドから借りた見本は返さなくてはならないので、念のために実物をスマホで写真を撮り、保存しておくことにする。
普段は人目を気にしてあまり使わないが、こういった一人の作業なら気兼ねなく使えるから気が楽だ。
採取はあっという間に終わり、帰り道の途中で、俺は平原の小高い丘に立ち寄った。
頂上には風に晒された平らな岩が一枚。まるでこの場所で何かを試すために用意されたかのような舞台だった。
360度、地平線まで見渡せるその場所で、俺は息を吸い込んだ。
『……命の精霊たちよ、その力を以って、裂けた肉体を修復せよ――リペア』
すると魔法が発動し、手のひらがほのかに光る。
「……んー、この詠唱でいいような気がするけど、どう思う?」
『いいと思うよー。けど、使ってみないとちゃんとはわからないよー?』
「だよなあ……」
俺が今、改良しているのは切傷用の生命魔法だ。教えてもらった治癒魔法は打撲や擦り傷に対して有効だったが、切り裂かれた肉体には力が及ばなかった。特にイテルさんのような、もし帝王切開が必要になった場合には、打撲用じゃ役に立たない。
だからこそ、自分でも考えてみたくなった。システムエンジニアとして、言語やコードのロジックに携わっていたその感覚が、今の詠唱開発にもどこか活きている気がする。
最後の「リペア」って言葉は、ただの雰囲気でつけた。でも、魔法はちゃんと発動した。
「……やっぱり、詠唱の最後の単語ってあんまり重要じゃないのか?」
『んー、そうでもないよー。確かに詠唱の日本語? の部分が一番大事だけどねー』
「ふーん?」
要するに最後の魔法名は、プログラムのコメントアウトやプログラム名みたいなものか?
試しに光球の魔法の最後の魔法名の部分を「ライトボール」と変えてみたが、問題なく魔法は発動する。
「……でも確かに、少し光球の明るさが少ないような?」
『そうだねー』
光の精霊であるリラが言うなら間違いないのだろう。
やはり、魔法名も含めて、詠唱なのだろうか?
「でも、発動したしなあ。とりあえず、自由度があることはわかったな」
光球を消して、自分の手を眺める。するとふと、メイコの姿が頭をよぎった。あのゴブリンの少女は、無詠唱で風の魔法を使っていた。それに、肉体強化魔法は詠唱なんてしていない。
魔法には、無詠唱魔法も存在するということだ。
「無詠唱魔法なんてのも、割と定番だよな……。俺にもできるのか?」
『ケイスケならできるよー』
「俺なら?」
『もっと魔法をいっぱい使って、魔素と魔力の動きとかがわかれば、絶対できるよー』
「……なるほどね。要は練習あるのみってことか」
確かに、肉体強化魔法は使ってるうちに体内の魔力の流れみたいなのがわかってきた。普通の魔法も、沢山魔法を使って、感覚を覚えればできるってことか。
『そういうことー。ケイスケなら、体内魔力を気にしないで、いくらでも使えるでしょー? 練習し放題ー』
そうか、確かに魔力が多いらしい俺は、今まで魔力が枯渇するような感覚を味わったことがない。
これも異世界転移した際のチートなんだろうが、でも逆に魔力が多すぎて自分の魔力を感じづらいという、贅沢なデメリットでもあるんだよな。
「それにしても本当に、詠唱はなんで日本語なんだ? リラは何か知らないのか?」
『魔法の詠唱が日本語ってのは、私もわからないよー? そこまでの権限もないし、記憶に接続することも私ではできないしー』
「ん? 記憶に接続って、どういうことだ?」
『えー? そのままだよー? 世界の記憶に接続することが私にはできないのー』
世界の記憶――。
俺はその言葉に、胸の奥がざわつくのを感じた。もしその『世界の記憶』が本当にあるなら、俺がどうしてこの世界に来たのか、何かヒントが得られるかもしれない。
「その世界の記憶って、どんなものなんだ?」
『世界の記憶にはねー、この世界で起こったこと全部が記憶されてるんだよー。だからさっきの魔法名も、沢山の人がその名前で魔法を使ってるから、強い記憶として残ってるんだと思うー』
リラの言っていることは認識のようなものか。光球の魔法はこの名前だっていう認識が、世界の記憶に刻まれているから、その言葉は力を持っている的な?
でも、今俺が気になるのはそこじゃない。
「全部ってことは、俺の記憶も、あるのか……?」
『もちろんあると思うよー。私には接続できないけど、接続点に行けば、ケイスケなら接続できると思うよー』
なんだか次々に新しい単語が飛び出してくる。
「接続点って、なんだ?」
『人間が“世界樹”って呼んでる場所のことだよー』
その言葉に、ミネラ村で聞いた神話を思い出す。アポロ神が地に降り立ち、七本の木を植えたという伝承。その木々は、森を育て、大地を暖め、風や命を生み、そして不要なものを浄化し、富を埋めた。
森を作れ、大地を暖め、空には風を、海に命を。不要なものは焼き、冷やして固めて、富を埋めろ
それらはやがて大きく育ち、世界樹と呼ばれるようになった――。
「……その世界樹、か」
『そうそう、それそれー』
それが、世界の記憶の接続点。
「でも、どこにあるんだ?」
『それはねー、遠いから私には詳しくはわかんないけど……方向くらいなら、わかるよー。一番近いのは、あっちのほうー』
リラが指し示したのは、北の方角だった。
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