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心を埋める甘い感情。
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慶太は、寂しそうに微笑みながら、両手を広げた。
「おいで、恋人同士のハグをしよう」
沙羅は、慶太へと足を一歩踏み出す。
筋肉質な腕が背中にまわり、包み込むように抱きしめられた。そっと目を閉じ、広い胸に耳を寄せる。慶太からトクトクと少し早い心音が聞こえて、自分の鼓動と重なり合う。
傷ついていた沙羅の心に慶太の温もりがゆっくりと滲み込んでいく。
暫くの間、抱き合い、お互いがお互いの温もりを感じていた。
「……ありがとう。慶太」
「いいよ、彼女の言う事は何でも訊くよ。我が儘でもお願いでもたくさん言って、俺に甘えて」
耳心地の良い声にほだされて、このまま慶太から離れられなくなりそうな自分が怖かった。
だから、あえて線を引く。
「東京に帰るまで、一緒に居てくれるだけでいいの」
「ん、いいよ。一緒に居る」
金沢に居る間だけの恋だと沙羅は言う。
けれど、慶太はそれだけで終わらせるつもりは無かった。
新幹線で近くなった東京と金沢の距離をどうにか埋めようと考えていた。
慶太は抱きしめている腕を緩め、沙羅の髪をそっと撫でる。
そして、左腕に巻かれたクロノグラフに慶太は視線を落とした。
「そろそろ、予約した時間だ。行こうか」
そう言って、沙羅へと手を差し出した。
沙羅はおずおずと慶太の大きな手に自分の手を重ねる。
「予約って、もしかしてスイミング・プール?」
「そうだよ」
「昨日、予約をしようと思って、ホームページを見たけど、いっぱいでダメだったのに」
目を丸くしている沙羅をよそに、慶太はイタズラっぽく微笑む。
「ああ、ちょうど予約を入れていた知り合いが、都合が悪くなったとかで譲ってもらえたんだ。ついでに入場券も、ラッキーだったよ」
「ふふっ、どんな知り合いなのか、あえて聞かないでおく。でも、スイミング・プール見たかったの。チケットありがとう」
「どういたしまして」
金沢21世紀美術館にある作品の中でも、人気のあるレアンドロ作のスイミングプール。
光庭のひとつに設置されたプールは、上部から波打つプールの中に人が佇む不思議な光景を見る事ができる。また、内部に入るのも可能で、ゆらゆら揺れる水上を見上げる事が出来るという。内部に入るのには、事前に予約が必要なほどの人気の展示物だ。
総合案内で、前売りチケットを出して入場する。
ガラス張りの明るい館内をゆったりと歩いていると、いつの間にか、繋いだ手の指と指が絡んで、恋人繋ぎに変わっていた。
繋いだ手の温かさに、気恥ずかしい思いで、横に居る慶太の顔をチラリと伺う。背の高い慶太とは身長差で自然と上目遣いになる。
沙羅の視線に気づいた慶太が問い掛けた。
「ん?どうしたの」
「何でもないの。ただ見てただけ」
「なんだ、甘えてくれているのかと思った」
慶太が僅かに顔を寄せ、耳元で囁いた。
慣れないシチェーションに沙羅の心は、そわそわと落ち着かなくなる。
「あ、甘えるなんて……」
後半はモニョモニョと口籠もる。
19歳で両親を失い天涯孤独になってしまってから、甘えてなんて居られ無かった。
政志と恋人同士になった頃は、少しは甘えて居た時期はあったと思う。
結婚して、家族を支え、子育てや家事を頑張っているうちに、いつの間にか政志との関係は、子供の父親で、相談相手になり、甘えるような蜜月の関係では無くなって居た。
長い間、甘えていなかったから、上手に甘えるなんて芸当は、紗羅にはハードルが高く感じられた。
口籠もる沙羅に、慶太は優しく語り掛ける。
「自分のやりたい事を口に出して良いんだよ。沙羅は我慢するのに慣れてしまって、欲求……んー、望みがあっても言えないみたいだから、先ずは、欲しい物は欲しいって言ってごらん」
「甘えるのが、難しいって考えた事もなかったから、ちょっと新鮮。自分に足りない物が見えて不思議な気がする。でも、欲しい物を欲しいって言って居たら、お財布が軽くなっちゃうわ」
「そこは、ご心配なく」
「そんな事言って、私が悪い女で貢がせたらどうするの?」
上手くおねだりすれば、可愛い女になれるのに、正論を言ってしまうのは、ダメな女だと思う。
それなのに慶太はふわりと微笑み、それを受け流す。
「いいよ。沙羅の好きなだけ我が儘言って、俺貢ぐから」
「ばか……」
甘い感情が沙羅の心を埋め尽くしていく。
「おいで、恋人同士のハグをしよう」
沙羅は、慶太へと足を一歩踏み出す。
筋肉質な腕が背中にまわり、包み込むように抱きしめられた。そっと目を閉じ、広い胸に耳を寄せる。慶太からトクトクと少し早い心音が聞こえて、自分の鼓動と重なり合う。
傷ついていた沙羅の心に慶太の温もりがゆっくりと滲み込んでいく。
暫くの間、抱き合い、お互いがお互いの温もりを感じていた。
「……ありがとう。慶太」
「いいよ、彼女の言う事は何でも訊くよ。我が儘でもお願いでもたくさん言って、俺に甘えて」
耳心地の良い声にほだされて、このまま慶太から離れられなくなりそうな自分が怖かった。
だから、あえて線を引く。
「東京に帰るまで、一緒に居てくれるだけでいいの」
「ん、いいよ。一緒に居る」
金沢に居る間だけの恋だと沙羅は言う。
けれど、慶太はそれだけで終わらせるつもりは無かった。
新幹線で近くなった東京と金沢の距離をどうにか埋めようと考えていた。
慶太は抱きしめている腕を緩め、沙羅の髪をそっと撫でる。
そして、左腕に巻かれたクロノグラフに慶太は視線を落とした。
「そろそろ、予約した時間だ。行こうか」
そう言って、沙羅へと手を差し出した。
沙羅はおずおずと慶太の大きな手に自分の手を重ねる。
「予約って、もしかしてスイミング・プール?」
「そうだよ」
「昨日、予約をしようと思って、ホームページを見たけど、いっぱいでダメだったのに」
目を丸くしている沙羅をよそに、慶太はイタズラっぽく微笑む。
「ああ、ちょうど予約を入れていた知り合いが、都合が悪くなったとかで譲ってもらえたんだ。ついでに入場券も、ラッキーだったよ」
「ふふっ、どんな知り合いなのか、あえて聞かないでおく。でも、スイミング・プール見たかったの。チケットありがとう」
「どういたしまして」
金沢21世紀美術館にある作品の中でも、人気のあるレアンドロ作のスイミングプール。
光庭のひとつに設置されたプールは、上部から波打つプールの中に人が佇む不思議な光景を見る事ができる。また、内部に入るのも可能で、ゆらゆら揺れる水上を見上げる事が出来るという。内部に入るのには、事前に予約が必要なほどの人気の展示物だ。
総合案内で、前売りチケットを出して入場する。
ガラス張りの明るい館内をゆったりと歩いていると、いつの間にか、繋いだ手の指と指が絡んで、恋人繋ぎに変わっていた。
繋いだ手の温かさに、気恥ずかしい思いで、横に居る慶太の顔をチラリと伺う。背の高い慶太とは身長差で自然と上目遣いになる。
沙羅の視線に気づいた慶太が問い掛けた。
「ん?どうしたの」
「何でもないの。ただ見てただけ」
「なんだ、甘えてくれているのかと思った」
慶太が僅かに顔を寄せ、耳元で囁いた。
慣れないシチェーションに沙羅の心は、そわそわと落ち着かなくなる。
「あ、甘えるなんて……」
後半はモニョモニョと口籠もる。
19歳で両親を失い天涯孤独になってしまってから、甘えてなんて居られ無かった。
政志と恋人同士になった頃は、少しは甘えて居た時期はあったと思う。
結婚して、家族を支え、子育てや家事を頑張っているうちに、いつの間にか政志との関係は、子供の父親で、相談相手になり、甘えるような蜜月の関係では無くなって居た。
長い間、甘えていなかったから、上手に甘えるなんて芸当は、紗羅にはハードルが高く感じられた。
口籠もる沙羅に、慶太は優しく語り掛ける。
「自分のやりたい事を口に出して良いんだよ。沙羅は我慢するのに慣れてしまって、欲求……んー、望みがあっても言えないみたいだから、先ずは、欲しい物は欲しいって言ってごらん」
「甘えるのが、難しいって考えた事もなかったから、ちょっと新鮮。自分に足りない物が見えて不思議な気がする。でも、欲しい物を欲しいって言って居たら、お財布が軽くなっちゃうわ」
「そこは、ご心配なく」
「そんな事言って、私が悪い女で貢がせたらどうするの?」
上手くおねだりすれば、可愛い女になれるのに、正論を言ってしまうのは、ダメな女だと思う。
それなのに慶太はふわりと微笑み、それを受け流す。
「いいよ。沙羅の好きなだけ我が儘言って、俺貢ぐから」
「ばか……」
甘い感情が沙羅の心を埋め尽くしていく。
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