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四章 王宮
76、国王陛下の体たらく
しおりを挟むだが、サラの考えを否定するようにカラムは首を振るばかりだった。
「ライバーツ王国から主権を認められたヴィリアーズ公爵家のお嬢様ならお判りでしょう。他の大貴族の皆様もベニクド様がおっしゃることに間違いはないと納得されています。それに、そのドワーフは人間に姿を変えていたそうではないですか。自らの姿を変えるということは、やましいことを考えているからです。王都で人間のふりをして店を開きながら、このときを何年も待っていたというのですから、ああ、怖いですね。やはり人間と違って、考え方や思想も全く違う、別の種族なのですよ。ベニクド様がおっしゃる通りでした。ささ、では、皆さま、この話は終わりにして、この先が、王族の住居となっています。国王陛下がお待ちですから」
カラムは何事もなかったように、左右に分かれる、左の回廊へ歩き始めた。
それは王都で起きたことをライバーツの人間がこれ以上詮索するなという忠告でもあった。
そして大きな扉の前には、カラムが立っていた。
あの部屋に陛下がいらっしゃるのだ。
今は、目の前にことに集中しよう。
サラは気持ちを切り替え、カラムが待つ扉の前へ歩みを進めていた。
すると、大きな扉の向こうから賑やかな声がしてきた。
女性たちが騒ぐような声だ。
カラムがノックすると一瞬で静まった。
「陛下、お客様をお連れしました」
扉の向こうから、男性の返事のようなものがくる。
「あぁ?! なんだ?」
「陛下、レン様とサラ・メアリー・ヴィリアーズ公爵令嬢をお連れしました」
「おお、入れ!」
そうしてカラムが扉を開くと、むわっと甘い香りとお酒の匂いが廊下にまで漂ってきた。
よく見ると、部屋の燭台のろうそくが、炎で溶けていく音と共に、甘ったるい香りが発散されているようだった。
そして豪華絢爛の部屋の中心では、大理石のテーブルにつっぷしている男性がいた。
あのお方が国王陛下?
目を疑うような光景にサラは戸惑っていた。
露出あるドレスを身に着けた派手な女性が男性を挟むように座っている。ワイン片手に女性が男性の肩を叩く。
「王様、お客様ですよ」
もう一人は水たばこを吸いながら、レンに艶めかしい視線を送ってきた。
「あらぁ、いい男じゃない」
その女性たちの間で、テーブルにつっぷしている男性が、やはり国王陛下のようだった。女性たちに肩を叩かれ、むくりと顔を上げた陛下の顔はひどい有様だった。
「ん……? 客だと?」
国王陛下は三十代半ばのはずだけど、ボサボサ頭に、無精ひげのやつれた姿は五十過ぎぐらいに見えた。そして充血したうつろな目が突然、攻撃的になった。
「何をしている! はやく、入ってこい!」
国王陛下から、言葉をかけられ、まずはレンが足を踏み入れる。
さすがにセバスチャンは部屋に入ることはなく、廊下で頭を下げていたので、サラとパウロが続いて中へ入った。
「久しいな、レン――」
そう言いながら立ち上がった陛下だが、「おおっと」後ろのソファにドスンっと座り込んでしまった。
「王様~、あぶないですわ」「きゃはははは」
「何を言っているお前たち。これぐらいの酒ではどうってことないぞ」
「もっと飲みましょうよ、陛下」「お酒が足りないですわ」
「お前ら注げ――。ほら、もっと注げ」
ワングラスを片手に女たちに酒を注がせていた。
「こぼれちゃいます」「もったいない」
「なにがもったいないだ。俺は王様だぞ。この国の最高権力者だ! ワハハハ」
大笑いして、一気飲みしていた。
そのお姿は、壁に飾られた肖像画と随分違って見えた。
肖像画では、キリリとした目にきちんとした身だしなみの国王陛下。隣には、穏やかな笑みを浮かべて椅子に座るアレクサンドラ王妃様。その膝には小さなシャーリー王女が小さな手を広げて、王妃様の顔を触ろうと見上げている。
そこにある幸せとは、ずいぶん対照的な、お姿に見えた。
まるでここにサラ達がいることを忘れたかのように、国王陛下は二人の女性たちと騒いでいた。
しばらく様子を見ていたレンだが、あまりに見かねたのか、一歩前へ出た。
「国王陛下、ご用件が無ければ俺たちは失礼させていただきます」
「おお、そうだった。おい、お前たち、俺に酒を進めるな。客人が帰ると言っておるだろ」
「はい、はい」「黙ってまーす」
「珍しくお前たち素直じゃないか。ん? レンが男前だからだろ。 俺との態度が、ぜんぜん違うじゃないか」
「そんなことないですよ」「ええ、王様は国一番の色男!」
「ハハハハハ! そうだろ、俺はレンよりもカッコいいか!」
「では、失礼」
レンが王様が頭を下げた。
「おい、レン! お前は、相変わらず、忙しい奴だな――。ん? そこにいるのは……、レンの従者か、珍しいな。いつも一人行動のレンが? どのような心境の変化だ」
「話し相手をご所望でしたら、俺では物足りないでしょう」
「お前はいつも変わらぬな――、レン。だが、これまた美しい女性を連れているではないか」
国王陛下と目があったサラは片足を引いて軽く膝を曲げて、挨拶をした。
「ほう……、どこぞの貴族の娘か。なら、よい。こちらに来て、酌をしてみろ。この女たちにも飽き飽きしていたところだ」
「ひっどーい」「せっかく、来てあげたのに」
女性たちの非難の声など、聞く耳持たぬという感じで、サラに向かって手招きする国王陛下。
「我に酌をするなど、名誉なことなのだぞ」
「は……、はい」
サラはそう返事をしたが、レンがこちらを向いて首を振る。
「サラは、そんなことをしなくてもいい」
「おい、レン! 貴様が口出しするようなことではない! 我はライバーツの王様なのだぞ!」
顔を赤くして大声を出す陛下に、レンがズンズンと大股で向かう。
「な、なんだ」
陛下がたじろいだ。
いったいレンさんが何をするのかと、サラはパウロをみる。
だが、パウロも分からないというような感じで肩をすくめていた。
「そちらの女性たちで物足りないのでしたら、俺が酌をいたしましょう」
陛下の目の前で、レンが胸元から小瓶のワインをだした。そして空になったグラスにワインを注ぐ。
「これで満足ですか、国王陛下」
「なーに、この人、王様の前で失礼じゃない?」「ほんと、信じられない態度」
女性たちの前で、国王陛下は何も言わず、レンが注いだワインに視線を向けていた。
「すまない、サラ。もう帰ろう」
レンがサラたちに向かって言った。
「は、はい」
「う、うん」
「おい、待て! レン! 言いたいことがあれば、はっきり言え! 我の今の姿を見て、なにも言わんのか!」
「国王陛下……、俺に何を期待されているのですか」
レンの言葉に、残念そうな響きがあった。
「もういいじゃないですか、あんな人」「そうよ、楽しく飲んだらいいじゃない、王様」
――ドン。
陛下がテーブルを叩いた。
「どうしたのですか、王様」「こわーい」
「うるさい! 我はレンと話しているんだ。もう、いい! お前らはどっかへ行け!」
「はあ? しんじらなーい」「せっかくベニクド侯爵が来いっていうから、来てあげたのに」
女性たちは怒った様子で、サラたちを睨むと部屋を後にした。
「「ふん」」
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