【完結】裸足のシンデレラは、御曹司を待っている

安里海

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そして、いま  私は1児の母なのです

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 ◇ ◇ ◇

「手間をかけさせて悪いね。だいぶ前に車の事故で……たまに、左足に力が入らなくなるんだ」

 直哉の言葉に思考が呼び戻された。
 5年前のほんの僅かな期間、人生が交差しただけの2人。知らないことが多くて当たり前だ。
 でも、事故に遭っていたなんて遥香は考えもしなかった。
『必ず連絡する』と言って去って行ったにも拘わらず、連絡が取れなくなったことを恨みこそすれ、彼の不幸を祈ったわけじゃない。

「……大変でしたね。何かお手伝いがございましたら、遠慮なくおっしゃってください」

 直哉は、壁に手を付きゆっくりと立ち上がった。
 リビングに移動し、何かを探すように窓の外に視線を移す。
 そして、思い詰めた様子で口を開いた。

「今回、一か所だけ行きたい所があるんだけれど、階段が多そうなんだ。付き添いを頼めると助かる」

 直哉の言葉を聞いて思わず息を飲む。
 もしかして……。と、遥香は5年前の事が胸を過った。
 でも、はじめましてと言われた手前、こちらから訊ねる訳にはいかない。
 それに階段が多い場所なんていくらでもある。それなのに手が震えるほど動揺している。

 もう、5年前と同じ失敗は侵さない。
 遥香は、震える手をギュッと手を握りしめ自分自身に言い聞かせた。

「かしこまりました。後、お食事ですが、朝はお持ちいたします。昼食、夕食のご用意がございません。提携のホテルからお届けも出来ます。いかがいたしましょうか?」

「食事は都度相談でもいいかな?」

「ご希望の場所へのご案内は何時がよろしいでしょうか?」

「明日、朝食が済んでから午前中に出発したいんだが、いいかな?」

「はい、かしこまりました。では、何かございましたらご連絡ください。失礼します」

 一礼して、直哉から遠ざかる。
 木製の玄関ドアを閉めると足の力が抜け、涙が出そうになる。

 (はー、きつい……。思っていたより、かなりきつい。
 まさか、5年前の私との関係を無かった事にされているなんて……。)

 直哉にとって触れたくないような出来事だったなんて、遥香は夢にも思わなった。

 それでもこんな所で泣きたくなくて、歯を食いしばり石畳の道を足早に歩きだす。
 空は青く晴れわたり、強い日差しが降り注いでいる。
 それなのに手の震えが治まらずにいた。


 空に向かって大きく息を吐き出し、涙をこらえた。



 ◇


 自宅兼管理棟のひとつ先にある2階建てCR造の建物、その引き戸をガラガラと開けた。
『城間別邸』のオーナーの実家で、いまは、城間家の次男・陽太と祖母の登紀子が暮らしている。
 祖母の登紀子を親しみを込めて、おばあと呼んでいる。

「遅くなってごめんね、面倒見てもらって助かっちゃった。おばあ、ありがとう」

「いいって、遥香ちゃん。シンちゃんもいい子だったよ」

 おばあと向かい合わせで遊ぶ我が子・真哉が、にぱぁっと笑う。

「シンちゃん、いい子だったね。おまたせしてごめんね」

 遥香は、不安な気持ちを上書きするように、ギュッと真哉シンヤを抱きしめていた。

「ママ、ぎゅって、くるしいよ」

「あはは、シンちゃんごめんね」

「うん、そっとならいっぱいギュッしていいよ」

 横に居るおばあがその様子を見てニコニコしている。

「あらあら、シンちゃんは甘えん坊さんねー。だいぶ、元気になって明日は保育所に行けるさー」

「元気なんだけど微熱があると保育所預けられないし、宿のお客様の到着もあって、困っていたから、おばあに見てもらってホント助かっちゃった」

「いいよ。どうせ、庭いじりぐらいしかすること無いんだから、遠慮しないでいつでもおいで」

「ありがとう。シンちゃん帰るよ」

「ママ、ボクおりこうだったよ」
 と舌たらずのかわいい声で、ぷにぷにの小さな手を伸ばす。
 生まれた時に2400グラムしかなかった息子は、4歳3か月になった今、体重が15キロを超してずいぶん重たくなっている。

 亡き父の親友だった城間和明の計らいで一棟貸しの高級別荘の管理人として働き始めて5年。途中トラブルもあって迷惑をかけた遥香だったが、父親代わりだからと未だに温かい目で見守り助けてくれる。和明には頭が上がらない。
 同じ敷地内の別棟に住む、おばあと幼馴染の陽太の助けもあって、シングルマザーでもどうにか暮らしている。
 

「遥香ちゃん、帰るなんて言わないで夕飯も食べていきなよ。大勢で食べたほうがおいしいさー」

「ありがとう、助かる。夕飯の支度手伝うよ」

 真哉の相手をしながら台所でおばあの手伝いをしていると、遥香は登紀子が自分の本当のおばあちゃんのように感じていた。
 子育ての大先輩は、朗らかな笑顔を浮かべ、慣れた手つきで野菜を刻んでいる。
 おばあがいなかったら、一人で子育てなんて出来なかったと遥香はつくづく思う。

 暫くすると聞きなれた車のエンジン音が聞こえ、玄関先に停まった。

「陽太が帰ってきたみたい」

「ようちゃん、かえってきた。わーい。わーい」

 城間陽太は、地元の信用金庫に勤める幼馴染。遥香の2コ下だけど、頼りになる姉弟的存在。

「ようちゃん、おかえりー」

「なんだ、シン来てたんだ」

 陽太が真哉を見つけると目線を下げ頭を大きな手で撫でた。
 真哉は嬉しそうに、にぱぁと笑っている。

「陽太、おつかれさま。おばあが夕飯ごちそうしてくれるっていうから、おじゃましているんだ。あ、ついでに帳簿チェックしてもらっていい?」

「今日、外回りで汗かいたから、シャワー浴びてくるよ。帳簿は夕飯の後でもいいだろ?」

「うん、疲れているのにごめんね」

 大丈夫だよと言うように日焼けした顔でニカッと笑う陽太の笑顔は、子供の頃から変わらず安心する。

「ようちゃん、シンもシャワーするー」

「シャンプーしても泣かないならいいぞ」


 陽太の後を真哉がついて回っていた。
 普段、保育所に通う真哉。
 同じ年ごろの友達には、お父さんがいるのに自分にはいないということをしっかり理解している。
 こうして、陽太の後を付いて回る姿は見ていると、父親が恋しい年頃なんだろうなぁと、遥香は複雑な気持ちになってしまう。


 そして、遥香の思考は真哉の父親である、柏木直哉と出会った5年前へ戻っていく。
 柏木直哉と遥香は『城間別邸』に滞在中、何度も抱き合いキスをした。
 
 直哉の視線がいつも遥香を追いかけ、必要としてくれているのが嬉しかった。
 初めて結ばれてから滞在時間中は蜜月の日々を過ごした。
 滞在最終日、彼から渡された名刺には、大手物流会社Kロジスティクスの副社長と役職名。
 名刺の裏面には彼の自宅住所とプライベートの電話番号が書かれているのを見て、束の間の恋愛を楽しんだのではなく、これからも付き合いが続くのだとホッとしたものだった。
 だから「近いうち、必ず迎えに来るよ」と言い残した直哉を遥香は信じて待っていた。
 それが、まさかリップサービスだとは思わずに。
 その上、5年前の出来事を無かったものにされたなんて……。

 (はぁー。泣きそう。真哉の事は彼には、絶対に秘密にしなくちゃ。)


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