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遥香の告白
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直哉の言葉に信じられない思いで、遥香は目を見開いた。
真っ直ぐに向けられた瞳から思わず視線を外し、テーブルへと視線を落とす。
そのとき、テーブルの上に置かれている直哉の手が小刻みに震えている事に気付く。
落ち着いて見えた直哉だったが、彼も緊張していた。
そう思うと逆に遥香の緊張はほどけていき、さっき直哉に言われた言葉が腑に落ちる。
記憶が戻った。
(あ、さっき私の事を”安里さん”ではなく”遥香”と呼んだ。)
本当に記憶の扉が開いたんだと実感が湧いてくる。
「何から話せばいいのか、上手く伝えられればいいんだけど……。最初に謝らせてもらいたい。必ず迎えに来ると言った約束を守れずにすまなかった」
そう言って、頭を下げる直哉になんて声を掛けていいのか……。
遥香は、ゆっくりと口を開いた。
「……東京に戻って直ぐに事故に遭われたんですよね」
直哉が弾かれたようにパッと顔を上げた。そして、眉を寄せ苦しそうに言葉を紡ぐ。
「事故に遭っていたとはいえ、約束を守れなかった事には違いない。あの事故で記憶を無くし、手掛かりになる携帯電話も壊れてしまって……。5年もの間、遥香の事を思い出せずにいた。遥香には嫌な思いをさせたはずだ」
「私、直哉さんが東京に帰ってから、連絡が取れなくなって、ずっと不安でした。何回電話をしても繋がらないし、メッセージにも返信がもらえなくて……」
こんな責めるような事を言いたい訳じゃないのに止まらない。
でも、遥香も辛かったのだ。直哉を信じていた分だけ裏切られたと思うと悲しかった。
事故のせいだとわかってからも、何で忘れられてしまったのか、と寂しかった。
「東京のマンションにも訪ねて行きました。でも、会えなかったんです。だから……私、遊ばれて捨てられたんだと思っていたんです」
そう、直哉と連絡が取れなくなった遥香は、不安な気持ちで東京へ行った。たくさんの人、複雑な電車の乗り換え、やっとたどり着いた直哉のマンション。それは、見上げるほど高く、豪奢な大理石の立派なエントランス。恐る恐る足を踏み入れればコンシェルジュに作り笑顔で出迎えられた。もらった名刺を見ながら部屋番号と名前を告げても「お留守でございますので、お通しする事はできません」と取り付く島もなく、そこから先に進む事も出来ずに泣きながら沖縄に帰って来た。
遥香の言葉に直哉は顔をゆがませ、グッと歯を噛みしめた後、苦しそうに言葉を吐きだした。
「……すまない」
「私、事故だなんて知らなかったから……。もう二度と会う事も無いって、ずっと思っていました。正直、あなたの名前を予約表で見つけた時に戸惑いました。なぜ、あなたが城間別邸に来るのか不思議で仕方がなかったんです」
「遥香にしてみれば、自分を捨てた男が、5年も経ってのこのこ現れたんだ。戸惑うのも無理はない」
直哉は、小刻みに震えていた手を握り込み、瞼を伏せた。
「直哉さんが事故で記憶を失っているのを知って、自分が忘れられていた事はショックでした。でも、必死に記憶を取り戻そうとしてくれているのを見ました。城間別邸に予約を入れたのも記憶に引っ掛かったからなんですよね。そして、ここまで来てくれました。思い出してくれました。また、会えてよかった……。生きていてくれてよかった」
今ままで溜まっていた良い事も悪い事も吐きだした。胸がいっぱいになって、徐々に景色が歪み出し、頬に涙が伝う。
「ずっと、あなたに会いたかったんです……」
「遥香……」
直哉は、涙をこらえるように天井を見上げ、深く息を吐きだした。
事故に遭いたくて遭う人なんていない。その後のリハビリだって、傷の状態を見れば、過酷を極めたはずだ。そして、記憶を失くしていたために運命の歯車が狂い、手に入れられなかったものがある。
遥香は涙で濡れた頬を拭き息を整えた。
直哉も気持ちが落ち着いたのか、顔を向ける。その瞳は赤く充血していた。
「5年前に東京のマンションまで行ったのには、理由がありました。あの時、私……」
直哉の息子である真哉の事を、いざ言おうと思うと言葉が詰まる。
でも、直哉ならきっと受け入れてくれるはず。そう、自分自身に言い聞かせ勇気を振り絞り話を続けた。
「私、あの時、妊娠したんです。その事を相談しようと……」
言葉の途中で直哉が椅子から立ち上がり、ガタンッと大きな音を立て椅子が倒れた。その音に驚いて遥香はビクッと肩を跳ねさせた。
直哉はテーブルを回り込むようにゆっくりと遥香に近づいてくる。
遥香は椅子に座ったまま、ただ直哉を見上げた。
「遥香……ずいぶん時間が経ってしまって、すでに遅すぎるのかもしれない。君に恨まれても仕方がないと思っている」
そう言って、直哉は床に膝をつき遥香を見上げる。そして、直哉の瞳から一筋の涙がこぼれた。
遥香は直哉の涙を拭うように、手を伸ばし頬をそっと包みむ。触れたその手に温かな体温を感じた。
「昨日、会った男の子。真実の真に直哉さんの哉で、シンヤと言います。あなたの子供です」
真っ直ぐに向けられた瞳から思わず視線を外し、テーブルへと視線を落とす。
そのとき、テーブルの上に置かれている直哉の手が小刻みに震えている事に気付く。
落ち着いて見えた直哉だったが、彼も緊張していた。
そう思うと逆に遥香の緊張はほどけていき、さっき直哉に言われた言葉が腑に落ちる。
記憶が戻った。
(あ、さっき私の事を”安里さん”ではなく”遥香”と呼んだ。)
本当に記憶の扉が開いたんだと実感が湧いてくる。
「何から話せばいいのか、上手く伝えられればいいんだけど……。最初に謝らせてもらいたい。必ず迎えに来ると言った約束を守れずにすまなかった」
そう言って、頭を下げる直哉になんて声を掛けていいのか……。
遥香は、ゆっくりと口を開いた。
「……東京に戻って直ぐに事故に遭われたんですよね」
直哉が弾かれたようにパッと顔を上げた。そして、眉を寄せ苦しそうに言葉を紡ぐ。
「事故に遭っていたとはいえ、約束を守れなかった事には違いない。あの事故で記憶を無くし、手掛かりになる携帯電話も壊れてしまって……。5年もの間、遥香の事を思い出せずにいた。遥香には嫌な思いをさせたはずだ」
「私、直哉さんが東京に帰ってから、連絡が取れなくなって、ずっと不安でした。何回電話をしても繋がらないし、メッセージにも返信がもらえなくて……」
こんな責めるような事を言いたい訳じゃないのに止まらない。
でも、遥香も辛かったのだ。直哉を信じていた分だけ裏切られたと思うと悲しかった。
事故のせいだとわかってからも、何で忘れられてしまったのか、と寂しかった。
「東京のマンションにも訪ねて行きました。でも、会えなかったんです。だから……私、遊ばれて捨てられたんだと思っていたんです」
そう、直哉と連絡が取れなくなった遥香は、不安な気持ちで東京へ行った。たくさんの人、複雑な電車の乗り換え、やっとたどり着いた直哉のマンション。それは、見上げるほど高く、豪奢な大理石の立派なエントランス。恐る恐る足を踏み入れればコンシェルジュに作り笑顔で出迎えられた。もらった名刺を見ながら部屋番号と名前を告げても「お留守でございますので、お通しする事はできません」と取り付く島もなく、そこから先に進む事も出来ずに泣きながら沖縄に帰って来た。
遥香の言葉に直哉は顔をゆがませ、グッと歯を噛みしめた後、苦しそうに言葉を吐きだした。
「……すまない」
「私、事故だなんて知らなかったから……。もう二度と会う事も無いって、ずっと思っていました。正直、あなたの名前を予約表で見つけた時に戸惑いました。なぜ、あなたが城間別邸に来るのか不思議で仕方がなかったんです」
「遥香にしてみれば、自分を捨てた男が、5年も経ってのこのこ現れたんだ。戸惑うのも無理はない」
直哉は、小刻みに震えていた手を握り込み、瞼を伏せた。
「直哉さんが事故で記憶を失っているのを知って、自分が忘れられていた事はショックでした。でも、必死に記憶を取り戻そうとしてくれているのを見ました。城間別邸に予約を入れたのも記憶に引っ掛かったからなんですよね。そして、ここまで来てくれました。思い出してくれました。また、会えてよかった……。生きていてくれてよかった」
今ままで溜まっていた良い事も悪い事も吐きだした。胸がいっぱいになって、徐々に景色が歪み出し、頬に涙が伝う。
「ずっと、あなたに会いたかったんです……」
「遥香……」
直哉は、涙をこらえるように天井を見上げ、深く息を吐きだした。
事故に遭いたくて遭う人なんていない。その後のリハビリだって、傷の状態を見れば、過酷を極めたはずだ。そして、記憶を失くしていたために運命の歯車が狂い、手に入れられなかったものがある。
遥香は涙で濡れた頬を拭き息を整えた。
直哉も気持ちが落ち着いたのか、顔を向ける。その瞳は赤く充血していた。
「5年前に東京のマンションまで行ったのには、理由がありました。あの時、私……」
直哉の息子である真哉の事を、いざ言おうと思うと言葉が詰まる。
でも、直哉ならきっと受け入れてくれるはず。そう、自分自身に言い聞かせ勇気を振り絞り話を続けた。
「私、あの時、妊娠したんです。その事を相談しようと……」
言葉の途中で直哉が椅子から立ち上がり、ガタンッと大きな音を立て椅子が倒れた。その音に驚いて遥香はビクッと肩を跳ねさせた。
直哉はテーブルを回り込むようにゆっくりと遥香に近づいてくる。
遥香は椅子に座ったまま、ただ直哉を見上げた。
「遥香……ずいぶん時間が経ってしまって、すでに遅すぎるのかもしれない。君に恨まれても仕方がないと思っている」
そう言って、直哉は床に膝をつき遥香を見上げる。そして、直哉の瞳から一筋の涙がこぼれた。
遥香は直哉の涙を拭うように、手を伸ばし頬をそっと包みむ。触れたその手に温かな体温を感じた。
「昨日、会った男の子。真実の真に直哉さんの哉で、シンヤと言います。あなたの子供です」
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