【完結】東京・金沢 恋慕情 ~サレ妻は御曹司に愛されて~

安里海花

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もうすぐです! 2

沙羅は、トイレに設置されているナースコールを押した。直ぐに応答があり来てくれるとの事。
 そして、ドアを少し開け、部屋で心配しているふたりに声を掛けた。

「慶太、美幸、いまから看護師さんが来るけど、大丈夫だから」

 程なくして、バタバタと看護師が部屋へ入って来た。
「高良さん、どうされました?」

 部屋に居る慶太は、沙羅の様子がわからないまま説明する。
「食事を軽く取った後、トイレで具合が悪くなったようなんです」

「高良さん、ごめんなさいね、入りますよ」
コンコンと短いノックの後、看護師がトイレに入って来た。
沙羅は、説明をするために現物を見せた。

「すみません。いま、これが……」

 それを見た瞬間、看護師の顔色がサッと変わり、ナースコールを押して通話状態する。
 ナースセンターへ今の沙羅の状態を説明し終わると、沙羅へ顔を向けた。

「ちょっと、脈拍測りますね。この後ストレッチャーが来るからそれに乗って、直ぐに分娩室に入りましょうね。状況によっては帝王切開になるかもしれません」 

「……はい」

 順調にお産が進んでいたと思っていたのに、ただならぬ雰囲気に沙羅の不安は大きくなっていく。
 
 部屋の中は、さっきまでのリラックスムードから緊迫した雰囲気に変わっていた。
 数人の看護師さんによってストレッチャーが部屋に運び込まれ、沙羅はその上に横たわる。
 すると心配そうに覗き込む慶太と美幸の顔が見えた。突然の出来事にふたりとも不安気だ。

「慶太、私、がんばるから……」

「ん、待ってるよ」

「お母さん、わたし神様にお願いしておくから、大丈夫だよ」

「うん、いっぱいお願いしておいてね。いってきます」
 
 看護師さんの「動きます」という声がガラガラとストレッチャーが動き出す。

 沙羅を見送ったふたりは、不安のまま取り残された。
 
「お父さん、お母さんと赤ちゃん大丈夫だよね」

「ああ、お母さんは、きっと元気な赤ちゃんと一緒に戻って来てくれるよ。分娩室の前に行こうか」

「うん」

 
    ◇

 分娩室の中では、慌ただしく人が行き来している。 
   お腹の上に付けた心拍計が、ドクドクと赤ちゃんの心音を伝えている。
「点滴入りました」
「血圧105/68」
「子宮口全開大です」
「胎児の心拍52です」
「低いです。帝王切開になりますか」
「準備して」

 看護師さんや助産師さん、そして医師が分娩室に入るなり、現在の状況を確認し始めた。
 美幸の出産で体験した時とまったく違う状況に沙羅は戸惑うばかりだ。
 キツイ痛みの間隔が短くなり、肩でハァハァと息をしていた。
 すると、助産師さんの指示が飛ぶ。

「高良さん、ゆっくり息してくださいね。ヒッヒッフー、ヒッヒッフーです」

 沙羅は、助産師さんに習って、何度も深い呼吸をくり返した。

「胎児の心拍63になりました」
「このまま続けよう」
「はい」

「上手、上手、持ち直してきましたね。ヒッヒッフー、ヒッヒッフー、そうそう、後一息ですよ」

 ここまでくると、股の間に大きな物が挟まっている感覚がしてきて、いきみたい衝動に駆られる。

「はい、いきんでいいですよ。目は閉じないで、顎引いて、息吸って、はい、いきんで!」

「うー、ぅう」
 沙羅は、無我夢中で唸り声をあげた。

「頭が見えてきましたよ。息吸って、ハイもう一度、いきんで!」 

 痛い、苦しい。でも、無事に産まれて来て!
    
「うー、うう」

   ズルッと言う感覚が股の間を通り抜けていく。産まれたのだ。

   でも泣き声が聞こえて来ない。

   お願い、泣いて! 声を聞かせて!



常位胎盤早期剥離じょういたいばんそうきはくりですか?」

   聞き慣れない病名、慶太は眉間に皺を寄せた。

   看護師の説明によれば、常位胎盤早期剥離じょういたいばんそうきはくりとは、妊娠中、胎児がお腹の中にいるのに胎盤が子宮壁から部分的または完全に剥がれてしまう状態で、胎盤が剥がれると子宮の壁から出血し、胎盤後血腫という血のかたまりが形成される。母子の命に関る重大な病気だ。

    沙羅がトイレで見たのは、子宮に溜まった血のかたまりが出て来た物で、今は出血が多く危険な状態。おそらく、帝王切開になるだろうと言う説明だった。

   その説明を聞いて、慶太は背中に悪寒が走り、ゾワッと粟肌が立つ。
   万が一でも沙羅を失うような事は、遭ってはならないし、考えたくも無かった。

「妻と子供を助けてやってください。どうかお願い致します」
     
    病院の医療チームにお願いする事しか出来ない自分を、慶太は歯がゆく思った。
 ただ待つ事しか出来ない時間が続く。
 慶太は左腕に巻かれたクロノグラフに視線を落とした。
 時計を何度見ても時間は遅々として進まない。1分が10分いや1時間のように感じる。
 すると、直ぐ横から声が聞こえて来る。

「神様、お母さんと赤ちゃんを助けてください」

   必死に祈る美幸に、慶太も同じ気持ちだ。
   信仰心の無い慶太は信じる神様を持ち合わせては居なかった。だが、この時だけは、ありとあらゆる神に祈らずには居られない。

 どうか、沙羅とお腹の子、ふたりを無事に返してください。

   慶太と美幸の祈りが届いたのか、分娩室から「ほぎゃあ、ほぎゃあ」と小さな声が、聞こえてくる。
    
 「お父さん、赤ちゃんが泣いたよ。産まれたんだよね。そうだよね」

    美幸の問いかけにうなずく慶太だったが、分娩室のドアを見つめ続けていた。 
   


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