何もかも全て諦めてしまったラスボス予定の悪役令息は、死に場所を探していた傭兵に居場所を与えてしまった件について

桜塚あお華

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第22話 前半クリス視点、後半リリア視点

 クリスがハイデンを一人の男として意識し始めて数日、眠そうにしながら体を横にしていた時だった。

 ――嫌な気配がした。

 壁を揺らすほどの魔力の衝撃。身体の奥に鈍く響く振動が、骨ごと掴んで引きずるようだった。
 クリスは、寝台の上で微睡んでいた体を即座に跳ね起こした。
 次の瞬間には、腰の短剣を掴んで廊下へ飛び出している。

「……ハイデン!」

 彼の名を呼ぶ声は、もはや反射だった。
 魔力の波が天井を撫でるように押し寄せ、建物全体が低く軋む。これはただの体調不良じゃない。暴走――それも、かなり危険な。
 階段を駆け降り、玄関の扉に手をかける。閉ざされた防御結界に手が触れた瞬間、指先にビリビリと焼けるような痛みが走った。
 これは、ハイデンが張ったものだとすぐに理解した。外界を遮断し、誰も近づけないようにしている。
 けれど、クリスは構わず足を踏み出した。
 痛みの中を、魔力の乱流の中を強引に【彼の中】へと飛び込む。

 草木が波打ち、空気が震えている。
 空間が揺れて見えるほどの魔力の渦――中心に立っていたのは、白いドレスの少女と背後に気配を潜める一人の青年。

(……誰だ、この女)

 目の前の二人には見覚えがないのだが、少女――リリアの姿を見たクリスは激しい嫌悪感に襲われた。
 初対面のはずなのに、体がまるで拒絶しているかのように感じる。
 ふと彼女の手には、破られかけた魔術具。呪詛の残滓がまだ空間を漂っている。
 すぐに理解したクリスは、黙って一歩前に出た。

「……何をした」

 その声音に、リリアが小さく肩を震わせた。ゆっくりと、彼女がこちらに視線を向ける。

 そして――止まった。

 まるで凍りついたように、リリアの瞳が見開かれた。
 紫の虹彩が揺らぎ、声にならない息が漏れる。

「……あなたは……」

 ぽつりと漏れたその言葉は、戸惑いと、恐怖と、そして予期しなかった確信の混ざった響きのように聞こえる。
 彼女の中で、何かが壊れたのがわかる。
 目の前でリリアを睨みつけている人物に対して彼女は驚く事しか出来なかった。いや、そもそも何故彼がここにいるのかすら、わからなかったのである。

 ――リリアの目に映っているのは、ゲーム内の《隠し攻略対象》として用意されていた存在。

 表ルートでは決して出会えない、特定の条件を満たした時のみ登場する、死の淵に立つ守護者と言う存在。

(なんで……ここにいるの……?彼は……そんなはずじゃ……)

 この世界が【ゲーム】であると知るリリアにとって、彼の存在はありえない【例外】だった。
 彼の立ち位置は本来もっと後ろ。ルートの深奥でようやく触れる存在。それが、今――彼女の目の前で、魔力の渦を断ち切るように歩いてくる。

「……あんたが、ハイデンの魔力を無理やり出させたのか?」

 クリスの声は冷たい氷のように聞こえる。けれど、その奥には確かな怒りが宿っている。
 リリアは、返せない。言葉が口の奥で凍りつく。
 カミルが一歩前に出ようとした。だが、クリスは彼を一瞥するだけでその動きを封じた。立ち振る舞いに隙がない。
 いや、それだけではない。
 リリアは知っている。目の前のこの男は、ただの傭兵ではないと言う事を。
 彼は、《最悪の結末》で唯一ハイデンを救える可能性を持つ存在キャラクター――彼の好感度が一定以上に上がった時のみ、ラストで発生する選択肢のないエンディングがある。
 そのルートはただ一つ。他の誰も、ヒロインですら選べない、たった一人のエンディング。

(この人……が、クリス・ラウゼ……!)

 息が詰まった。
 彼の存在が、ゲームの構造を揺らがせていくのをリリアは直感で理解していた。

 ――この世界が、歪みはじめている。

 そして、歪ませているのはリリアでもなければハイデンでもない。目の前にいるクリスの方かもしれないという事実が、胸の奥をざらりと撫でていった。

「……お嬢さん」

 彼は静かに、リリアに向かって声をかける。
 低く、静かな声で。

「次、俺の目の前であいつハイデンを傷つけたら――容赦はしない」

 それは、ただの警告ではない。間違いなく、ハイデンを守ると言う事の本気の【意思】だ。
 リリアは、言葉を返せなかった。
 彼の背後に立つハイデンの影が、確かに、震えているのを見てしまったから。
 かすかに、クリスの服を握る指。
 それは、自分から伸ばされた手だった。

(そんな……)

 彼女にとって、この世界は自分が愛される為の、幸せになる【物語ゲーム】だと思っていた。
 けれど、それが違うと今まさに理解した瞬間だった。
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