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不幸で無く、幸せでも無い、強いて言うなら普通
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久しぶりの再会を嬉しく思い、沙羅はふたつ返事でOKした。
気鬱だった買い物が、一気に華やいだものに変わる。
ランチにと待ち合わせたお店へ、沙羅は一足先に向かう。
デパート裏手にある居酒屋「峡」を見つけ、暖簾をくぐった。
昼間は、お手頃価格のランチメニューのみの営業で、デパート従業員御用達の隠れた名店だと、真里に薦められて来たのだ。
半個室になっている木目調の店内は、落ち着いた雰囲気でランチタイムなのにゆったりと寛げる。
温かいおしぼりと氷が入った麦茶のおもてなしも嬉しい。
3つあるランチメニューの中から、Cセットのブリ大根定食を注文して、温かいおしぼりで手を拭う。
日焼け止めとファンデーションを塗りたくった顔を、このおしぼりで拭いたら、さぞかしさっぱりして気持ちが良いだろう。と、この時ばかりは、世の中のオジサン達を羨ましく思ってしまった沙羅だったのだ。
程なくして、真里が現れ、向かいの席に腰を下ろした。
「お待たせしてごめんね。なに頼んだ?」
沙羅がCセットを頼んだと答えると、真里はBセットのとんかつ定食を注文する。
その様子を紗羅は、苦笑いでやり過ごす。
目の前に置かれた麦茶をゴクゴクと飲み干した真里は、口がなめらかになったのか話し始める。
「それにしても久しぶりだよね。まさか都内で会うなんて思わなかったよ」
「そうね。私は進学で田舎を出て、結婚して直ぐに子供が産まれたから同窓会にも行けなくて……」
都内から新幹線を使えば2時間半で帰れる故郷。だが、既に両親を亡くした紗羅にとって、帰る家が無い。近くて遠い故郷なのだ。
「お互い35歳だもんね。結婚もするよねー。わたしは、地元で就職してから、暫くして結婚したんだけど、旦那に浮気されて、晴れてバツイチ。せっかくだから都会で暮らしてみようかなって、上京して来たの」
「真里は離婚したんだ。大変だったね」
「まあ、ウチの場合は夫の浮気で慰謝料もらって、さようなら。幸い、子供もいなかったしね」
あっけらかんと話す真里だったが、離婚までの道のりは、けして平坦ではなかったはずだ。
一生を共にすると誓ったはずのパートナーの裏切り。それを知った瞬間、何を思ったのだろう。
想像するだけでも、沙羅は胸が苦しくなる。
結婚して13年、不満はあっても不安は無く、日々を過ごせている。そんな自分は、とても幸運だったのかも知れない。
「真里は、こっちで暮らして良かった?」
ふふっ、と含み笑いを浮かべ、真里はおしぼりで手を拭いた。
「田舎にいるよりも出会いは多いし、自由でいいわ」
「そう、良かった」
離婚を経験しても悲壮感がない真里の様子に沙羅は胸を撫で下ろす。
このタイミングで注文した定食が運ばれて来た。真里の前には、とんかつ定食、沙羅の前には、ブリ大根定食。
ブリ大根から、煮汁の香りがほわ~っと漂い、食欲をそそられる。
いただきますと手を合わせると、真里からの提案でとんかつとブリのシェアが提案された。
サクッとキツネ色に揚げられた、とんかつの誘惑に負け、沙羅はうなずく。
真里はとんかつを差し出しながら、話し始めた。
「わたしね。結婚した時、夫から専業主婦になってくれって言われて、寿退社にも憧れていたし、当然のように仕事を辞めたの」
「うん、私も夫に言われて寿退社したのよ」
「そう沙羅もなの。専業主婦ってどう? 寂しくない?」
専業主婦が寂しいと言う問い掛けが、ピンとこなくて問い掛けで返す。
「真里は専業主婦になって寂しかったの?」
「うん、自分で働いたお金じゃないと、何か欲しくても気が引けて買うのをためらったり、夜、友達と食事にも行けなくて、だんだんと疎遠になったり、世間から切り離されて行くようで、寂しかったんだ」
言われて見れば確かに思い当たることばかり。沙羅は何度もうなずいた。
真里は当時を思い出したのか、寂しげに目を伏せる。
「それにね。頑張って家事しても、それが当たり前で、具合悪くて手を抜くと専業主婦は楽出来ていいよなって言われて、ゆっくり寝ていることも出来ないのよ」
「そうよね。主婦業って、365日お休みが無いのに報われない事が多いのよね」
「でしょう。出かけられるけど時間に縛られ、買いたい物にお伺いを立て、召使いのように働かされているだけみたいに思えたの」
「そう……」
紗羅の胸の内にある、日々積み重ねていた小さな不満をすべて言い当てられたようで、返す言葉が見つからない。言葉に詰まる紗羅をよそに、真里は、誰かに言いたくて仕方ないとばかりにしゃべり続けた。
「その挙げ句、夫の浮気でしょう。こっちは、我慢に我慢を重ねて頑張って、そのお陰で夫は快適に暮らせているのに、浮気だなんて。”そっちこそ、お気楽でいいですね”って言ってやったわ」
「浮気は、裏切り行為だわ。許せなくて当然よ」
「まあ、浮気のおかげで離婚の時に慰謝料もらえたんだけどね。人生を新たにやり直すためのいい軍資金になったわ」
言いたい事を言い終えたのか、真里はスッキリとした顔になった。それを見て沙羅はホッと息を吐き出す。
「それで、今日の再会になったのね」
「そうね。沙羅は幸せそうに見えるけど、どうなの?」
「私? 私は、普通に主婦やってるわよ」
そう、平凡で変わらない日常がある。
夫とはそこそこ仲良く、かわいい娘の成長を楽しみに、変わらない日常を積み重ねて行こうと思っていた。
「じゃあ、幸せなのね」
真里に言われ、沙羅は言い淀む。不安の種が心にあるのだ。
「え、ええ」
沙羅は、取り立て不幸でも無ければ、幸せというほど温かな感情を感じ無い。
不幸で無く、幸せでも無い、強いて言うなら普通だ。
気鬱だった買い物が、一気に華やいだものに変わる。
ランチにと待ち合わせたお店へ、沙羅は一足先に向かう。
デパート裏手にある居酒屋「峡」を見つけ、暖簾をくぐった。
昼間は、お手頃価格のランチメニューのみの営業で、デパート従業員御用達の隠れた名店だと、真里に薦められて来たのだ。
半個室になっている木目調の店内は、落ち着いた雰囲気でランチタイムなのにゆったりと寛げる。
温かいおしぼりと氷が入った麦茶のおもてなしも嬉しい。
3つあるランチメニューの中から、Cセットのブリ大根定食を注文して、温かいおしぼりで手を拭う。
日焼け止めとファンデーションを塗りたくった顔を、このおしぼりで拭いたら、さぞかしさっぱりして気持ちが良いだろう。と、この時ばかりは、世の中のオジサン達を羨ましく思ってしまった沙羅だったのだ。
程なくして、真里が現れ、向かいの席に腰を下ろした。
「お待たせしてごめんね。なに頼んだ?」
沙羅がCセットを頼んだと答えると、真里はBセットのとんかつ定食を注文する。
その様子を紗羅は、苦笑いでやり過ごす。
目の前に置かれた麦茶をゴクゴクと飲み干した真里は、口がなめらかになったのか話し始める。
「それにしても久しぶりだよね。まさか都内で会うなんて思わなかったよ」
「そうね。私は進学で田舎を出て、結婚して直ぐに子供が産まれたから同窓会にも行けなくて……」
都内から新幹線を使えば2時間半で帰れる故郷。だが、既に両親を亡くした紗羅にとって、帰る家が無い。近くて遠い故郷なのだ。
「お互い35歳だもんね。結婚もするよねー。わたしは、地元で就職してから、暫くして結婚したんだけど、旦那に浮気されて、晴れてバツイチ。せっかくだから都会で暮らしてみようかなって、上京して来たの」
「真里は離婚したんだ。大変だったね」
「まあ、ウチの場合は夫の浮気で慰謝料もらって、さようなら。幸い、子供もいなかったしね」
あっけらかんと話す真里だったが、離婚までの道のりは、けして平坦ではなかったはずだ。
一生を共にすると誓ったはずのパートナーの裏切り。それを知った瞬間、何を思ったのだろう。
想像するだけでも、沙羅は胸が苦しくなる。
結婚して13年、不満はあっても不安は無く、日々を過ごせている。そんな自分は、とても幸運だったのかも知れない。
「真里は、こっちで暮らして良かった?」
ふふっ、と含み笑いを浮かべ、真里はおしぼりで手を拭いた。
「田舎にいるよりも出会いは多いし、自由でいいわ」
「そう、良かった」
離婚を経験しても悲壮感がない真里の様子に沙羅は胸を撫で下ろす。
このタイミングで注文した定食が運ばれて来た。真里の前には、とんかつ定食、沙羅の前には、ブリ大根定食。
ブリ大根から、煮汁の香りがほわ~っと漂い、食欲をそそられる。
いただきますと手を合わせると、真里からの提案でとんかつとブリのシェアが提案された。
サクッとキツネ色に揚げられた、とんかつの誘惑に負け、沙羅はうなずく。
真里はとんかつを差し出しながら、話し始めた。
「わたしね。結婚した時、夫から専業主婦になってくれって言われて、寿退社にも憧れていたし、当然のように仕事を辞めたの」
「うん、私も夫に言われて寿退社したのよ」
「そう沙羅もなの。専業主婦ってどう? 寂しくない?」
専業主婦が寂しいと言う問い掛けが、ピンとこなくて問い掛けで返す。
「真里は専業主婦になって寂しかったの?」
「うん、自分で働いたお金じゃないと、何か欲しくても気が引けて買うのをためらったり、夜、友達と食事にも行けなくて、だんだんと疎遠になったり、世間から切り離されて行くようで、寂しかったんだ」
言われて見れば確かに思い当たることばかり。沙羅は何度もうなずいた。
真里は当時を思い出したのか、寂しげに目を伏せる。
「それにね。頑張って家事しても、それが当たり前で、具合悪くて手を抜くと専業主婦は楽出来ていいよなって言われて、ゆっくり寝ていることも出来ないのよ」
「そうよね。主婦業って、365日お休みが無いのに報われない事が多いのよね」
「でしょう。出かけられるけど時間に縛られ、買いたい物にお伺いを立て、召使いのように働かされているだけみたいに思えたの」
「そう……」
紗羅の胸の内にある、日々積み重ねていた小さな不満をすべて言い当てられたようで、返す言葉が見つからない。言葉に詰まる紗羅をよそに、真里は、誰かに言いたくて仕方ないとばかりにしゃべり続けた。
「その挙げ句、夫の浮気でしょう。こっちは、我慢に我慢を重ねて頑張って、そのお陰で夫は快適に暮らせているのに、浮気だなんて。”そっちこそ、お気楽でいいですね”って言ってやったわ」
「浮気は、裏切り行為だわ。許せなくて当然よ」
「まあ、浮気のおかげで離婚の時に慰謝料もらえたんだけどね。人生を新たにやり直すためのいい軍資金になったわ」
言いたい事を言い終えたのか、真里はスッキリとした顔になった。それを見て沙羅はホッと息を吐き出す。
「それで、今日の再会になったのね」
「そうね。沙羅は幸せそうに見えるけど、どうなの?」
「私? 私は、普通に主婦やってるわよ」
そう、平凡で変わらない日常がある。
夫とはそこそこ仲良く、かわいい娘の成長を楽しみに、変わらない日常を積み重ねて行こうと思っていた。
「じゃあ、幸せなのね」
真里に言われ、沙羅は言い淀む。不安の種が心にあるのだ。
「え、ええ」
沙羅は、取り立て不幸でも無ければ、幸せというほど温かな感情を感じ無い。
不幸で無く、幸せでも無い、強いて言うなら普通だ。
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