王宮侍女は穴に落ちる

斑猫

文字の大きさ
19 / 135

グレン、思い悩む

しおりを挟む
「アニエス嬢、身体強化で全速力で走って
行きましたけど大丈夫でしょうか。
それにしてもグレン様。
あんた馬鹿でしょう。よりによって惚れた
女に向かって普通、
匂いが駄目なんて言いますかね?
もう、あんなに泣かせて。
知りませんよ、オーウェン様に殺されても」

マクドネルが呆れたように肩をすくめる。

「違う、言葉が足りなかったんだ。泣かす
つもりはなかった!」

「はい、はい、御託はいいからさっさと追
いかけて下さいよ。
あんたアニエス嬢を避けてたんですって?
彼女嘆いてましたよ。しかも、女性と抱き
合っているのを見られてます。
誤解があるなら早く何とかしないと後悔し
ますよ。たった一言で人の縁なんて簡単に
切れるんですから」

マクドネルの言葉が胸に刺さる。
アニエスを追いかけようとしてカタリナに
目が行く。

「すまない、カタリナ。どうか元気で」

「いいえ。グレン、よかった。最後にあなた
とあなたの好きな人に会えて。
さよなら、グレン。どうかお元気で。
さあ、早く追いかけて!」

頭を下げるカタリナ。
今日出会ったのは偶然。驚いて懐かしくて、
そして思いやれなかった事を謝った。
やはり、当時はオーウェンから脅されてい
たようだ。
だがあの時の事は誰のせいでもない
と笑った。明日、夫仕事の関係で隣国に
発つそうだ。
移住するのでもう、戻らない。
子供も二人いて今は幸せだという。
別れの抱擁をした。
まさか、アニエスに見られるとは思いもし
なかった。
だがやっと、あの苦い別れでなく笑って
別れられる。
刺さった棘が抜けた気分だ。
俺も頭を下げる。さよなら、カタリナ。

「この女性は私が、責任を持ってお送りし
ます。いいからあんたは早く追いかけて!」

マクドネルに背中をばんと叩かれる。
頷くと俺は急いでアニエスを追いかけ走り
出した。
少し距離を置こうとは思っていたが、
こんなに急に突き放すつもりはなかった。
ましてや匂いが駄目なんて、それだけ聞い
たら、そりや誤解されるに決まっている。

指輪で追跡出来るが、それすらいらない。
アニエスの残り香がまだ残っている。
それを追いかける。

王都郊外の森でアニエスを探す中、
むせ返るほど薫る甘いアニエスの匂いを
嗅いだ。あの時から、俺はおかしい。

森の中で倒ていたアニエスを見た時には
息が止まるかと思った。

流れる血、抱き起こしても全く力のない
冷たい体。なによりも魔力が枯渇していた。
このままでは死んでしまう。
震える手で治癒魔法をかける。
何とか止血したが俺にはこれ以上無理だ。
見かねたアルフォンスが代わってくれた。

よかった。アルフォンスが来てくれて。
肩口の傷は治ったが意識が戻らない。
どんどん冷たくなるアニエスの体を抱きし
め、温めながら王都に戻った。
その間、ドレスに染み込んだ甘いアニエス
の血の匂いに酔いそうになる。

体の中から沸騰しそうだ。
胸をかきむしりたくなる。
どうにかなりそうだった。

アニエスの意識はなかなか戻らない。
王宮の一室に寝かされたまま、ぴくりと
もしない。
暇を作っては側にいることしかできない
もどかしさ。
そんな中で強くたちこめるアニエスの匂い。
くらくらする。

横たわるアニエスの薄く開いた唇。白い首
筋に欲情する。抱きたい。
このまま、めちゃくちゃにしてやりたい。
好き勝手に貪り、貫きたい。
そのまま血を吸い、骨まで残さず喰ってし
まいたい。
眠るアニエスに手を伸ばしそうになる。

──今、俺は何を考えた?
我に返って慌てて部屋を出た。
火照る体をもて余し屋敷に帰ると風呂場
に籠った。

冷たい水を浴びて、少し頭が冷えたところ
で余りの浅ましさに嫌悪をいだく。
瀕死の病人相手に、何を考えたんだ俺は。
自分が信じられなかった。


そもそも、抱きたい、までは分かる。
……たが、喰ってしまいたいと言うのは
なんだ?
例えるのなら飢餓だ。
何度か口にしたアニエスの血の甘い味を
思い出し、
自分のおぞましさに思わずえずく。


ふと、鏡を見ると己れの姿が映っている。
左胸に白い鱗が数枚生えていた。

「何だ、これは」

『近寄らないで、この化け物』

母親の声が聞こえた気がした。
とうとう人ではなくなったのか?
やはり俺は化け物なのか。
信じられない思いで鱗に触れる。
チクチクと刺すような痛みが
鱗の辺りに広がる。

その後、アニエスは意識を取り戻した。
ほっとすると同時にもう、一緒にはいられ
ないと思った。
俺はアニエスを避け始めた。

だが、カタリナと再会した日。
ふと、アニエスの匂いがしたと思い見ると、
アニエスがマクドネルに腰を抱かれて身を
寄せていた。

他の男が俺のモノに触ている。
強い怒りが沸き上がる。
怒りのまま近寄るとまた、アニエスの匂いに
酔いそうになる。
思わず鼻を押さえ、余計なことを口走る。
そして泣いて逃げられた。

うまくいかない。
本当は好きな女性ひとを泣かせたくない。
また、俺は好きな女性ひとを泣かせるのか?
全力で走って追いかける。

クソ、何で身体強化を使って逃げるんだ。
逃げ足の速さに舌打ちする。
なかなか追い付けない事にイラつく。
追い付いてどう話す?

いつか君を喰ってしまいそうだと言えるか?
共にある未来がないのに、無様に求めて
しまうこの気持ちをどう伝える?
会えなくて辛い。
会っても辛い。
どうすればいいんだ。

──いた!追い付いた!

アニエスの姿が目に入る。だが、俺に気付
いたアニエスが速度を上げる。
クソ、止まれよ。
何で全力で逃げるんだ!
俺も速度を上げる。

爆走する俺達を街の住民が呆然と見送る。

「グレン様の馬鹿!何で追いかけてくるの」

アニエスが叫ぶ。

「逃げられたら追うのは当たり前だろ!」

俺も叫ぶ。

「そんな狩猟本能捨てて下さい。私の事、
避けてたクセに!臭いって言ったクセにぃ。
グレン様なんて嫌いだ!」

泣きながら逃げるアニエス。
嫌いの一言が胸に突き刺さる。
思わず魔法を放った。

蔦蔓で足首を絡め取り逆さ吊りにする。
アニエスはまた蔓を焼こうとするが
氷結魔法で封じ込める。
学習能力のない奴だな。同じ手を食らって
どうするんだ。

息を整え、逆さ吊りになって暴れる
アニエスを見上げる。

スカートが捲り上がって足が丸見えだ。

絶景だな。

本当に綺麗な足だ。
ああ、撫で回したい。舐め回したい。
ずっと眺めていたい。
やはり、俺は変態かも。

まあ、俺が変態でも国が滅びる訳でも
あるまい。何となく開き直った。

「グレン様のばか~!また、私を逆さ吊り
にしてぇ~!馬鹿、馬鹿!降ろしてよぅ」

じたばたするアニエスを見ていたら
笑いが込み上げてきた。
もう、どうでもいい。
過去も未来もすべて、現在いまがあるならこの時を大事にしよう。
すまない。アニエス。俺は我が儘に生きる
事を決めた。


凍った蔓を砕いて落ちて来るアニエスを
抱き止める。

「臭いんでしょ?放してよぅ!!」

「臭いなんて言ってない。旨そうな匂い
なんだ。思わず喰らってしまいそう。
怖かったんだ。お前、凄い旨そうだから」

「は?」

呆けたように口を半開きにして俺の顔を見
上げるアニエス。
顔に『この肉食獣、何を言い始めた?』と
書いてある。
俺は片手でアニエスの頭を引き寄せ

──そのまま口付けた。








しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

【12月末日公開終了】これは裏切りですか?

たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。 だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。 そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

見た目は子供、頭脳は大人。 公爵令嬢セリカ

しおしお
恋愛
四歳で婚約破棄された“天才幼女”―― 今や、彼女を妻にしたいと王子が三人。 そして隣国の国王まで参戦!? 史上最大の婿取り争奪戦が始まる。 リュミエール王国の公爵令嬢セリカ・ディオールは、幼い頃に王家から婚約破棄された。 理由はただひとつ。 > 「幼すぎて才能がない」 ――だが、それは歴史に残る大失策となる。 成長したセリカは、領地を空前の繁栄へ導いた“天才”として王国中から称賛される存在に。 灌漑改革、交易路の再建、魔物被害の根絶…… 彼女の功績は、王族すら遠く及ばないほど。 その名声を聞きつけ、王家はざわついた。 「セリカに婿を取らせる」 父であるディオール公爵がそう発表した瞬間―― なんと、三人の王子が同時に立候補。 ・冷静沈着な第一王子アコード ・誠実温和な第二王子セドリック ・策略家で負けず嫌いの第三王子シビック 王宮は“セリカ争奪戦”の様相を呈し、 王子たちは互いの足を引っ張り合う始末。 しかし、混乱は国内だけでは終わらなかった。 セリカの名声は国境を越え、 ついには隣国の―― 国王まで本人と結婚したいと求婚してくる。 「天才で可愛くて領地ごと嫁げる?  そんな逸材、逃す手はない!」 国家の威信を賭けた婿争奪戦は、ついに“国VS国”の大騒動へ。 当の本人であるセリカはというと―― 「わたし、お嫁に行くより……お昼寝のほうが好きなんですの」 王家が焦り、隣国がざわめき、世界が動く。 しかしセリカだけはマイペースにスイーツを作り、お昼寝し、領地を救い続ける。 これは―― 婚約破棄された天才令嬢が、 王国どころか国家間の争奪戦を巻き起こしながら 自由奔放に世界を変えてしまう物語。

そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。 幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに—— 「君との婚約はなかったことに」 卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り! え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー! 領地に帰ってスローライフしよう! そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて—— 「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」 ……は??? お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!? 刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり—— 気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。 でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……? 夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー! 理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。 ※毎朝6時、夕方18時更新! ※他のサイトにも掲載しています。

【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜

高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。 婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。 それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。 何故、そんな事に。 優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。 婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。 リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。 悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

処理中です...