没落令息は、元許嫁の護衛騎士に買われ所有物になりました。

桜塚あお華

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第43話 結婚に似た約束

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 その日、空は淡い雲に覆われている。
 陽の光は控えめで、あたりは柔らかく冷たい空気に包まれている。
 冬の入り口にしては穏やかな朝だった。
 ユリウスは裏庭の物置の扉を開け、奥の棚に眠っていた古い箱を引き出した。
 それは、昔――まだ家があった頃、幼い頃に自分で集めていた金属片や石をしまっていた小箱だった。
 大人になってからは一度も開けていなかったけれど、なぜか今日はふと思い出した。
 蓋を開けると、すでに錆びた釘や歪んだ銀片の中に、小さな水色の石がひとつ、転がっていた。
 何に使うつもりだったのか、もはや覚えていない。
 けれど、それを手に取った瞬間、胸の奥にすっと何かが通った。

「これ……使えるかな」

 ぽつりと呟いたその声に、物置の外から返事があった。

「何を?」

 ユリウスが驚いて振り返ると、そこにはカインが立っていた。
 相変わらず無表情で、しかしほんの少しだけ、目の色が柔らかい。

「……また、音もなく現れるなカイン」
「呼ばれた気がしたから来た。違ったか?」
「はぁ……いや、合ってるよ。来てくれてちょうど良かった」

 ユリウスは箱ごと抱えて、外へ出る。
 庭の縁に置かれた簡易作業台に、さきほどの青い石を置いた。

「これ……子どものころに拾ったやつ。何となく捨てられなくて……今になって思うけどけっこう綺麗なんだよな、これ」

 カインが無言で覗き込む。
 石は小さく、飾りというには目立たない。
 けれど、淡い水色は冬の空に似ていて、確かに美しかった。

「なあ、カイン」
「ん」
「お前、細かい作業、得意だよな」
「ああ、まぁ、普通にはできると思うが……」
「……これ、アクセサリーにできる?俺にくれるとかじゃなくて、俺が……作りたいんだ。お前のために」

 その言葉に、カインの目がわずかに揺れた。
 けれど口調は、いつもの通り淡々としていた。

「俺のために、何かを作るのか?」
「わ、悪いか?」
「……いや。すごく、嬉しい」

 ユリウスは思わず笑ってしまう。

「感情、顔に出せ。せめて笑え」
「笑ってるつもりだった」
「絶対、してない」

 そう言って、ユリウスは作業台に向かう。
 磨き布、簡易ヤスリ、昔、グレアムが使っていた工具。
 カインが横で的確に指示を出しながら、ユリウスは少しずつ石を削り細い銀の輪にそれを嵌め込む。
 作業は地味で時間がかかった。
 手元が狂えば石は砕けてしまう。
 けれどユリウスの指は、驚くほど落ち着いていた。

「できた……」

 数時間後、小さなリングが完成した。
 派手さはないが、青い石が静かに輝いている。
 無骨で、少しいびつな形――でも、それがユリウスらしさを物語っていた。

「カイン」
「……ああ」

 呼ばれるよりも早く、カインが目の前に立つ。
 ユリウスは、軽く息を吸ってからリングを差し出した。

「これ……受け取ってくれ」
「これは、どういう意味で?」
「意味は……」

 思わず言葉が詰まってしまう、だが逃げるつもりはない。
 ユリウスは、まっすぐカインの目を見る。

「形式なんかいらないけど……お前が望むなら、俺は、何でもする」

 その一言が、胸の奥から溢れてくる。
 結婚という言葉は使わない。
 契約でもないし、誓いでもない。
 でも、そこには『想い』が、確かにあった。

「……ありがとう」

 カインはそう言って、リングを受け取った。
 指に通す手つきが妙に慎重で、そして丁寧だった。

「似合うか?」
「うん……すごく」

 二人の間に、静かな風が吹き抜ける。
 それはもう冬の風だったが、冷たさよりも心地よさを感じる風だった。

「じゃあ、次は……俺の番だな」
「……え?」

 俺の番と言うのはどういう意味なのか、理解出来ないユリウスに対し、カインは小さな袋を取り出す。
 中から出てきたのは、銀のペンダント。
 中央には、透明なガラス球がはめ込まれている。

「ユリウス……これは俺が昔、仕えてた時代に、自分で作ったものだ」
「……自作?」
「ああ……渡す相手なんていなかったけど、作ることで落ち着いてたんだと思う」
「なんで、今それを?」
「いつか、大事な相手に渡すつもりだった……で、お前になった。それだけ」

 それだけ、とは言っても、その言葉の重さは痛いほどわかる。
 一体何を考えて、何を思って、それを作ったのか、ユリウスにはわからない。
 だけどそれらが全て、気持ちが詰まっていると考えられる。
 ユリウスは、ペンダントを受け取りそっと胸に当てた。

「……これ、つけてもいいのか?」
「もちろん……お前がつけてくれるなら、俺はそれだけで十分」

 その時、胸の奥がぐっと熱くなった。
 静かに、確かに――感情が、爆ぜた。

 今まで何度も言葉を交わしてきた。触れた。抱きしめた。
 でも、こんなふうに“心を渡された”のは、初めてだった。

「なあ、カイン」
「ん?」

「……好きだよ」

 唇を噛みしめるようにしながら、そのように答えるユリウスに対し、カインは一瞬目を見開いたが、すぐにゆっくりと――心からの笑みを浮かべた。

「――俺も、お前の事が大事でたまらない」

 言葉は簡単だった。けれど、何よりも深く、優しかった。
 無表情な男が、今だけは確かに「愛している」と顔に書いていた。
 指輪と、ペンダント――形だけの飾りじゃない。
 二人が互いに贈った初めての証。

 その日、ユリウスの胸が締め付けられるぐらい、温かい日になった。
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