悠久の放浪者

神田哲也(鉄骨)

文字の大きさ
89 / 100

第八十九話「銀級の冒険者」

しおりを挟む
 ギルドの奥、応接室のような部屋に通され、俺は無理やり座らされた。

「なんでケイスケ君がここに?」
「それはマジで俺が聞きたいです」

 正直、意味がわからない。なんで俺まで同席してるんだ。

「……てへ」

 隣でペロリと舌を出す女。その仕草は可愛いっちゃ可愛いが、許せるかどうかは別問題だ。
 ため息をつくステラさん。その表情に疲労の色が濃く浮かんでいる。

「クェルさん、貴方また……。いくら怒られるのが嫌だからって、子供じゃないんですからね」
「だ、だってステラ、絶対に怒るじゃん! そういう顔してるじゃん!」
「だってじゃありません!」

 ステラさんと、その女――いや、今名前が出たな。クェル、というらしい――が口論を始める。いや、これはもう日常風景なのかもしれない。どこか漫才のようなやりとりに、妙な既視感を覚える。
 俺の腕はまだ、クェルにしっかりと掴まれていた。逃げるつもりはないが、こうもしがみつかれていると、むしろ逃げたいという気持ちが沸き出てくる。

「ステラ、ため息はいてると、幸せが逃げちゃうよ?」
「誰のせいですか!?」

 本当に仲良さそうだな、この二人。
 俺はそんな様子を見ながら、目の前にいるこの小柄な女、クェルという人物がどういう存在なのか、少しずつ理解していく。まず、筋金入りのお調子者だ。そして、かなりの問題児でもある。
 だが、腕っぷしの強さは本物だ。見た目からは想像もできないほどの力強さを掴まれた腕からひしひしと感じる。

『ねえねえ、あの子、ちょっと面白そうー?』
「面白いっていうか……面倒そうの間違いじゃ」
『まあまあ、仲間探してたんでしょー? 見つかったんじゃない? 落ちてたやつー』
「いや、だからそれは……」

 そう、リラの言う通り、俺は仲間を探していた。今はもう、ダッジたちとは距離をとるつもりだし、かといって雑用を笑うようなやつとは関わりたくないと思っている。
 だがこのクェルという女……確かに笑ってはいた。でもそれは、ただバカをやって笑っているだけで、誰かを貶めるようなものじゃない。そんな気がした。

「あんた、ケイスケって言うんだ?」

 急にクェルが話しかけてきた。掴んだ腕を離し、身を乗り出してくる。

「なんかさ、あんた、地味なのに意外と強そうなんだよねー。なんで?」
「……どこに地味って要素があったのか、詳しく」
「顔?」
「……お前、正直すぎだろ」
「ふふー、まあいいや! ねえ、今度一緒に組んでみない? なんか面白そうじゃん、あんた!」

 勢いよく、手を差し出してくるクェル。

 俺はその手を見て、しばらく黙っていた。けれど――。

「……まあ、試しになら、いいかもな」

 そう言って、差し出された手を取った。
 新しい仲間が、転がってきた。少なくとも、今はそう思っておこう。

「話がわかるねー! いいじゃんいいじゃん! いいよあんた!」

 手をがしっと掴まれて、ぶんぶんと上下に振られる。嬉しそうに笑う彼女の顔は、まるで子供のようだ。……いや、見た目は明らかに成人女性なんだけどな。

「……あんたじゃなくて、ケイスケだ」
「ケイスケ!」

 今度は左右に振り出した。いや、笑顔なのはいいが、普通に痛い。

「いい加減、手を離せ! 振り回されると痛いんだが!?」
「でもケイスケ君、本当にいいんですか? この子、こんなですよ?」

 ステラさんが何気にひどいことを言った。でも、その「こんな」に該当する張本人――クェルは、まったく気にしていない。
 この感じ、他人の感情の機微に鈍いタイプか?

「えー? でも私銀級だよ! 強いよー」
「……え?」

 一瞬、耳を疑った。俺の目が自然と受付カウンターのステラさんへ向く。彼女は静かに頷いた。

「マジか……」

 俺の口から、素の感想が漏れる。目の前で手を振っていたお調子者――クェルは、まさかの銀級冒険者だった。
 銀級っていったら、もう中堅どころかベテラン扱いだ。新人の俺が一緒に組んでいいような存在じゃないはず。

「っていうか、俺まだ石級のペーペーなんですけど。銀級と組んでも問題ないんですか?」
「別にそんな規則はないですよ。それに……」
「それに、なんです?」

 やっぱり何かあるのか。罰則とか、冒険者ランクの差による制限とか。

「ケイスケ君はもう鉄級に昇格です。デメリットがあるのは、むしろクェルさんのほうですよ」
「そうそう、流石に鉄級と組むとなると、依頼の等級は下がっちゃうからねー。っていうか、ケイスケって石だったの?」

 クェルがあっけらかんと言う。銀級の冒険者が鉄級と組むと、依頼内容の等級は下がってしまう。つまり、実力的には問題なくても、効率としては悪くなるってわけか。

「銅級くらいまでなら依頼等級は上に合わせることになるんですが、銀級となるとそうもいかないんです」

 ステラさんが説明を補足する。

「そういうものなんですね……」
「そうそう! そうなんだよ! だから、私と組めることを感謝しなさいね!」
「……ウザ」
「えっ!? ひどくない!? ねえあんた、ひどくない!? 私銀級だよ!? あんたが簡単に組める相手じゃないよ!? 会えるだけでもレアなんだよ!?」

 うるさい。ぎゃーぎゃー騒ぎ出すクェルを横目に、俺はステラさんに視線を向けた。
 そもそも、だ。

「……あの、クェルの依頼達成の報告ですよね? 早く終わらせちゃいませんか?」

 俺の一言に、ふたりの動きが止まった。

「そ、そうね。早くやってしまいましょう」
「そ、そうだね! 私もお腹減ったしね。ステラ、早く!」
「誰のせいでこうなってると! まったく……。いいわ、早く報告してください!」

 ステラさんがぱさぱさと書類を広げ、クェルが報告に入る。今回の依頼は、南方のラプトワ大河に現れた『海豚魔獣』の討伐らしい。
 ラプトワ大河……確か、リームさんに教わったことがある。広大な川で、ビサワとの国境にもなっていて、川を渡るには船しかないって話だった。

「……海豚の魔獣って、どんなのだったんです?」

 興味本位でクェルに尋ねてみた。

「おや? 聞いちゃう? 聞いちゃう?」

 ニヤニヤと得意げに口をとがらせるクェル。絶対もったいぶるタイプだ。面倒なので――。

「ステラさん、教えてください」
「って、なんでよ!?」

 すかさず反応するクェル。この反応速度、嫌いではない。

「もちろんいいですよ。海豚の魔獣は、報告によれば白頭海豚の魔獣とのことです。大河にいるものとは別種で、恐らく海から上がってきた個体だったのでしょう。今回の個体は体長およそ十五マルト。通常の白頭海豚の三倍ほどの大きさだったとか」
「十五マルト……鯨くらいの大きさじゃ?」
「そうですね。鯨ほどの大きさだったと聞いています」
「……それを、討伐したんですか?」

 俺の視線が、自然とクェルに向いた。

 ……この女が?

「なによー? ……あっ! もしかして見直した? 私の功績を聞いて、見直したんだ?」

 いや、むしろ不安が増した。
 リラが俺の影の中で、くつくつと笑っている。

『なかなか面白い子だねー。うっかり気を抜くと、えらいことになるかもねー?』

 ……それはどっちの意味だ?

 とにかく、組んでみるとは言ったものの、俺はこのウザい銀級冒険者と、本当にうまくやれるんだろうか。

 正直、不安でしかない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界翻訳者の想定外な日々 ~静かに読書生活を送る筈が何故か家がハーレム化し金持ちになったあげく黒覆面の最強怪傑となってしまった~

於田縫紀
ファンタジー
 図書館の奥である本に出合った時、俺は思い出す。『そうだ、俺はかつて日本人だった』と。  その本をつい翻訳してしまった事がきっかけで俺の人生設計は狂い始める。気がつけば美少女3人に囲まれつつ仕事に追われる毎日。そして時々俺は悩む。本当に俺はこんな暮らしをしてていいのだろうかと。ハーレム状態なのだろうか。単に便利に使われているだけなのだろうかと。

異世界へ行って帰って来た

バルサック
ファンタジー
ダンジョンの出現した日本で、じいさんの形見となった指輪で異世界へ行ってしまった。 そして帰って来た。2つの世界を往来できる力で様々な体験をする神須勇だった。

そんなに妹が好きなら死んであげます。

克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。 『思い詰めて毒を飲んだら周りが動き出しました』 フィアル公爵家の長女オードリーは、父や母、弟や妹に苛め抜かれていた。 それどころか婚約者であるはずのジェイムズ第一王子や国王王妃にも邪魔者扱いにされていた。 そもそもオードリーはフィアル公爵家の娘ではない。 イルフランド王国を救った大恩人、大賢者ルーパスの娘だ。 異世界に逃げた大魔王を追って勇者と共にこの世界を去った大賢者ルーパス。 何の音沙汰もない勇者達が死んだと思った王達は……

パワハラで会社を辞めた俺、スキル【万能造船】で自由な船旅に出る~現代知識とチート船で水上交易してたら、いつの間にか国家予算レベルの大金を稼い

☆ほしい
ファンタジー
過労とパワハラで心身ともに限界だった俺、佐伯湊(さえきみなと)は、ある日異世界に転移してしまった。神様から与えられたのは【万能造船】というユニークスキル。それは、設計図さえあれば、どんな船でも素材を消費して作り出せるという能力だった。 「もう誰にも縛られない、自由な生活を送るんだ」 そう決意した俺は、手始めに小さな川舟を作り、水上での生活をスタートさせる。前世の知識を活かして、この世界にはない調味料や保存食、便利な日用品を自作して港町で売ってみると、これがまさかの大当たり。 スキルで船をどんどん豪華客船並みに拡張し、快適な船上生活を送りながら、行く先々の港町で特産品を仕入れては別の町で売る。そんな気ままな水上交易を続けているうちに、俺の資産はいつの間にか小国の国家予算を軽く超えていた。 これは、社畜だった俺が、チートな船でのんびりスローライフを送りながら、世界一の商人になるまでの物語。

俺の伯爵家大掃除

satomi
ファンタジー
伯爵夫人が亡くなり、後妻が連れ子を連れて伯爵家に来た。俺、コーは連れ子も可愛い弟として受け入れていた。しかし、伯爵が亡くなると後妻が大きい顔をするようになった。さらに俺も虐げられるようになったし、可愛がっていた連れ子すら大きな顔をするようになった。 弟は本当に俺と血がつながっているのだろうか?など、学園で同学年にいらっしゃる殿下に相談してみると… というお話です。

ウォーキング・オブ・ザ・ヒーロー!ウォークゲーマーの僕は今日もゲーム(スキル)の為に異世界を歩く

まったりー
ファンタジー
主人公はウォークゲームを楽しむ高校生、ある時学校の教室で異世界召喚され、クラス全員が異世界に行ってしまいます。 国王様が魔王を倒してくれと頼んできてステータスを確認しますが、主人公はウォーク人という良く分からない職業で、スキルもウォークスキルと記され国王は分からず、いらないと判定します、何が出来るのかと聞かれた主人公は、ポイントで交換できるアイテムを出そうとしますが、交換しようとしたのがパンだった為、またまた要らないと言われてしまい、今度は城からも追い出されます。 主人公は気にせず、ウォークスキルをゲームと同列だと考え異世界で旅をします。

生活魔法は万能です

浜柔
ファンタジー
 生活魔法は万能だ。何でもできる。だけど何にもできない。  それは何も特別なものではないから。人が歩いたり走ったりしても誰も不思議に思わないだろう。そんな魔法。  ――そしてそんな魔法が人より少し上手く使えるだけのぼくは今日、旅に出る。

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

処理中です...