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グレン、アニエスを想う
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アニエスをからかいながらダンスを踊る。
こんなに楽しい舞踏会は初めてだった。
だが、それも アルバートに別室に呼ばれる
前までだった。
「グレン、悪いな。楽しそうだったのに」
「そう思うなら邪魔しなければ良いものを。
それでどうした?」
アルバートの顔を見るに悪い報せだな。
「北のプリシラからの報せだ。帝国の皇帝
が代替わりした。次帝はオズワルドだ」
「何だと!オズワルドは廃嫡されて幽閉
されたはずだろう。どうなっているんだ」
エリザベートを襲って王女宮の結界の
原因になった帝国の元皇太子。
そんな奴が皇帝だと。冗談じゃない。
「クーデターだ。父である皇帝を殺し
弟である皇太子の首をはねた。
反対派の貴族とも衝突、随分血が流れ
たらしい。国内の平定が済んだら、間違い
なく我が国に手を伸ばしてくるぞ」
「不味い事になったな。北に入り込んだ
間諜はどうした?
この機に動かれると厄介だろう。
プリシラの身は無事なんだろうな?」
「ああ、プリシラは上手くやっているよ。
大部排除できている。それより心配なのは
エリザベートとアニエスだ。
オズワルドの目的はこの二人だよ」
従姉で姉のような エリザベートと
想い人であるアニエス。
どちらも俺にとっては大事な人だ。
指一本触れさせるものか。
思わず両手を握りしめた。
ふとあの日、木の枝にぶら下がった
アニエスを思い出す。
それは綺麗な足だった。目が離せない。
思わず撫でまわしたくなるどころか、
舐めまわしたいと思った自分に狼狽える。
初対面の女性の足を舐めたいなどと……。
これではただの変態だ。 それなりに
ショックだったが、まあ俺が変態だから
と国が滅ぶ訳でもあるまい。
心の内で思うのは自由だ。
すぐに開き直った。
そして、落ちてきたアニエスを抱き
止めた瞬間、自分の体に走った衝撃が
忘れられない。
『この女は俺のものだ』
訳もなくそう思った。甘い匂いに酔い
しれる。温かい体を手放せなかった。
俺は生まれつきどころか胎にいるうち
から高過ぎる魔力のせいで母に拒まれた。
顔を見るたび化け物と罵られた。
錯乱する母。
だが時折、正気に返って
「愛せなくてごめんなさい」と
つらそうに泣くのがとても嫌だった。
どうして泣くのだろう。
笑って欲しい。
俺はどうも大切な女性を泣かせてしまう。
俺の初恋はアルバートの姉、第一王女
のソフィアだった。
両親に疎まれ、王家に引き取られた俺を
本当の弟のように可愛いがってくれた
優しい女性。ごく自然に想いを寄せた。
そのソフィアに魔力封じの腕輪なしで
うっかり触れてしまったことがある。
ソフィアは泣いた。
「こんなに凄まじいものだったなんて。
でも、大丈夫。いつかきっとあなたの魔力
を受け入れてくれる女性が現れるわ。
大丈夫よ。グレン。きっと大丈夫」
そう言って泣きながら震える手で俺を
抱き締めた。
腕輪なしで俺に触れてとんでもない
嫌悪感が襲ってきているだろうに
俺を守るように抱き締めるソフィア。
ソフィア以上に俺を受け入れてくれる
女性なんて本当に現れるのか?
数年後、幼馴染みの公爵令嬢プリシラと
婚約した。プリシラは俺を怖がらなかった。
四歳歳下のプリシラは妹のようで、一緒に
いても楽しかった。
このまま穏やかに共にいられると
思っていた。
だがプリシラが十二歳になった頃。
泣きながら婚約の解消を申し入れられた。
「ごめんねグレン。私じゃ駄目だった」
体が大人になったことで女性の本能から
俺の魔力に拒絶反応がでたようだ。
しかしプリシラとの婚約は政略だ。
国王から反対され
婚約解消には至らなかった。
だから一旦、保留となった。
「グレンに誰か大事な女性ができるまで
わたしが側にいてあげる。だから諦めないで
探しなさい」
プリシラは鼻を真っ赤にして泣きながら
俺の手を握りしめた。
妹だと思っていたプリシラはまるで大人の
ように見えた。俺を拒絶しながらも心から
案じてくれている。
大事な女性か。プリシラより大事な
存在が他にいるのか?
その翌年、剣の師匠である第三騎士団団長
オ―ウェンの副官をしていた俺は、事務方の
平民女性、カタリナと恋仲になった。
魔力のない平民。良く笑う綺麗な女性。
年上の彼女は優しくて柔らかくて
俺が触れても怖がられない。
それがとても心地好かった。
あっという間に深い仲になった。
大事な存在になった彼女に俺は結婚を
口にした。だが彼女の答は『否』
だった。
「グレンのことは好きよ。
でも、私はどうしても子供が欲しいの。
だから、恋人にはなれても伴侶にはなれ
ないわ。ごめんね。グレン」
彼女は泣きながらそう言った。
これには俺の方が泣きそうだった。
結局、また泣かれるのか。俺は誰かを
望んではいけなかったのだろう。
カタリナとはそのまま別れた。
もう、どうでも良かった。
王宮で魔力封じの腕輪をしていると
きゃあきゃあと騒ぎながら令嬢達が
近寄ってくる。
時々無性に彼女達の前で腕輪を外せして
みたくなる。
どうせ、腕輪を外せば怯えて逃げて行く
くせに。
街中で声をかけてくる女性達にも
うんざりした。
あなた達にとっては俺は種無し同様だ。
もう、誰かに泣かれるのは嫌だった。
まあ、今なら分かる。
カタリナはきっとオーウェンに圧力を
かけられていたのだろう。だから、
そう言わざるを得なかったのだろうと。
そもそも、プリシラとの婚約が未だ
解消されていないのにもかかわらず
浮かれて求婚した俺が馬鹿なのだ。
若く未熟な俺はひどく後ろ向きな考えに
捕らわれ物事を広く見る目がなかった。
自分を憐れむだけで他者を思いやれない
愚かな俺。自分の愚かさに絶望する。
そんな時、俺に国王から密命が下された。
『竜の血の契約者』となるべく
儀式に挑むようにと。
国王からこの国の闇を聞かされる。
この国の防御結界は捕らえて使役している
白竜が張っている。
だが竜を操る術が未完成なため
竜に自我が残っている。
魔法障壁のためにこの国で転移魔法や
空間魔法が使えないのはその弊害らしい。
術の完成には王家の血を引く者が竜と
血の契約をしなければならない。
契約が結ばれて初めて竜を完全に
操ることができる。
だから試す。何代も王族の命を懸けて。
竜の血は猛毒だ。大抵の者は命を落とす。
黒竜の血を飲んで生き残ったアニエスは
奇跡に等しい。
おそらく俺も命を落とすだろう。
契約は完成しない。だが、契約に挑んだ
者の魔力は竜に吸い上げられる。
その魔力が竜を生かす糧になる。
俺は竜に喰われて死ぬ餌。
生贄だ。
俺の前は伯父である王兄が人柱となった。
意に反して使役される竜からの復讐
なのだろうか竜は餌として王族の魔力
と血しか欲しがらない。
しかも、神殿に竜から誰をいつ寄越せと
託宣してくるのだ。
寄越さなければ飢えて死んで術式を壊す。
そう脅してくる。
竜が死んだら防御結界は消える。
だがそれだけでは済まない。
未完成な術が竜がいなくなることで壊れ
どんな暴走を起こすかわからない。
もはや王家にとっては呪いだ。
竜を解放する術もない。
王家はいつ誰が贄に選ばれるか
わからない恐怖に怯える。
しかも竜は指名した者に猶予を与える。
すぐには喰わない。
繁殖の機会を与えるのだ。
次の生贄のために。
俺にも十年の猶予が与えられた。
このことを知っているのは国王と宰相。
神殿の大神官、王家の影であるオ―ウェンの
四人だけだ。
王族は王位に就いた者、竜に選ばれた者
だけが知らされる。
アルバートは王位を継いだ後にそれを
知ることになる。
すでに死んだ俺のことで
傷つかなければよいのだが……。
残りの人生はあと十年。
もし、俺に子供ができたら
次の生贄に選ばれる可能性が高い。
もう、誰もいらない。
十代で全て諦めた。
けれどアニエスに出会った。
アニエスが落ちてきた時、俺は腕輪をして
いなかった。抱き止めて肌に触れた。
俺の魔力を感じた彼女は……。
とても嫌そうな顔をした。
それはいっそ清々しいほど露骨に
嫌な顔をされた。
それが面白くて、ついからかいたくなる。
唇が切れて血が出ていたので
治癒魔法ついでにペロリと舐めてみた。
目眩がするほど甘い。
アニエスの顔を見ると
『この人変態なんです。助けて下さい』
と書いてあった。
面白いぐらいに考えていることが
だだ漏れだ。思わず笑った。
キャラメル色のふわふわの髪、
春の森の木々のような新緑の瞳。
澄ましているが実は考えていることが
だだ漏れな顔。思い浮かべるだけで
胸が温かかくなる。
彼女が嫌がっているのを承知で色々
ちょっかいをかける。
『近寄るな肉食獣』と書いた顔を見ると
自然に笑みが出る。
隷属の腕輪が外れたアニエスと演習場で
相対した時、俺も思った。
仔猫が獅子になった。お前も肉食獣だよ。
圧倒的な魔力を纏っていたからだ。
剣を交えて楽しいと思ったことは
初めてだった。
魔力の強さもそうだが
複数の属性攻撃を瞬時に繰り出してくる。
極めつけは使えないはずの転移魔法を
使ったことだ。
しかも無自覚だ。転移魔法を使った
ことすら全く意識していない。
やはり黒竜の契約者だからなのか?
魔法障壁に捕らわれない。
次第に同調していく互いの動き。
こいつに背中を預けて戦うのはきっと
悪くない。
口元に笑みが浮かぶ。アニエスも笑って
いた。彼女も楽しいのだ。
気分が高揚する。
隷属の腕輪が外れたアニエスはどこか
いつもと反応が違う。認識阻害の術式も
組み込まれていたからそのせいか?
俺の顔を見て頬を染める彼女に変な期待
をしてしまう。
互いに丁度釣り合うような魔力量。
俺が感じているこの甘い匂いや疼き。
彼女も感じてはいないか?
今まで俺が距離を詰めても彼女が
嫌がって距離は縮まらなかった。
だから安心していた。
アニエスの元の婚約者。ロベルトの言葉
を思い出す。
『彼女は僕の触れていい女性
ではありません』
俺にも言える言葉だった。あと三年しか
生きられない俺が望んで良い相手ではない。
国王は俺が死ぬまでに子供を作ることを
望んでいる。
もし高い魔力を持つアニエスとの間に
子ができたら。おそらく高い魔力を持って
生まれてくる。
そしてその子は俺の次の生贄になる。
冗談ではない。
今度の王宮舞踏会を最後に距離を置こう。
蔓が砕けて落ちるアニエスを抱き止める。
あと僅かしか側にいられないなら
少し羽目を外してもいいだろう。
彼女の頬に口づけ、抱き上げたまま
くるくる回る。
甘いな。泣きたくなるほど幸せだった。
そして今夜の舞踏会。
俺の贈ったドレスを着たアニエスは
とても綺麗だった。離れても守れるよう
に防御魔法と追跡魔法の込められた魔道具
を指輪にして贈った。
どうか彼女がいつまでもあの呑気な顔で
いられますように。笑顔でいられるように。
泣くことのないように。
祈るように思う。
アルバートとの話の途中で物思いに
耽っていた俺は強烈な違和感に襲われる。
ふっと、アニエスと対で作った魔道具の
指輪が光る。追跡魔法が発動された。
王宮からアニエスの気配が消えた。
「アルバート。アニエスが消えた!」
突然、大声を出した俺にアルバートは怪訝
な顔をする。
「どういうことだ?」
「追跡魔法が発動したが痕跡が消えた」
「何だと?すぐに確認させる」
アルバートが人を呼ぼうと動くのを
制止する。消えたのは一瞬ですぐに居場所
が特定できた。
「王都郊外の森だ。あの初めてアニエス
に出会った場所だ」
「は?さっきまでお前と踊ってただろう?
まさか……また『穴』に落ちたのか?
王宮の中でか、冗談だろう」
あんな場所にまた一人でいるのか。
しかも今は夜だ。
ドレス姿で森で一晩過ごすなど
魔力の強いアニエスでも不安しかない。
なんだ?胸がジリジリと熱い。
嫌な予感がする俺はアニエスの元に向かうため走り出す。
後ろでアルバートの何かいう声が聞こえた
がそのまま厩に直行した。
礼服のまま馬で王都郊外を目指す。
途中、三の閣の門兵がおらず門が開かない。
慌てて出てきた門兵の息が酒臭いのに
気づいた時は本気で斬り殺そうかと思った。
イライラが募る。何で側を離れたんだ。自分を責める。
どうか無事でいてくれ。
そればかり考えながら馬を走らせた。
夜の王都を駆け抜ける。
「グレン待てこの馬鹿一人で動くな!」
ふいに後ろから大声がする。
振り返ると後ろから騎乗したアルフォンス
が必死の形相で追いかけてくる。
あいつの馬は遅い。舌打ちをする。
「知るか。ついて来れなければ置いて行く」
俺は鞭を振るい馬を速める。
「馬鹿野郎~!!速度上げんな!」
そのまま郊外の森を目指した。
こんなに楽しい舞踏会は初めてだった。
だが、それも アルバートに別室に呼ばれる
前までだった。
「グレン、悪いな。楽しそうだったのに」
「そう思うなら邪魔しなければ良いものを。
それでどうした?」
アルバートの顔を見るに悪い報せだな。
「北のプリシラからの報せだ。帝国の皇帝
が代替わりした。次帝はオズワルドだ」
「何だと!オズワルドは廃嫡されて幽閉
されたはずだろう。どうなっているんだ」
エリザベートを襲って王女宮の結界の
原因になった帝国の元皇太子。
そんな奴が皇帝だと。冗談じゃない。
「クーデターだ。父である皇帝を殺し
弟である皇太子の首をはねた。
反対派の貴族とも衝突、随分血が流れ
たらしい。国内の平定が済んだら、間違い
なく我が国に手を伸ばしてくるぞ」
「不味い事になったな。北に入り込んだ
間諜はどうした?
この機に動かれると厄介だろう。
プリシラの身は無事なんだろうな?」
「ああ、プリシラは上手くやっているよ。
大部排除できている。それより心配なのは
エリザベートとアニエスだ。
オズワルドの目的はこの二人だよ」
従姉で姉のような エリザベートと
想い人であるアニエス。
どちらも俺にとっては大事な人だ。
指一本触れさせるものか。
思わず両手を握りしめた。
ふとあの日、木の枝にぶら下がった
アニエスを思い出す。
それは綺麗な足だった。目が離せない。
思わず撫でまわしたくなるどころか、
舐めまわしたいと思った自分に狼狽える。
初対面の女性の足を舐めたいなどと……。
これではただの変態だ。 それなりに
ショックだったが、まあ俺が変態だから
と国が滅ぶ訳でもあるまい。
心の内で思うのは自由だ。
すぐに開き直った。
そして、落ちてきたアニエスを抱き
止めた瞬間、自分の体に走った衝撃が
忘れられない。
『この女は俺のものだ』
訳もなくそう思った。甘い匂いに酔い
しれる。温かい体を手放せなかった。
俺は生まれつきどころか胎にいるうち
から高過ぎる魔力のせいで母に拒まれた。
顔を見るたび化け物と罵られた。
錯乱する母。
だが時折、正気に返って
「愛せなくてごめんなさい」と
つらそうに泣くのがとても嫌だった。
どうして泣くのだろう。
笑って欲しい。
俺はどうも大切な女性を泣かせてしまう。
俺の初恋はアルバートの姉、第一王女
のソフィアだった。
両親に疎まれ、王家に引き取られた俺を
本当の弟のように可愛いがってくれた
優しい女性。ごく自然に想いを寄せた。
そのソフィアに魔力封じの腕輪なしで
うっかり触れてしまったことがある。
ソフィアは泣いた。
「こんなに凄まじいものだったなんて。
でも、大丈夫。いつかきっとあなたの魔力
を受け入れてくれる女性が現れるわ。
大丈夫よ。グレン。きっと大丈夫」
そう言って泣きながら震える手で俺を
抱き締めた。
腕輪なしで俺に触れてとんでもない
嫌悪感が襲ってきているだろうに
俺を守るように抱き締めるソフィア。
ソフィア以上に俺を受け入れてくれる
女性なんて本当に現れるのか?
数年後、幼馴染みの公爵令嬢プリシラと
婚約した。プリシラは俺を怖がらなかった。
四歳歳下のプリシラは妹のようで、一緒に
いても楽しかった。
このまま穏やかに共にいられると
思っていた。
だがプリシラが十二歳になった頃。
泣きながら婚約の解消を申し入れられた。
「ごめんねグレン。私じゃ駄目だった」
体が大人になったことで女性の本能から
俺の魔力に拒絶反応がでたようだ。
しかしプリシラとの婚約は政略だ。
国王から反対され
婚約解消には至らなかった。
だから一旦、保留となった。
「グレンに誰か大事な女性ができるまで
わたしが側にいてあげる。だから諦めないで
探しなさい」
プリシラは鼻を真っ赤にして泣きながら
俺の手を握りしめた。
妹だと思っていたプリシラはまるで大人の
ように見えた。俺を拒絶しながらも心から
案じてくれている。
大事な女性か。プリシラより大事な
存在が他にいるのか?
その翌年、剣の師匠である第三騎士団団長
オ―ウェンの副官をしていた俺は、事務方の
平民女性、カタリナと恋仲になった。
魔力のない平民。良く笑う綺麗な女性。
年上の彼女は優しくて柔らかくて
俺が触れても怖がられない。
それがとても心地好かった。
あっという間に深い仲になった。
大事な存在になった彼女に俺は結婚を
口にした。だが彼女の答は『否』
だった。
「グレンのことは好きよ。
でも、私はどうしても子供が欲しいの。
だから、恋人にはなれても伴侶にはなれ
ないわ。ごめんね。グレン」
彼女は泣きながらそう言った。
これには俺の方が泣きそうだった。
結局、また泣かれるのか。俺は誰かを
望んではいけなかったのだろう。
カタリナとはそのまま別れた。
もう、どうでも良かった。
王宮で魔力封じの腕輪をしていると
きゃあきゃあと騒ぎながら令嬢達が
近寄ってくる。
時々無性に彼女達の前で腕輪を外せして
みたくなる。
どうせ、腕輪を外せば怯えて逃げて行く
くせに。
街中で声をかけてくる女性達にも
うんざりした。
あなた達にとっては俺は種無し同様だ。
もう、誰かに泣かれるのは嫌だった。
まあ、今なら分かる。
カタリナはきっとオーウェンに圧力を
かけられていたのだろう。だから、
そう言わざるを得なかったのだろうと。
そもそも、プリシラとの婚約が未だ
解消されていないのにもかかわらず
浮かれて求婚した俺が馬鹿なのだ。
若く未熟な俺はひどく後ろ向きな考えに
捕らわれ物事を広く見る目がなかった。
自分を憐れむだけで他者を思いやれない
愚かな俺。自分の愚かさに絶望する。
そんな時、俺に国王から密命が下された。
『竜の血の契約者』となるべく
儀式に挑むようにと。
国王からこの国の闇を聞かされる。
この国の防御結界は捕らえて使役している
白竜が張っている。
だが竜を操る術が未完成なため
竜に自我が残っている。
魔法障壁のためにこの国で転移魔法や
空間魔法が使えないのはその弊害らしい。
術の完成には王家の血を引く者が竜と
血の契約をしなければならない。
契約が結ばれて初めて竜を完全に
操ることができる。
だから試す。何代も王族の命を懸けて。
竜の血は猛毒だ。大抵の者は命を落とす。
黒竜の血を飲んで生き残ったアニエスは
奇跡に等しい。
おそらく俺も命を落とすだろう。
契約は完成しない。だが、契約に挑んだ
者の魔力は竜に吸い上げられる。
その魔力が竜を生かす糧になる。
俺は竜に喰われて死ぬ餌。
生贄だ。
俺の前は伯父である王兄が人柱となった。
意に反して使役される竜からの復讐
なのだろうか竜は餌として王族の魔力
と血しか欲しがらない。
しかも、神殿に竜から誰をいつ寄越せと
託宣してくるのだ。
寄越さなければ飢えて死んで術式を壊す。
そう脅してくる。
竜が死んだら防御結界は消える。
だがそれだけでは済まない。
未完成な術が竜がいなくなることで壊れ
どんな暴走を起こすかわからない。
もはや王家にとっては呪いだ。
竜を解放する術もない。
王家はいつ誰が贄に選ばれるか
わからない恐怖に怯える。
しかも竜は指名した者に猶予を与える。
すぐには喰わない。
繁殖の機会を与えるのだ。
次の生贄のために。
俺にも十年の猶予が与えられた。
このことを知っているのは国王と宰相。
神殿の大神官、王家の影であるオ―ウェンの
四人だけだ。
王族は王位に就いた者、竜に選ばれた者
だけが知らされる。
アルバートは王位を継いだ後にそれを
知ることになる。
すでに死んだ俺のことで
傷つかなければよいのだが……。
残りの人生はあと十年。
もし、俺に子供ができたら
次の生贄に選ばれる可能性が高い。
もう、誰もいらない。
十代で全て諦めた。
けれどアニエスに出会った。
アニエスが落ちてきた時、俺は腕輪をして
いなかった。抱き止めて肌に触れた。
俺の魔力を感じた彼女は……。
とても嫌そうな顔をした。
それはいっそ清々しいほど露骨に
嫌な顔をされた。
それが面白くて、ついからかいたくなる。
唇が切れて血が出ていたので
治癒魔法ついでにペロリと舐めてみた。
目眩がするほど甘い。
アニエスの顔を見ると
『この人変態なんです。助けて下さい』
と書いてあった。
面白いぐらいに考えていることが
だだ漏れだ。思わず笑った。
キャラメル色のふわふわの髪、
春の森の木々のような新緑の瞳。
澄ましているが実は考えていることが
だだ漏れな顔。思い浮かべるだけで
胸が温かかくなる。
彼女が嫌がっているのを承知で色々
ちょっかいをかける。
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自然に笑みが出る。
隷属の腕輪が外れたアニエスと演習場で
相対した時、俺も思った。
仔猫が獅子になった。お前も肉食獣だよ。
圧倒的な魔力を纏っていたからだ。
剣を交えて楽しいと思ったことは
初めてだった。
魔力の強さもそうだが
複数の属性攻撃を瞬時に繰り出してくる。
極めつけは使えないはずの転移魔法を
使ったことだ。
しかも無自覚だ。転移魔法を使った
ことすら全く意識していない。
やはり黒竜の契約者だからなのか?
魔法障壁に捕らわれない。
次第に同調していく互いの動き。
こいつに背中を預けて戦うのはきっと
悪くない。
口元に笑みが浮かぶ。アニエスも笑って
いた。彼女も楽しいのだ。
気分が高揚する。
隷属の腕輪が外れたアニエスはどこか
いつもと反応が違う。認識阻害の術式も
組み込まれていたからそのせいか?
俺の顔を見て頬を染める彼女に変な期待
をしてしまう。
互いに丁度釣り合うような魔力量。
俺が感じているこの甘い匂いや疼き。
彼女も感じてはいないか?
今まで俺が距離を詰めても彼女が
嫌がって距離は縮まらなかった。
だから安心していた。
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を思い出す。
『彼女は僕の触れていい女性
ではありません』
俺にも言える言葉だった。あと三年しか
生きられない俺が望んで良い相手ではない。
国王は俺が死ぬまでに子供を作ることを
望んでいる。
もし高い魔力を持つアニエスとの間に
子ができたら。おそらく高い魔力を持って
生まれてくる。
そしてその子は俺の次の生贄になる。
冗談ではない。
今度の王宮舞踏会を最後に距離を置こう。
蔓が砕けて落ちるアニエスを抱き止める。
あと僅かしか側にいられないなら
少し羽目を外してもいいだろう。
彼女の頬に口づけ、抱き上げたまま
くるくる回る。
甘いな。泣きたくなるほど幸せだった。
そして今夜の舞踏会。
俺の贈ったドレスを着たアニエスは
とても綺麗だった。離れても守れるよう
に防御魔法と追跡魔法の込められた魔道具
を指輪にして贈った。
どうか彼女がいつまでもあの呑気な顔で
いられますように。笑顔でいられるように。
泣くことのないように。
祈るように思う。
アルバートとの話の途中で物思いに
耽っていた俺は強烈な違和感に襲われる。
ふっと、アニエスと対で作った魔道具の
指輪が光る。追跡魔法が発動された。
王宮からアニエスの気配が消えた。
「アルバート。アニエスが消えた!」
突然、大声を出した俺にアルバートは怪訝
な顔をする。
「どういうことだ?」
「追跡魔法が発動したが痕跡が消えた」
「何だと?すぐに確認させる」
アルバートが人を呼ぼうと動くのを
制止する。消えたのは一瞬ですぐに居場所
が特定できた。
「王都郊外の森だ。あの初めてアニエス
に出会った場所だ」
「は?さっきまでお前と踊ってただろう?
まさか……また『穴』に落ちたのか?
王宮の中でか、冗談だろう」
あんな場所にまた一人でいるのか。
しかも今は夜だ。
ドレス姿で森で一晩過ごすなど
魔力の強いアニエスでも不安しかない。
なんだ?胸がジリジリと熱い。
嫌な予感がする俺はアニエスの元に向かうため走り出す。
後ろでアルバートの何かいう声が聞こえた
がそのまま厩に直行した。
礼服のまま馬で王都郊外を目指す。
途中、三の閣の門兵がおらず門が開かない。
慌てて出てきた門兵の息が酒臭いのに
気づいた時は本気で斬り殺そうかと思った。
イライラが募る。何で側を離れたんだ。自分を責める。
どうか無事でいてくれ。
そればかり考えながら馬を走らせた。
夜の王都を駆け抜ける。
「グレン待てこの馬鹿一人で動くな!」
ふいに後ろから大声がする。
振り返ると後ろから騎乗したアルフォンス
が必死の形相で追いかけてくる。
あいつの馬は遅い。舌打ちをする。
「知るか。ついて来れなければ置いて行く」
俺は鞭を振るい馬を速める。
「馬鹿野郎~!!速度上げんな!」
そのまま郊外の森を目指した。
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