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第45話 狂気と祈り
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――血の匂いが、冬の空気を染めた。
ユリウスの身体が、崩れるように倒れていく。
抱き止める暇もなかった。
喉元から、名前を呼ぶ声が洩れる前に、背後から放たれた気配が鋭く肌を切った。
「ッ――誰だ!」
反射的に剣を抜く。
風を割るようにして迫ってきたのは、見る影もなく崩れた一人の男だった。
乱れた髪に泥にまみれた衣、そして虚ろな瞳。
口元からは泡立つ唾液が垂れ、握りしめた短剣は血に濡れていた。
しかし、カインは目の前の男の姿を見て気づいた。
「貴様……まさか……」
剣を振り抜いた。瞬時の判断だった。
その身が弾かれるように倒れ、赤い血が石畳に広がる。
男は仰向けのまま目を見開き、首を震わせながら笑った。
「やっぱり……やっぱり邪魔だ、お前は……ユリウスは……俺のものだ……俺だけの……、お前のような男なんかに渡さない……」
カインの全身が凍りつく。
――エドガー・リドフォード
幽閉されて、処罰が決まった男が何故目の前にいるのかわからない。
彼は、どうやってここまで辿り着いた?
そして、何のためにユリウスとカインの前に現れたのか?
この状態でもなお、この男の頭には『ユリウス』と言う存在がいたと考えると、吐き気がする。
エドガーは震える声で、地面を這うようにして言葉を吐き出した。
「一緒に……地獄へ行こう……ユリウス……」
それだけ言い残すと、彼の瞳から色が消えた。
沈黙が落ち、街のざわめきが遠くに聞こえる。
呆然としながら、息をしなくなった男を見ていたあと、カインはユリウスの存在を思い出す。
自分をかばって倒れた男に急いで叫ぶように声を荒げた。
「ユリウス!!」
地面に倒れているユリウスの元へ、駆け寄る。
抱き上げるようにしながら体を支えると、彼の頬は冷え始め、唇は紫に染まりつつある。
胸の布地がじわじわと赤く濡れ痛々しく濃い色が広がっていた。
「くそ……!」
どうして、なぜ、どうして。
この手は、何のために剣を振ってきたのか。
護るために選んだ道で、護れなかったものがここにある。
「ユリウス、しっかりしろ!俺の声が聞こえるか!?」
カインの言葉に対し、返事はない。
息は浅く、途切れそうなほど。
まるで今にも彼がこの世界から離れようとしているかのようだった。
店から出てきたリオの声が遠くで響く。
「お、俺医者読んでくるから動かすなよ!!」
背を向けて医者を呼びに行ったリオの足音。
人々の騒ぎ、叫び、恐怖。
だがカインの耳にはもう何も届いていなかった。
――この腕の中にいる彼以外、世界がすべて音を失った。
ユリウスの頬に、自分の額をそっと触れさせる。
冷たいが、命の熱はまだ微かにある。
「……守るって、言っただろ。何があっても、お前を護るって……なのに、なんで……お前が、俺の前で血を流してるんだ、ユリウス?」
カインの手が震えていた。
剣を持つために鍛えた、どんな戦場でも揺るがなかった手が。
初めてだった。
こんなに、どうしようもなく――『恐怖』を感じたのは。
「頼む……どんな罰でも受ける……だから、お前だけは……」
小さく、切れるような声で絞り出す。
声を絞り出しても、ユリウスは反応しない。
いつの間にか、カインの瞳から涙が、頬を伝う。
カインは、涙を見せたことなどなかった。
だが今は、隠せない。
隠す意味すらなかった。
「生きてくれ……ユリウス」
ただ、それだけだった。
この人がいない世界なんてもう望んでいない。
過去も、未来もどうでもいい。
ただ、今、目を開けて――名前を呼んでくれれば、それでよかった。
『――カイン、俺は……』
ユリウスの声が微かに、何処かで何かを言っているようにも聞こえた。
どれほどの時間が過ぎたかわからない。
誰かが担架を持ってきて、騎士たちが血の海を覆い隠し、医師の声が響いた。
それでも、カインは一歩も動かなかった。
ユリウスの体温が、微かにでも感じられる限り。
腕の中にいる限り。
手を離せば、もう彼がどこかへ行ってしまいそうで、何を言われてもカインはユリウスの体を放さなかった。
「……ユリウス、どうか……目を開けてくれ……っ」
ただただ、祈るように。
それは、カインが生まれて初めて心の底から捧げた祈りだった。
ユリウスの身体が、崩れるように倒れていく。
抱き止める暇もなかった。
喉元から、名前を呼ぶ声が洩れる前に、背後から放たれた気配が鋭く肌を切った。
「ッ――誰だ!」
反射的に剣を抜く。
風を割るようにして迫ってきたのは、見る影もなく崩れた一人の男だった。
乱れた髪に泥にまみれた衣、そして虚ろな瞳。
口元からは泡立つ唾液が垂れ、握りしめた短剣は血に濡れていた。
しかし、カインは目の前の男の姿を見て気づいた。
「貴様……まさか……」
剣を振り抜いた。瞬時の判断だった。
その身が弾かれるように倒れ、赤い血が石畳に広がる。
男は仰向けのまま目を見開き、首を震わせながら笑った。
「やっぱり……やっぱり邪魔だ、お前は……ユリウスは……俺のものだ……俺だけの……、お前のような男なんかに渡さない……」
カインの全身が凍りつく。
――エドガー・リドフォード
幽閉されて、処罰が決まった男が何故目の前にいるのかわからない。
彼は、どうやってここまで辿り着いた?
そして、何のためにユリウスとカインの前に現れたのか?
この状態でもなお、この男の頭には『ユリウス』と言う存在がいたと考えると、吐き気がする。
エドガーは震える声で、地面を這うようにして言葉を吐き出した。
「一緒に……地獄へ行こう……ユリウス……」
それだけ言い残すと、彼の瞳から色が消えた。
沈黙が落ち、街のざわめきが遠くに聞こえる。
呆然としながら、息をしなくなった男を見ていたあと、カインはユリウスの存在を思い出す。
自分をかばって倒れた男に急いで叫ぶように声を荒げた。
「ユリウス!!」
地面に倒れているユリウスの元へ、駆け寄る。
抱き上げるようにしながら体を支えると、彼の頬は冷え始め、唇は紫に染まりつつある。
胸の布地がじわじわと赤く濡れ痛々しく濃い色が広がっていた。
「くそ……!」
どうして、なぜ、どうして。
この手は、何のために剣を振ってきたのか。
護るために選んだ道で、護れなかったものがここにある。
「ユリウス、しっかりしろ!俺の声が聞こえるか!?」
カインの言葉に対し、返事はない。
息は浅く、途切れそうなほど。
まるで今にも彼がこの世界から離れようとしているかのようだった。
店から出てきたリオの声が遠くで響く。
「お、俺医者読んでくるから動かすなよ!!」
背を向けて医者を呼びに行ったリオの足音。
人々の騒ぎ、叫び、恐怖。
だがカインの耳にはもう何も届いていなかった。
――この腕の中にいる彼以外、世界がすべて音を失った。
ユリウスの頬に、自分の額をそっと触れさせる。
冷たいが、命の熱はまだ微かにある。
「……守るって、言っただろ。何があっても、お前を護るって……なのに、なんで……お前が、俺の前で血を流してるんだ、ユリウス?」
カインの手が震えていた。
剣を持つために鍛えた、どんな戦場でも揺るがなかった手が。
初めてだった。
こんなに、どうしようもなく――『恐怖』を感じたのは。
「頼む……どんな罰でも受ける……だから、お前だけは……」
小さく、切れるような声で絞り出す。
声を絞り出しても、ユリウスは反応しない。
いつの間にか、カインの瞳から涙が、頬を伝う。
カインは、涙を見せたことなどなかった。
だが今は、隠せない。
隠す意味すらなかった。
「生きてくれ……ユリウス」
ただ、それだけだった。
この人がいない世界なんてもう望んでいない。
過去も、未来もどうでもいい。
ただ、今、目を開けて――名前を呼んでくれれば、それでよかった。
『――カイン、俺は……』
ユリウスの声が微かに、何処かで何かを言っているようにも聞こえた。
どれほどの時間が過ぎたかわからない。
誰かが担架を持ってきて、騎士たちが血の海を覆い隠し、医師の声が響いた。
それでも、カインは一歩も動かなかった。
ユリウスの体温が、微かにでも感じられる限り。
腕の中にいる限り。
手を離せば、もう彼がどこかへ行ってしまいそうで、何を言われてもカインはユリウスの体を放さなかった。
「……ユリウス、どうか……目を開けてくれ……っ」
ただただ、祈るように。
それは、カインが生まれて初めて心の底から捧げた祈りだった。
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