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第30話 風邪看病事件
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季節の変わり目は、身体にも心にも堪える。
日ごとに空気が冷え始めたある午後――カイン邸の一室、ユリウスの寝室は厚手のカーテンで昼の光を遮り、薄暗く静まり返っていた。
ベッドに横たわるユリウスは胸まで布団を被り、天井を睨むように見つめていた。
頬はほんのり赤く、息をするたび喉の奥がヒリヒリと疼く。
「……なんで、こんな時に限って……」
鼻声の呟きが、部屋の空気に溶けて消える。
喉はイガイガ、関節は重たく、体は熱に浮かされているようだった。
明らかに、風邪を引いているのは間違いない。
思い返せば、昨晩の夜風に長くあたったのが悪かったのかもしれない。
あるいは――隣に腰掛けた男が、やけに体温高くて。
そのせいで心臓が変なリズムを打ち、変な汗をかいたのかもしれない。
(……いや。あれは、ただの照れ汗……)
そう言い聞かせたその瞬間――ガチャリと扉の音が響いた。
「ユリウス」
「げほっ……っ!」
聞きなれた、低く落ち着いた声。
開いた扉の向こうから現れたのは、案の定カインだった。
手には、湯気の立つスープの盆。そして濡れたタオル。
(……やっぱり来た。絶対来ると思ってたけど)
この時点で、カインは間違いなく過保護モード全開なのは明白だった。
「食欲は?」
「……ない」
「薬は飲んだか?」
「飲んだ……けど。もういいから。放っといてくれよ……」
そう言いながら布団を引き寄せるが、次の瞬間。
鼻先に、ふわりと漂ってきたのはスープの香り。
やわらかく煮込まれた野菜の香りに、思わずお腹が反応してしまう。
すると、カインが静かにスプーンを差し出してきた。
「飲まないと、治りが遅れる」
「……だからって……!」
「……あーんだ」
「しないっ!! 俺は子どもじゃない!」
「大人でも、体調を崩したときくらい甘えていい」
「論点がずれてるっつってんだよ!」
赤面しながらも、反論はすでに気力不足。
それを見越したように、カインは静かにベッドへ腰を下ろす。
そして――スプーンを手にしたまま、わざとらしくため息をついた。
「……なら、最終手段だな」
「……は?」
ユリウスが眉をひそめる。
カインは平然とした顔で、そのままユリウスの顔をがっしりと掴むと、実に穏やかに告げた。
「食べないのなら……口移しで食べさせる。深いのを。しかも、すごくえげつない奴を」
「…………っっはああああああああ!?げほっ!ごほっ!!」
顔が音を立てて真っ赤になった。
あまりに突然すぎて、声が裏返り、咳が出てしまう。
「お、おま、おまえ……っ!なに言ってんだ、この変態野郎!!」
「治療の一環だ」
「どこの医療だよそれぇぇぇぇぇ!」
「スープを飲むか、深く、えげつない口移しか……舌、入れるぞ。息できないぐらい」
「そんな二択があってたまるかっ!ごほっ!くっ、くそっ……っ!」
目をぎゅっとつぶり、布団を握りしめたユリウスは、震える声で――言った。
「……た、食べますっ」
かすれた敗北宣言だった。
それを聞いたカインは、ようやくスプーンをそっと持ち上げる。
口元には、ほんのわずかに満足げな笑み。
「素直でよろしい」
「ぜ、全然よくねぇ……」
唇を噛みしめながらしっかり口を開けるあたり、ユリウスの負けは確定だった。
一口、二口、口の中に入れた後、カインが動く。
「っ、おい。近すぎ――っ!」
その瞬間、濡れタオルをそっと置いたカインの手が、ユリウスの額に触れる。
「……熱いな。やはり高い」
「ちょっ……ちょっと待て!だから距離が近いってば!風邪、うつるぞ!」
焦って体を引こうとするが、カインは微動だにしない。
むしろ、余計に手を額に沿わせてきて、真顔で言った。
「構わない。お前の風邪なら喜んで引き受ける」
「喜ぶなっ!っていうか、そもそもそういう問題じゃないだろ!?」
全身が熱くなる。
体温計では計れないレベルの羞恥熱に、ユリウスはもう顔から火が出そうだった。
――と、そこへさらに悪化要因の声が。
「まぁまぁ、旦那様、ずいぶん熱のこもった看病で……」
「――っ!サラ!?なんでいる!!」
顔を上げると、メイド長サラが満面の笑顔で盆を抱えて入ってきた。
盆の上には、温かそうなスープの替えがもう一杯。
「お体が弱っている時ほど、愛情が沁みますもの。ふふふ」
「それを『愛』って勝手に断定すんなぁっ!」
「だって、熱を測るのに直に手を……ねぇ。まるで恋人同士みたいで」
「あああああっ!!」
ユリウスの絶叫が、室内を震わせる。
風邪菌も、これには逃げ出すレベルの迫力だった。
そんな様子に少しだけ眉を動かしたカインが、サラをちらりと睨む。
「……他の者はもう入るな。俺が看病する」
「かしこまりました~♪」
まるで愉快な茶番劇を見終えたように、サラは軽やかに一礼して退室。
その背を見送ったあと、ユリウスは毛布の中からぽつりと呟く。
「……完全に、二人きりにされたじゃないか……」
「好都合だ」
「怖い!お前の『好都合』は大抵ろくなことがない!」
そう言いながらも、スプーンを差し出されれば――結局、口を開けてしまう。
体調不良のときだけは、反射的に甘えてしまうのが悔しい。
(……なんだよ。ずるい。優しさで押してきて……)
ぐるぐると心が忙しなく回る一方で、
カインが額に当てた手の温もりは、どこまでも優しかった。
やがて、カインが「タオルを替えてくる」と席を立った。
その瞬間――彼が座っていた場所に残る、かすかな体温と香り。
毛布の上の、温もりの名残。
ユリウスはそっと、そこに指を伸ばし、手をぎゅっと握った。
「……バカ、やろう」
その一言には、
照れと、安堵と――そして隠しきれない、甘えた恋心が静かに滲んでいた。
日ごとに空気が冷え始めたある午後――カイン邸の一室、ユリウスの寝室は厚手のカーテンで昼の光を遮り、薄暗く静まり返っていた。
ベッドに横たわるユリウスは胸まで布団を被り、天井を睨むように見つめていた。
頬はほんのり赤く、息をするたび喉の奥がヒリヒリと疼く。
「……なんで、こんな時に限って……」
鼻声の呟きが、部屋の空気に溶けて消える。
喉はイガイガ、関節は重たく、体は熱に浮かされているようだった。
明らかに、風邪を引いているのは間違いない。
思い返せば、昨晩の夜風に長くあたったのが悪かったのかもしれない。
あるいは――隣に腰掛けた男が、やけに体温高くて。
そのせいで心臓が変なリズムを打ち、変な汗をかいたのかもしれない。
(……いや。あれは、ただの照れ汗……)
そう言い聞かせたその瞬間――ガチャリと扉の音が響いた。
「ユリウス」
「げほっ……っ!」
聞きなれた、低く落ち着いた声。
開いた扉の向こうから現れたのは、案の定カインだった。
手には、湯気の立つスープの盆。そして濡れたタオル。
(……やっぱり来た。絶対来ると思ってたけど)
この時点で、カインは間違いなく過保護モード全開なのは明白だった。
「食欲は?」
「……ない」
「薬は飲んだか?」
「飲んだ……けど。もういいから。放っといてくれよ……」
そう言いながら布団を引き寄せるが、次の瞬間。
鼻先に、ふわりと漂ってきたのはスープの香り。
やわらかく煮込まれた野菜の香りに、思わずお腹が反応してしまう。
すると、カインが静かにスプーンを差し出してきた。
「飲まないと、治りが遅れる」
「……だからって……!」
「……あーんだ」
「しないっ!! 俺は子どもじゃない!」
「大人でも、体調を崩したときくらい甘えていい」
「論点がずれてるっつってんだよ!」
赤面しながらも、反論はすでに気力不足。
それを見越したように、カインは静かにベッドへ腰を下ろす。
そして――スプーンを手にしたまま、わざとらしくため息をついた。
「……なら、最終手段だな」
「……は?」
ユリウスが眉をひそめる。
カインは平然とした顔で、そのままユリウスの顔をがっしりと掴むと、実に穏やかに告げた。
「食べないのなら……口移しで食べさせる。深いのを。しかも、すごくえげつない奴を」
「…………っっはああああああああ!?げほっ!ごほっ!!」
顔が音を立てて真っ赤になった。
あまりに突然すぎて、声が裏返り、咳が出てしまう。
「お、おま、おまえ……っ!なに言ってんだ、この変態野郎!!」
「治療の一環だ」
「どこの医療だよそれぇぇぇぇぇ!」
「スープを飲むか、深く、えげつない口移しか……舌、入れるぞ。息できないぐらい」
「そんな二択があってたまるかっ!ごほっ!くっ、くそっ……っ!」
目をぎゅっとつぶり、布団を握りしめたユリウスは、震える声で――言った。
「……た、食べますっ」
かすれた敗北宣言だった。
それを聞いたカインは、ようやくスプーンをそっと持ち上げる。
口元には、ほんのわずかに満足げな笑み。
「素直でよろしい」
「ぜ、全然よくねぇ……」
唇を噛みしめながらしっかり口を開けるあたり、ユリウスの負けは確定だった。
一口、二口、口の中に入れた後、カインが動く。
「っ、おい。近すぎ――っ!」
その瞬間、濡れタオルをそっと置いたカインの手が、ユリウスの額に触れる。
「……熱いな。やはり高い」
「ちょっ……ちょっと待て!だから距離が近いってば!風邪、うつるぞ!」
焦って体を引こうとするが、カインは微動だにしない。
むしろ、余計に手を額に沿わせてきて、真顔で言った。
「構わない。お前の風邪なら喜んで引き受ける」
「喜ぶなっ!っていうか、そもそもそういう問題じゃないだろ!?」
全身が熱くなる。
体温計では計れないレベルの羞恥熱に、ユリウスはもう顔から火が出そうだった。
――と、そこへさらに悪化要因の声が。
「まぁまぁ、旦那様、ずいぶん熱のこもった看病で……」
「――っ!サラ!?なんでいる!!」
顔を上げると、メイド長サラが満面の笑顔で盆を抱えて入ってきた。
盆の上には、温かそうなスープの替えがもう一杯。
「お体が弱っている時ほど、愛情が沁みますもの。ふふふ」
「それを『愛』って勝手に断定すんなぁっ!」
「だって、熱を測るのに直に手を……ねぇ。まるで恋人同士みたいで」
「あああああっ!!」
ユリウスの絶叫が、室内を震わせる。
風邪菌も、これには逃げ出すレベルの迫力だった。
そんな様子に少しだけ眉を動かしたカインが、サラをちらりと睨む。
「……他の者はもう入るな。俺が看病する」
「かしこまりました~♪」
まるで愉快な茶番劇を見終えたように、サラは軽やかに一礼して退室。
その背を見送ったあと、ユリウスは毛布の中からぽつりと呟く。
「……完全に、二人きりにされたじゃないか……」
「好都合だ」
「怖い!お前の『好都合』は大抵ろくなことがない!」
そう言いながらも、スプーンを差し出されれば――結局、口を開けてしまう。
体調不良のときだけは、反射的に甘えてしまうのが悔しい。
(……なんだよ。ずるい。優しさで押してきて……)
ぐるぐると心が忙しなく回る一方で、
カインが額に当てた手の温もりは、どこまでも優しかった。
やがて、カインが「タオルを替えてくる」と席を立った。
その瞬間――彼が座っていた場所に残る、かすかな体温と香り。
毛布の上の、温もりの名残。
ユリウスはそっと、そこに指を伸ばし、手をぎゅっと握った。
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