36 / 48
第36話 小さな旅と、少しの期待
しおりを挟む
朝靄の残る道を、馬車が静かに揺れていた。
窓の外には、街の喧騒を離れた風景が広がっている。広々とした空、揺れる金色の麦畑。遠くに見える風車が、ゆったりと回っていた。
「……今日は、天気も悪くなさそうだな」
隣のカインがぽつりと呟いた。
ユリウスはうなずきながらも、どこか落ち着かない様子で膝の上に置いた手をぎゅっと握ったり開いたりしていた。
「そ、そうですね……雨、降られたら最悪だったし」
何気ない会話を装いながらも、心臓がやけに騒がしい。
今日は気分転換と称して、街の外れまで足を延ばしている。
小さな雑貨屋と、カフェが並ぶだけののどかな通り。
でもユリウスにとっては、どこか遠足のような、特別な日だった。
――二人きりで出かける、というだけで。
ふと、馬車が少し大きく揺れた拍子に、ユリウスの手が隣のカインの指先に触れる。
「っ……!」
思わず引っ込めた手。
瞬間、耳まで赤くなるのがわかる。
(なんで動揺してんだ、俺……)
カインは何も言わない。
ただ、その横顔がほんの少しだけ――口元だけ柔らかく緩んでいたような気がした。
言いかけて、けれど何も言わず、静かに視線を外したその仕草にユリウスの胸がふわりと熱くなる。
やがて、馬車は街の外れ、小さな通りに到着した。
人通りは少なく、石畳の道を風が通り抜ける。
目当ての雑貨屋には、手描きの看板がかかっていた。
「……あ、これ見てください。皿の縁が花の形になってる」
店内で、ユリウスは小皿を手に取りながら言った。
やや青みがかった白磁に、控えめな花模様が描かれている。
「屋敷の朝食で使ったら、たぶん見栄えしますよね……パンとかフルーツとか」
「そうだな。君は食卓の色合いにうるさいからな」
「……うるさくはないでしょう?合理的に考えてるだけですよ」
ぶつぶつ言いながらも、ユリウスはその皿をそっと包み紙に乗せる。
選ぶ視線が自然と「二人の生活」に向いている事に、本人はまだ気づいていない。
カインは一歩後ろからそれを見て、何も言わずに微笑んだ。
「こっちのマグカップ、グレアムさんの趣味に合いそうではないですか?」
と、使用人へのお土産まで真剣に考え始めるユリウスに、カインは一言。
「君はすっかり『家主』の顔をしているな」
「……は?」
肩越しに振り返ったユリウスが、やや頬を赤らめる。
「べ、別に……そういうんじゃあ、ありません!ちょっと気が回っただけですよ」
「ふふ、そうか」
カインが笑ったのは、ほんの短い瞬間。
だがその声色は、馬車の中で聞くよりずっと、やわらかかった。
▽
買い物を終え、二人は通りを少し歩き、小さなカフェに足を運んだ。
庭先に白いテーブルがいくつか並べられ咲き始めた秋の花が風に揺れている。
「ここ、昔一度だけ来たことがあるんですよ……味、覚えてないけど」
ユリウスがメニューをめくりながら、そんなことを言った。
「ここに来たのが『昔』だと言えるのは、いいことだな」
「……どういう意味ですか?」
「――君が、ここに来ようと思えるほど回復したという意味だ」
ユリウスは返す言葉を失って、ふいに視線を逸らす。
カインが時折放つ、こういう不意打ちはずるいと思う。
しばらくして、紅茶と焼き菓子が運ばれてきた。
バターの香りと、あたたかい蒸気がテーブルに満ちる。
「……うまい。たぶん、前もこんな味だったと思います……うん、多分」
「舌の記憶は、案外残るものなんだな」
そんな二人のやり取りをしながら、しばらくは、静かな時間だった。
言葉がいらないと思えるほど、穏やかな空気が流れている。
だが、ティーカップを置いたカインが、不意に口を開いた。
「……ユリウス、少し離れる。ここで待っていてくれ」
「……え?どこへ――」
「すぐ戻る。対した事じゃない。ただ……」
そう言いかけて、カインは一瞬だけ言葉を止めた。
「――君に、似合いそうなものを見つけたから見てくる」
「はい?」
言われたユリウスは、ぽかんと口を開けたまま、しばし硬直する。
(……『似合いそうなもの』?えっ、今の……)
心臓が再び忙しく跳ね始める。
けれど、カインはそれ以上何も言わず、すぐに通りの角を曲がって姿を消した。
カップの中の紅茶が、静かに湯気を立てる。
取り残されたユリウスは、その温度と同じくらい顔がじわじわと熱くなっていることに気づいた。
「……な、なんだよ、それ……」
敬語を忘れるぐらい、ユリウスは動揺している。
そして誰もいない向かいの席に向かって、ぽつりと呟いた。
まるで恋人を待つみたいに、落ち着かない。
早く戻ってくればいいのに――そんなふうに思う自分が、ちょっとだけ、悔しい。
けれど同時に、ふわりと心が浮くような感覚もあった。
あたたかな午後。
紅茶の香りと、やさしい風。
そして、まだ『好き』とは言っていない――けれどその距離は、確かに少しずつ縮まっているように感じながら、ユリウスは手を震わせながら紅茶を静かに飲んだのだった。
窓の外には、街の喧騒を離れた風景が広がっている。広々とした空、揺れる金色の麦畑。遠くに見える風車が、ゆったりと回っていた。
「……今日は、天気も悪くなさそうだな」
隣のカインがぽつりと呟いた。
ユリウスはうなずきながらも、どこか落ち着かない様子で膝の上に置いた手をぎゅっと握ったり開いたりしていた。
「そ、そうですね……雨、降られたら最悪だったし」
何気ない会話を装いながらも、心臓がやけに騒がしい。
今日は気分転換と称して、街の外れまで足を延ばしている。
小さな雑貨屋と、カフェが並ぶだけののどかな通り。
でもユリウスにとっては、どこか遠足のような、特別な日だった。
――二人きりで出かける、というだけで。
ふと、馬車が少し大きく揺れた拍子に、ユリウスの手が隣のカインの指先に触れる。
「っ……!」
思わず引っ込めた手。
瞬間、耳まで赤くなるのがわかる。
(なんで動揺してんだ、俺……)
カインは何も言わない。
ただ、その横顔がほんの少しだけ――口元だけ柔らかく緩んでいたような気がした。
言いかけて、けれど何も言わず、静かに視線を外したその仕草にユリウスの胸がふわりと熱くなる。
やがて、馬車は街の外れ、小さな通りに到着した。
人通りは少なく、石畳の道を風が通り抜ける。
目当ての雑貨屋には、手描きの看板がかかっていた。
「……あ、これ見てください。皿の縁が花の形になってる」
店内で、ユリウスは小皿を手に取りながら言った。
やや青みがかった白磁に、控えめな花模様が描かれている。
「屋敷の朝食で使ったら、たぶん見栄えしますよね……パンとかフルーツとか」
「そうだな。君は食卓の色合いにうるさいからな」
「……うるさくはないでしょう?合理的に考えてるだけですよ」
ぶつぶつ言いながらも、ユリウスはその皿をそっと包み紙に乗せる。
選ぶ視線が自然と「二人の生活」に向いている事に、本人はまだ気づいていない。
カインは一歩後ろからそれを見て、何も言わずに微笑んだ。
「こっちのマグカップ、グレアムさんの趣味に合いそうではないですか?」
と、使用人へのお土産まで真剣に考え始めるユリウスに、カインは一言。
「君はすっかり『家主』の顔をしているな」
「……は?」
肩越しに振り返ったユリウスが、やや頬を赤らめる。
「べ、別に……そういうんじゃあ、ありません!ちょっと気が回っただけですよ」
「ふふ、そうか」
カインが笑ったのは、ほんの短い瞬間。
だがその声色は、馬車の中で聞くよりずっと、やわらかかった。
▽
買い物を終え、二人は通りを少し歩き、小さなカフェに足を運んだ。
庭先に白いテーブルがいくつか並べられ咲き始めた秋の花が風に揺れている。
「ここ、昔一度だけ来たことがあるんですよ……味、覚えてないけど」
ユリウスがメニューをめくりながら、そんなことを言った。
「ここに来たのが『昔』だと言えるのは、いいことだな」
「……どういう意味ですか?」
「――君が、ここに来ようと思えるほど回復したという意味だ」
ユリウスは返す言葉を失って、ふいに視線を逸らす。
カインが時折放つ、こういう不意打ちはずるいと思う。
しばらくして、紅茶と焼き菓子が運ばれてきた。
バターの香りと、あたたかい蒸気がテーブルに満ちる。
「……うまい。たぶん、前もこんな味だったと思います……うん、多分」
「舌の記憶は、案外残るものなんだな」
そんな二人のやり取りをしながら、しばらくは、静かな時間だった。
言葉がいらないと思えるほど、穏やかな空気が流れている。
だが、ティーカップを置いたカインが、不意に口を開いた。
「……ユリウス、少し離れる。ここで待っていてくれ」
「……え?どこへ――」
「すぐ戻る。対した事じゃない。ただ……」
そう言いかけて、カインは一瞬だけ言葉を止めた。
「――君に、似合いそうなものを見つけたから見てくる」
「はい?」
言われたユリウスは、ぽかんと口を開けたまま、しばし硬直する。
(……『似合いそうなもの』?えっ、今の……)
心臓が再び忙しく跳ね始める。
けれど、カインはそれ以上何も言わず、すぐに通りの角を曲がって姿を消した。
カップの中の紅茶が、静かに湯気を立てる。
取り残されたユリウスは、その温度と同じくらい顔がじわじわと熱くなっていることに気づいた。
「……な、なんだよ、それ……」
敬語を忘れるぐらい、ユリウスは動揺している。
そして誰もいない向かいの席に向かって、ぽつりと呟いた。
まるで恋人を待つみたいに、落ち着かない。
早く戻ってくればいいのに――そんなふうに思う自分が、ちょっとだけ、悔しい。
けれど同時に、ふわりと心が浮くような感覚もあった。
あたたかな午後。
紅茶の香りと、やさしい風。
そして、まだ『好き』とは言っていない――けれどその距離は、確かに少しずつ縮まっているように感じながら、ユリウスは手を震わせながら紅茶を静かに飲んだのだった。
4
あなたにおすすめの小説
身代わりにされた少年は、冷徹騎士に溺愛される
秋津むぎ
BL
第13回BL大賞奨励賞頂きました!
最終17位でした!応援ありがとうございます!
あらすじ
魔力がなく、義母達に疎まれながらも必死に生きる少年アシェ。
ある日、義兄が騎士団長ヴァルドの徽章を盗んだ罪をアシェに押し付け、身代わりにされてしまう。
死を覚悟した彼の姿を見て、冷徹な騎士ヴァルドは――?
傷ついた少年と騎士の、温かい溺愛物語。
人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました
よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、
前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。
獣人が支配する貴族社会。
魔力こそが価値とされ、
「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、
レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。
そんな彼を拾ったのは、
辺境を治める獣人公爵アルト。
寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。
溺愛され、守られ、育てられる日々。
だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。
学院での出会い。
貴族社会に潜む差別と陰謀。
そして「番」という、深く重い絆。
レオンは学び、考え、
自分にしかできない魔法理論を武器に、
少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。
獣人と人族。
価値観も、立場も、すべてが違う二人が、
それでも選び合い、家族になるまでの物語。
溺愛×成長×異世界BL。
読後に残るのは、
「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。
竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜
レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」
魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。
彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。
処刑エンドの悪役公爵、隠居したいのに溺愛されてます
ひなた翠
BL
目が覚めたら、やり込んだBLゲームの悪役公爵になっていた。
しかも手には鞭。目の前には涙を浮かべた美少年。
——このままじゃ、王太子に処刑される。
前世は冴えない社畜サラリーマン。今世は冷徹な美貌を持つ高位貴族のアルファ。
中身と外見の落差に戸惑う暇もなく、エリオットは処刑回避のための「隠居計画」を立てる。
囚われのオメガ・レオンを王太子カイルに引き渡し、爵位も領地も全部手放して、ひっそり消える——はずだった。
ところが動くほど状況は悪化していく。
レオンを自由にしようとすれば「傍にいたい」と縋りつかれ、
カイルに会えば「お前の匂いは甘い」と迫られ、
隠居を申し出れば「逃げるな」と退路を塞がれる。
しかもなぜか、子供の頃から飲んでいた「ビタミン剤」を忘れるたび、身体がおかしくなる。
周囲のアルファたちの視線が絡みつき、カイルの目の色が変わり——
自分でも知らなかった秘密が暴かれたとき、逃げ場はもう、どこにもなかった。
誰にも愛されなかった男が、異世界で「本当の自分」を知り、運命の番と出会う——
ギャップ萌え×じれったさ×匂いフェチ全開の、オメガバース転生BL。
【完結】逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。抱かれたら身代わりがばれてしまうので初夜は断固拒否します!
雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
隣国の国王キリアン(アルファ)に嫁がされたオメガの王子リュカ。
しかし実は、結婚から逃げ出した双子の弟セラの身代わりなのです…
本当の花嫁じゃないとばれたら大変!
だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、
だんだんキリアンに惹かれてしまい、苦しくなる…という
お話です。よろしくお願いします<(_ _)>
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
冷徹勇猛な竜将アルファは純粋無垢な王子オメガに甘えたいのだ! ~だけど殿下は僕に、癒ししか求めてくれないのかな……~
大波小波
BL
フェリックス・エディン・ラヴィゲールは、ネイトステフ王国の第三王子だ。
端正だが、どこか猛禽類の鋭さを思わせる面立ち。
鋭い長剣を振るう、引き締まった体。
第二性がアルファだからというだけではない、自らを鍛え抜いた武人だった。
彼は『竜将』と呼ばれる称号と共に、内戦に苦しむ隣国へと派遣されていた。
軍閥のクーデターにより内戦の起きた、テミスアーリン王国。
そこでは、国王の第二夫人が亡命の準備を急いでいた。
王は戦闘で命を落とし、彼の正妻である王妃は早々と我が子を連れて逃げている。
仮王として指揮をとる第二夫人の長男は、近隣諸国へ支援を求めて欲しいと、彼女に亡命を勧めた。
仮王の弟である、アルネ・エドゥアルド・クラルは、兄の力になれない歯がゆさを感じていた。
瑞々しい、均整の取れた体。
絹のような栗色の髪に、白い肌。
美しい面立ちだが、茶目っ気も覗くつぶらな瞳。
第二性はオメガだが、彼は利発で優しい少年だった。
そんなアルネは兄から聞いた、隣国の支援部隊を指揮する『竜将』の名を呟く。
「フェリックス・エディン・ラヴィゲール殿下……」
不思議と、勇気が湧いてくる。
「長い、お名前。まるで、呪文みたい」
その名が、恋の呪文となる日が近いことを、アルネはまだ知らなかった。
【完結】スパダリを目指していたらスパダリに食われた話
紫蘇
BL
給湯室で女の子が話していた。
理想の彼氏はスパダリよ!
スパダリ、というやつになったらモテるらしいと分かった俺、安田陽向(ヒナタ)は、スパダリになるべく会社でも有名なスパダリ…長船政景(マサカゲ)課長に弟子入りするのであった。
受:安田陽向
天性の人たらしで、誰からも好かれる人間。
社会人になってからは友人と遊ぶことも減り、独り身の寂しさを噛み締めている。
社内システム開発課という変人どもの集まりの中で唯一まともに一般人と会話できる貴重な存在。
ただ、孤独を脱したいからスパダリになろうという思考はやはり変人のそれである。
攻:長船政景
35歳、大人の雰囲気を漂わせる男前。
いわゆるスパダリ、中身は拗らせ変態。
妹の美咲がモデルをしており、交友関係にキラキラしたものが垣間見える。
サブキャラ
長船美咲:27歳、長船政景の年の離れた妹。
抜群のスタイルを生かし、ランウェイで長らく活躍しているモデル。
兄の恋を応援するつもりがまさかこんなことになるとは。
高田寿也:28歳、美咲の彼氏。
そろそろ美咲と結婚したいなと思っているが、義理の兄がコレになるのかと思うと悩ましい。
義理の兄の恋愛事情に巻き込まれ、事件にだけはならないでくれと祈る日々が始まる…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる