4 / 135
アニエス、穴に落ちる
しおりを挟むあれは私が王女宮に勤め始めて三月ほど。
そろそろ仕事に慣れてきた頃だった。
先輩侍女のアルマさんと資料用の本や書類
を運んでいると、本宮に続く外回廊に妙な
物があったのだ。
石畳に薄く光る円状のものがある。
近寄ってじっと観察すると、どう見ても
穴だった。
しかも、かなり深くて大きな穴だ。
底が見えない。
淡い光を発する怪しい穴。
「何?これ……」
「アニエス、どうしたの?」
アルマさんが声をかけてくれる。
「いや、何でこんな所に大きな穴があるん
ですかね?昨日はなかったのに……。
何があったんでしょうか」
「穴?どこに?」
「えっ、そこに」
「……。」
私にしか見えてませんでした。
「あ~うん。魔術関係のものなら私には
見えないから兄に見てもらいましょ?」
アルマさんは魔力があまりないのだった。
ちなみにアルマさんのお兄様は、
魔術師団長アルフォンス様です。
二人とも泣きぼくろのある
赤毛の美形さんです。
「私も魔力封じの腕輪をしているので魔術系
のものは見えないと思いますけど」
今は魔力ほぼゼロですもん。
「いや、アニエスにしか見えないって、
怪し過ぎるでしょ?ところでその腕輪は
まだ外れないの?」
そう言われて、じっと両腕にある金の腕輪
を見る。
生家で寝てる間に嵌められたらしい
のだけれど。私はどういう経緯や、理由で
嵌められたのかを知らない。
目覚めて……。いや意識が戻ったら家では
なくて、王都にある養家だった。
私はその頃、養子に出されるのが嫌で嫌で
とても反抗的だった。
だから薬を盛られたのだと思う。
前の日の夕食は家族で笑い合っていたのに。
九日間も薬で眠らされ、体はフラフラ。
家族に捨てられ心はボロボロ。
手には金の腕輪。
魔力が使えないことに絶望した。
魔力封じの腕輪。
魔力が使えない事には、なかなか慣れな
かった。
生まれてからずっと、自然に使って
いたから無理もない。
辺境では私は父や兄達と魔物相手に戦って
きた。
でも、魔力が使えなければこんなにも
弱い存在だったのかと気落ちした。
それどころか常に体が重い。
何とか腕輪を外そうとしたが魔力を込めると
ひどい目眩と脱力感に襲われる。
「腕輪を外して。家に返して!」
訴えれば養家では暴力を受ける。
だから、実家に手紙を書き続けた。
助けてと。
でも、返事はなかった。
婚約者のロベルト様はとても優しかった。
可愛い、可愛いいと溺愛されていた。
キラキラの王子様のようなロベルト様に
甘やかされて彼に恋をした。
だから堪えられたのだと思う。
それも私の背が伸びるまでだけど。
結局、婚約は破棄された。
ロベルト様の新しい婚約者は私の元義妹だ。
私は母方の実家である伯爵家の養子になっ
た。だから実は彼女は私の従姉妹にあたる。
そのせいか私と容姿がよく似ているのだ。
しかも小柄で可愛いい。
伯爵家も手間をかけて養子にした私が
捨てられ、実の娘が選ばれたのだ。
手間をかけた分だけ余計に損をした
気分なのかも。
ロベルト様、見た目重視ですね。
まあ、それもありなのかな。
でも、あなたの優しさに一喜一憂していた
私の五年は何だったのですか。
やりきれません。
──もう、私とじゃなくて最初から彼女と
婚約して下さいよ。
ヤバい落ち込んできた。
ふと、体が柔らかな物に包まれる。
アルマさんが私を抱きしめている。
ああ。暗い顔で黙り込んだから心配して
くれたんだ。
温かい。いい匂い。気持ちいい。
「アニエス、ごめん。余計な事聞いて」
「えっ?大丈夫ですよ。急に黙り込んで
すみません」
「顔色が悪いよ?」
「大丈夫です。少し昔の事を思い出してた
だけですよ。この腕輪がちょっと面倒臭い
物らしくて。
アルフォンス様が異国の術式が彫り込まれ
た特殊な物だとおっしゃってました。
解析に時間がかかると。
しばらくは外せないようです。」
アルマさんは一瞬悲しそうな顔になるが
すぐに優しく微笑む。
「魔術オタクのうちの兄様なら、そのうち
絶対に外してくれるわよ。うん。とりあえず
兄様を呼んで来るわね」
アルマさんは私の頭をくしゃくしゃと撫で
てからアルフォンス様を呼びに行った。
アルフォンス様が来るまで、この穴に誰も
近付かないように見張っていよう。
幸い、今のところ人通りはない。
でも、忙しいアルフォンス様がすぐに
捕まると良いのだけれど。
なんて穴を眺めながら考えていたら人の声
がする。振り返ると三人のご令嬢達がこちら
に歩いて来るのが見える。
う~わ出た!ピンク、イエロー、ブルーの
ドレスの三人組。
あれはアルフォンス様の追っかけお嬢様達。
面倒臭い。
そうか王女宮と本宮を結ぶこの回廊は
アルフォンス様の出没ポイントだった。
アルフォンス様に会えるのを期待して
ウロウロしている訳だ。
間が悪いなぁ。
「あら嫌だわ。目障りなのがいるわね。
どうりで臭うと思ったわ」
「本当に田舎臭いわね。ずいぶんと背の高い
案山子ね。とっとと田舎に帰りなさいよ」
「ふん、本当に目障りね。呪われ宮から出て
来ないでちょうだい」
なんか色々言われてるなぁ。
そちらもかなり臭いですよ。系統の違う香水
が混ざって臭いです。
徒党を組むなら同じ系統の香水を控え目に
使って下さい。
鼻が曲がりそうです。
それにしても呪われ宮って……。
第二王女宮のこと?
なんて失礼な。主への無礼は許せません。
「呪われ宮とは、ずいぶんと不敬な。
明らかな王族への侮辱。次第によっては
報告させていただきます」
思わず低い声になってしまう。
「呪われ宮は呪われ宮でしょ。呪われた
うえに行き遅れの王女なんて、敬う必要が
どこにあるの?」
ピンクのドレスの令嬢が顔を歪めながら
言い放つ。
この方は、伯爵令嬢なのに頭が残念なのか?
私に絡むだけならいいけど、
言って良いことと悪いことの区別がつかない
らしい。
これから彼女の事は残念ピンクと呼ぼう。
「貴族のご令嬢がそのような発言をなさる
とは、とても正気とは思えません。
やはり報告させていただきます」
姫様を侮辱するなんて、女でも殴りたい。
殴っていい?殴っていい?腹立つ~。
「田舎者の案山子が何を生意気な!!」
ピンクドレスの伯爵令嬢は持っていた
扇子で私の頬を思い切り叩く。
痛~!!血の味がする。
── あれ?私が殴られちゃった。
えっ、ご令嬢ってこんなに凶暴?
唖然としていると今度は他の2人に突き飛ば
される。
えっ、ちょっと待って?倒れながら思う。
そっちには穴がぁぁ~。
「えっ、えええ~うそ~!!」
吸い込まれるように私は穴に落ちた。
どこまでも落下する。
暗転した。私の意識はそこで途絶えた。
6
あなたにおすすめの小説
【12月末日公開終了】これは裏切りですか?
たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。
だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。
そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
見た目は子供、頭脳は大人。 公爵令嬢セリカ
しおしお
恋愛
四歳で婚約破棄された“天才幼女”――
今や、彼女を妻にしたいと王子が三人。
そして隣国の国王まで参戦!?
史上最大の婿取り争奪戦が始まる。
リュミエール王国の公爵令嬢セリカ・ディオールは、幼い頃に王家から婚約破棄された。
理由はただひとつ。
> 「幼すぎて才能がない」
――だが、それは歴史に残る大失策となる。
成長したセリカは、領地を空前の繁栄へ導いた“天才”として王国中から称賛される存在に。
灌漑改革、交易路の再建、魔物被害の根絶……
彼女の功績は、王族すら遠く及ばないほど。
その名声を聞きつけ、王家はざわついた。
「セリカに婿を取らせる」
父であるディオール公爵がそう発表した瞬間――
なんと、三人の王子が同時に立候補。
・冷静沈着な第一王子アコード
・誠実温和な第二王子セドリック
・策略家で負けず嫌いの第三王子シビック
王宮は“セリカ争奪戦”の様相を呈し、
王子たちは互いの足を引っ張り合う始末。
しかし、混乱は国内だけでは終わらなかった。
セリカの名声は国境を越え、
ついには隣国の――
国王まで本人と結婚したいと求婚してくる。
「天才で可愛くて領地ごと嫁げる?
そんな逸材、逃す手はない!」
国家の威信を賭けた婿争奪戦は、ついに“国VS国”の大騒動へ。
当の本人であるセリカはというと――
「わたし、お嫁に行くより……お昼寝のほうが好きなんですの」
王家が焦り、隣国がざわめき、世界が動く。
しかしセリカだけはマイペースにスイーツを作り、お昼寝し、領地を救い続ける。
これは――
婚約破棄された天才令嬢が、
王国どころか国家間の争奪戦を巻き起こしながら
自由奔放に世界を変えてしまう物語。
そのご寵愛、理由が分かりません
秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。
幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに——
「君との婚約はなかったことに」
卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り!
え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー!
領地に帰ってスローライフしよう!
そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて——
「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」
……は???
お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!?
刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり——
気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。
でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……?
夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー!
理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。
※毎朝6時、夕方18時更新!
※他のサイトにも掲載しています。
【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領
たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26)
ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。
そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。
そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。
だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。
仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!?
そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく……
※お待たせしました。
※他サイト様にも掲載中
【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜
高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。
婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。
それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。
何故、そんな事に。
優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。
婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。
リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。
悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました
腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。
しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる