没落令息は、元許嫁の護衛騎士に買われ所有物になりました。

桜塚あお華

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第44話 夕餉の支度と刃の影

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 冬の街は、昼でも薄い光に包まれている。
 けれどその空気はどこか優しく白い息とともに笑い声が立ちのぼるこの時期、人々の心も少しだけ緩むらしい。

「……久々に街へ出るってのに、なんで買い物なんだろうな……今日は読みかけの恩を全部読む予定だったんだけど」

 呟くユリウスの隣で、カインは何も言わない。
 カインにとってはいつものことだ。
 文句を言いながらも足は止めないし、隣に誰かがいてくれる時間が嫌いなわけじゃない。
 今日の外出は、グレアムの提案によるものだった。
 グレアムは笑いながら、言ってきたのである。

「カイン様、ユリウス様」
「……どうした、グレアム?」
「実は私、これから所要で出かけなければいけなくなりまして、もし可能でございましたら買い出しをお願いしてもよろしいでしょうか?」
「買い出し、ですか?」
「ちょうど食材が足りませんし、ユリウス様とカイン様……たまには人の多いところへお出かけください」

 そのように言って、買い物リストと財布を押し付けてきた。
 グレアムの言う通り、最近外に出ていなかったのは間違いない。
 その事を思い出しながら、ユリウスは話を続ける。

「つまり、グレアムの外出拒否権を尊重して、俺たちがパシられてるわけですね……なんだろう、この気持ち」
「……だな」

 ぼそっと返ってくる声。ユリウスはちょっと笑う。
 しかし、今となっては、この何気ない会話すら愛しい。
 事件も過去のしがらみも少しずつ落ち着いて、ようやくユリウスは自分の日常というものに手が届きそうになっていた。
 そんな事を考えながら二人は手分けして材料を買い集めていく。
 鶏肉、冬野菜、ワイン。
 商人の元気な声や、通りを走る子どもたちの笑い声が冬の静かな街に温かさを添えていた。

「……あ、そうだ。カイン、リオのパン屋、近いので寄っていkませんか?」
「焼き立てパンか……最近食べていなかったな」
「いたら顔でも見て、ちょっと冷やかしてやりましょう……この前、カインに焼きすぎって文句言ってましたし」
「……あれ、俺じゃなくてお前宛てだった気がしてならない」
「は?」

 ふたり並んで笑いながら、角を曲がった時だった。

 風が変わった――そんな直感だった。

 ふっと、ユリウスの視界の隅がざわついた。
 人混みの中、ほんの一瞬だけ『そこ』だけが色を変えたように見えた。

(……違う)

 視線を向けた先に居たのは男だった。
 ボロボロのコートに身を包み、目はどこを見ているかわからない。
 けれど、その手には光る金属が握られていた。
 そしてそれと同時に、その人物の顔が一瞬だけ見えて、ユリウスはすぐさま声を出した。

「カイン!!」

 叫ぶより先に、身体が動き――ガタン、と何かが倒れる音がして。
 すぐに、自分の足元に『影』が迫っているのが見えた。
 その直後だった。
 鋭い風の切れる音――何かが走り抜けてくる気配と共に、脛のあたりに焼けつくような衝撃が走った。

 ――ドスッ。

 鈍い音と共に、視界がぐらりと傾いた。

「っ……――あっ……!」

 足に、確かに『何か』が刺さっていた。
 痛みは一瞬遅れてやってくる。
 斬られたのか、刺されたのか――そんなことを考える余裕もないほどに身体が崩れるように前に傾いた。
 思わず一歩踏み出そうとしたが、刺された脚が地を支えられず、体勢を崩す。
 何かにつまづいたように、重力が一気に肩へとのしかかってくる。
 足元が、宙に浮き、視界がくるくると回る。
 ああ、倒れる――そう思った瞬間には、もう遅かった。
 膝から崩れ、身体が地面へと倒れていく。
 その途中で、刺された足の傷口が地面に触れたのか、鈍く、熱い衝撃が腹の奥まで突き抜けるように走った。

「く、そ……!」

 息が漏れ、叫びにもならないかすれた音。
 それが喉から出た瞬間には、もう目の前に石畳が迫っていた。
 バシン、と乾いた音を立てて、肩が地面を打った。
 そのまま身体が横倒しになり、傷口から流れ出した血が冷たい地面にじわじわと広がっていく。
 視界の端で、人影がざわついていた。
 誰かが悲鳴を上げている。
 けれど、それが自分のためなのか、自分自身の声なのかさえもうよくわからなかった。
 痛みよりも、先に訪れたのは感覚の鈍さを感じたからである。

(まずい……これは、深い……っ)

 ぼんやりとそんなことを考えながら、地面に伏せたままの姿勢で目を瞬かせた。
 そして、次に映ったのはカインの姿だ。

「――ユ、リウス?」

 耳元で、低くかすれた声が落ちてきた。
 それだけで、意識が少し引き戻される。
 カインの声だ。
 顔が近い。
 けれど、その双眸はひどく揺れていた。
 普段は鉄のように冷たいはずの瞳が、動揺に濡れている。
 その顔を見ながら、ユリウスはかすかに笑った。

「フフ……守れた、な……」

 そう言って笑った刹那――背後で殺気が走った。
 空気が鋭く割かれ、剣が抜かれる音が辺りに響いたのであった。
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