誰からも愛される聖獣に転生したのに、推しにだけ嫌われています

羽里うめこ

文字の大きさ
7 / 65

しずかな決意

「あの、おれ、テーブルマナーとかよくわかんなくて……」

 うつくしい断面のテリーヌが乗った前菜の皿を前に、リトは困り果ててそう打ち明けた。一皿一皿サーブされてくるコース料理なんてものを食べた経験もない。
 呆れられてしまうかと思ったが、ダレンもハロルドも、馬鹿にしたり嗤ったりしなかった。

「好きなように食べていいんですよ。ヴォルフさまは人型のときも基本的に手づかみですし」
「俺だって普段は適当に飲み食いしてるしな。マナーがどうとか、そんなことで誰も君を責めたりしないよ」

 ほっとして、リトはようやくナイフとフォークを手に取った。ゲームに出てくる料理は地球のものと変わらなかったとはいえ、実際に口に運ぶまではすこしドキドキした。

「……! おいしい」

 フォークの先ですくったテリーヌを口に入れた瞬間に、不安など消し飛んでしまった。ジュレ状になっているコンソメと、小気味よい歯応えの野菜たちの旨みが、舌に広がっていく。
 しずかに感激しているリトを見遣って、ダレンがほっとしたように眦を下げた。

「お口に合ってよかったです。たくさん召し上がってくださいね」

 前菜の次は、クリーミーな冬瓜のポタージュが出てきた。これも甘くてとろとろしていてとても美味しかった。

(いまって、冬なのかな?)

 城から外に出たとき、カーディガンを着ていてもすこし肌寒かったから、たぶんそうなのだろう。不思議なことに、邸の中は見たところ空調もないのに快適な温度が保たれている。魔法のたぐいなのだろうか。

「そういえば、父上から返信はあったのか?」

 メインの牛ヒレ肉へナイフを入れながら、ふと、ハロルドがダレンへそう訊ねた。

「ありましたよ。『そのうち帰る。よきにはからえ』とだけ」
「まったく、あの御方は……そのうちそのうちと言いながら、三年はお姿を見ていないぞ」
「ケネス殿下が乳離れされた途端、またすぐ出て行かれてしまいましたものね」

(ハロルドのお父さん……魔界の王様、だよね。ゲームの中でも、ずっと旅に出てるって設定だった)

「我らが王は、ひとところにじっとしていられないたちなんだ。本来なら、召喚の儀には国王が立ち会うものなんだが」
「そもそも、召喚の儀が決まったのが急だったんですよね。そろそろだろうということで数年まえから準備はしていたんですが、今朝になっていきなり、ヴォルフさまが『次の守護者を喚ぶ』と仰って」
「そうだったんですか」

 ゲームの中では、魔界はすでにマナのバランスが崩れはじめていて、急いで聖獣を召喚しなければならない、というシナリオだった。条件を満たして召喚イベントを起こさないと、当然ながらダレンルートのバッドエンドになる。

「儀式には、五百年かけて守護者さまが集めたマナと、魔術師の術式、そして王族の血が必要なんです。先程ハロルド殿下が仰られた通り、通常は国王陛下が立会人になられるんですけど、いまどこにおられるのかもわからなくて……仕方なく早文だけ出して、今日唯一お城にいらしたアデル殿下に立会人をお願いしたんです」
「正確には末の王子のケネスもいたが、まだ四つだからな」
「なるほど……」

 頷いて、リトはフォークに刺したアスパラガスのグリルを口に入れた。香ばしくてジューシーでおいしい。
 ちなみに、この世界での早文とは、伝書鳩のような魔法生物のことだ。宛先の人物の魔力を辿り、正確に伝言を届ける。

「あの、国王様がお城にいなくても、大丈夫なんですか?」

 政治的なことはリトにはなにもわからないが、王様がいないのに、どうやって国を動かしているのか不思議だった。
 
「もっともな疑問だ、リト」

 ハロルドはからりと笑って、注ぎ足されたワイングラスを手に取った。

「大丈夫ではないんだが、兄上たちやお妃たちや宰相たちが、がんばって大丈夫にしている」
「はあ……」
「本当に大変なときは帰ってきてくださいますしね。王子だった頃から破天荒な方でしたけど、このお城にいる魔族はみ~んな、あの御方のことがだいすきなんです。『よきにはからえ』なんて適当な王命でも、全力でよきにはからっちゃうくらいに」
「生まれついてのひとたらしなんだ、父上は」

 国王の話をするふたりは、なんだかとても楽しそうだった。本当に国王のことが好きなんだな、とわかる。

(でも、アデルは、お父さんのことが嫌いなんだよね……)

 アデルが幼い頃、国王が旅先の人間界から連れてきた人間の王妃が、魔王の命を弑しようとクーデターを起こした。そのとき後宮の一部を焼いた火事に巻き込まれて、アデルの母が命を落としてしまったのだ。
 アデルはクーデターを起こした人間と同じように、人間を魔界に連れてきた国王のことも憎んだ。国王がすべての責は己にあり、人間の王妃に罪はないとして人間界への報復をしなかったことも、アデルは許せなかった。
 かつて母親の宮があった後宮の野原で、「今度こそ、私は愛する者を守りたい」とレヴィに告げるこのシーンは、何度プレイしても泣けてしまう。もっとも、アデルがレヴィを守ろうとするその言動が、すべての攻略ルートで見事な当て馬行為になってしまうのだが――。

(うう。かわいそうな推し。そんなところも好き)

「リトはきっと、父上に気に入られると思うぞ」
「えっ?」
「陛下、ちいさくてかわいらしいものが大好きですものねえ」
「ち、ちいさい……」

(おれ、いちおう170はあるんだけどなあ……)

 向こうではちいさいと言われたことなどなかったが、確かにここに来てから目にする魔族たちはみんな背が高い。そもそも人間とは平均身長が違うのだろう。

 デザートは、オレンジソースのあたたかいクレープだった。あんまりおいしくて、食べ終えてしまうのが惜しかったくらいだ。
 前菜からデザートに至るまで、ぜんぶすごく美味しかった。食欲がなかったことなど嘘のように、きれいに平らげてしまった。
 
(こんな贅沢しちゃって、いいのかな……)

 食後に出された澄んだ色の紅茶も、とてもいい香りがする。つい数時間前まで深夜のコンビニバイトをしていたのに、いまではまるでお大尽のようだ。

「お食事は楽しんで頂けましたか?」
「はい、とても」

 ダレンの問いにうなずいて、リトは手にしていた精緻な絵柄のティーカップをそっとソーサーへと置いた。

「おれ……早く聖獣の力に目覚めて、みなさんのお役に立ちたいです」

 先程からずっと胸のうちに渦巻いていた情動が、言葉となってくちびるからこぼれ落ちた。

「このままじゃ、おれ、ただよくしてもらうばっかりで……」
「リトさま」

 申し訳ない、と言いかけたリトの言葉を、ダレンのやわらかな声が押しとどめた。

「焦らなくても、いいんですよ。召喚されてきたばかりの聖獣が、すぐ守護者となるわけではありません。まずは、今代の守護者のもとで力の使い方を学びながら、マグナルクへ慣れていただくのが通例なんです」
「俺たち魔族からしてみたら、次代の守護者殿がこうしてここへ居てくれるというだけで心強く、ありがたいことなんだ。どうか健やかに過ごされることだけを考えてくれ」
「……はい。ありがとうございます」

 ふたりとも、きっと本心からそう言ってくれているのだろう。焦ったところでどうしようもないことは、リトにもわかっている。

(……でも、)

『――私が喚んだのは聖獣だ。穢らわしい人間などではない』

 最愛の推しの、冷たい声音が脳裏に響く。
 国王の代わりに大事な儀式に立ち会って、そうして召喚されてきたのが人間の姿をした聖獣未満だったなんて、彼はきっととてもショックだったに違いない。もし、自分のせいでアデルが悪く言われたりするようなことがあったら、リトはとても耐えられない。

(……おれ、がんばらなきゃ)

 膝の上の両手をぎゅっと握って、リトは決意を新たにした。
 推しに見合う男になるために、二年間必死に自分磨きをがんばってきた。
 これから一体どのような試練が待ち受けているのか想像もできないけれど、だいすきな推しのためになら、リトはなんだってがんばれる。

(アデルのためにも、立派な聖獣になるんだ)



あなたにおすすめの小説

メインキャラ達の様子がおかしい件について

白鳩 唯斗
BL
 前世で遊んでいた乙女ゲームの世界に転生した。  サポートキャラとして、攻略対象キャラたちと過ごしていたフィンレーだが・・・・・・。  どうも攻略対象キャラ達の様子がおかしい。  ヒロインが登場しても、興味を示されないのだ。  世界を救うためにも、僕としては皆さん仲良くされて欲しいのですが・・・。  どうして僕の周りにメインキャラ達が集まるんですかっ!!  主人公が老若男女問わず好かれる話です。  登場キャラは全員闇を抱えています。  精神的に重めの描写、残酷な描写などがあります。  BL作品ですが、舞台が乙女ゲームなので、女性キャラも登場します。  恋愛というよりも、執着や依存といった重めの感情を主人公が向けられる作品となっております。

事なかれ主義の回廊

由紀菜
BL
大学生の藤咲啓嗣は通学中に事故に遭い、知らない世界で転生する。大貴族の次男ランバート=アルフレイドとして初等部入学前から人生をやり直し、学園で出会う無愛想で大人顔負けの魔法の実力者であるヨアゼルン=フィアラルドと親友になるが、彼に隠された力に翻弄され次々と襲ってくる災難に巻き込まれる。終いには、国家の存続を揺るがす大事件にまで発展することに・・・

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

贖罪公爵長男とのんきな俺

侑希
BL
異世界転生したら子爵家に生まれたけれど自分以外一家全滅という惨事に見舞われたレオン。 貴族生活に恐れ慄いたレオンは自分を死んだことにして平民のリオとして生きることにした。 一方公爵家の長男であるフレドリックは当時流行っていた児童小説の影響で、公爵家に身を寄せていたレオンにひどい言葉をぶつけてしまう。その後すぐにレオンが死んだと知らされたフレドリックは、以降十年、ひたすらそのことを悔いて生活していた。 そして十年後、二人はフレドリックとリオとして再会することになる。   ・フレドリック視点は重め、レオン及びリオ視点は軽め ・異世界転生がちょいちょい発生する世界。色々な世界の色々な時代からの転生者の影響で文明が若干ちぐはぐ。 ・世界観ふんわり 細かいことは気にしないで読んでください。 ・CP固定・ご都合主義・ハピエン ・他サイト掲載予定あり

王様お許しください

nano ひにゃ
BL
魔王様に気に入られる弱小魔物。 気ままに暮らしていた所に突然魔王が城と共に現れ抱かれるようになる。 性描写は予告なく入ります、冒頭からですのでご注意ください。

悪役令嬢の兄、閨の講義をする。

猫宮乾
BL
 ある日前世の記憶がよみがえり、自分が悪役令嬢の兄だと気づいた僕(フェルナ)。断罪してくる王太子にはなるべく近づかないで過ごすと決め、万が一に備えて語学の勉強に励んでいたら、ある日閨の講義を頼まれる。

クールな義兄の愛が重すぎる ~有能なおにいさまに次期当主の座を譲ったら、求婚されてしまいました~

槿 資紀
BL
イェント公爵令息のリエル・シャイデンは、生まれたときから虚弱体質を抱えていた。 公爵家の当主を継ぐ日まで生きていられるか分からないと、どの医師も口を揃えて言うほどだった。 そのため、リエルの代わりに当主を継ぐべく、分家筋から養子をとることになった。そうしてリエルの前に表れたのがアウレールだった。 アウレールはリエルに献身的に寄り添い、懸命の看病にあたった。 その甲斐あって、リエルは奇跡の回復を果たした。 そして、リエルは、誰よりも自分の生存を諦めなかった義兄の虜になった。 義兄は容姿も能力も完全無欠で、公爵家の次期当主として文句のつけようがない逸材だった。 そんな義兄に憧れ、その後を追って、難関の王立学院に合格を果たしたリエルだったが、入学直前のある日、現公爵の父に「跡継ぎをアウレールからお前に戻す」と告げられ――――。 完璧な義兄×虚弱受け すれ違いラブロマンス

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)