王宮侍女は穴に落ちる

斑猫

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アニエス、帰郷す

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王都を発って四日、馬に身体強化をかけて、
爆走。もうすぐ辺境だ。本当はもっと速く
走れるのに。
……アルフォンス様の馬が遅い。
何で?身体強化は完璧で馬は速いのに
乗り手が下手くそ。意外な弱点だ。

「ごめん。アニエス。俺、この件が無事に
終わったら乗馬……修行するわ」

お尻を押さえるアルフォンス様。
自分のお尻に治癒魔法をかけている。
ぷぷぷ。笑える。お気の毒に。
まあ、お気になさらず。
誰にでも得て不得手がありますよ。
魔術師団長の乗馬が下手くそ。笑える。
アイリスさんの騎乗はピカ一です。
彼女に教えてもらって下さい。
あ、でも王女宮からもう出てこれない。
帰ったら何か考えなきゃ。

「お腹が空きましたね。今、夕食を用意
しますね」

私は空間収納から食材と調理器具を取り出し
ジャンジャン調理する。

「うん。美味しいよ。アニエスは料理が
上手だね。すごい。すごい」

マックス義兄様が褒めてくれる。
──えへ。
自分が食いしん坊なので料理には自信が
あります。

お菓子は姫様達の方が上手いけど、
料理は私が一番でした。
ほぼ、調理担当と言って良いわ。
でもねえ、お茶淹れはアイリスさんには
敵わない。
何で同じ淹れ方なのに味が違うのだろう。
いつか、アイリスさんを越えてみせる。
静かに闘志を燃やす私でした。

マックス義兄様の火炎玉を囲んで三人で
寝る。アルフォンス様が防衛結界を張って
くれたので、安心して眠れる。

明日には辺境に着く。
消息不明のグレン様。
どうか無事でいて。生きているのは
分かっている。
でも、生きていればいいとは言えない。
どんな状況に陥っているか分からない。
胸が苦しい。そんな不安を抱え眠った
からか夢見が悪い。

「アニエス、アニエス!」

びっしょり汗をかいてマックス義兄様に
起こされる。

「うなされていた。大丈夫かい?」

マックス義兄様とアルフォンス様が心配
そうに私を覗き込んでいる。
思わず自分の肩を抱き締める。

「ごめんなさい。何か嫌な夢を見たみたい。
起こしてしまってすみません」

アルフォンス様が浄化魔法をかけてくれる。
うん。さっぱりした。
ありがとうございます。

「明日は早いですから、寝ますね。
お休みなさい」

心配する二人に背を向けて寝袋にくるまる。
押さえつけられ……体を這う青竜の手。
無理矢理された口付けを夢に見た。
もがいても、もがいても逃げられない。
気持ち悪い。まだ、体が震えている。
どうせ見るならグレン様とのキスを夢に
見たい。
……あ、また泣いてるよ私。
駄目だ。とにかく体を休めよう。
強く目を閉じ再び眠りに落ちるのを待ったが
なかなか眠れなかった。
お陰で朝、目が真っ赤。
すぐにアルフォンス様が治してくれたけれど
マックス義兄様とアルフォンス様に
また心配をかけてしまった。


辺境伯領に到着した。
今は小高い丘の上。遠くに北方砦が見える。
砦の前に国軍の陣営。
その少し先で戦闘になっている。
国軍が押されている。

敵の主力は帝国の魔法師団だ。
統制された魔法による攻撃。
こちらも応戦しているが今回の派兵には
アルトリアの魔術師団は数名しか同行して
いないと聞く。
王都の守りを優先したからだ。

魔法対決になったら辛い。
でも、ラケット将軍始め魔力の高い武将が
蹴散らしてくれるはずなんだけどな。

それに辺境伯爵領軍の動きが鈍い。
何やってのもう、みんな!
大体、うちの熊父は何してんのもう!
イライラしながら戦況を見る。

「おや、ずいぶん押されてますね。
グレン様が堕ちたショックでガタガタだ。
あの人が見たらお怒りだろう」

怒気を孕んだマックス義兄様の声を聞き
ながら。駆け出したくて、仕方ない。

「これは、俺の出番かな?」

アルフォンス様の声にも怒りがある。
私は馬の腹を蹴る。

「行きますよ!アルフォンス様、頑張って
下さいね。馬!」

私とマックス義兄様が爆走する。あっと
いう間に遅れるアルフォンス様。
うん。やっぱり修行して下さいね。馬。



「アニエス。君は僕と砦に向かうんだ。
ここはアルフォンスに任せよう」
戦闘地区に近づくとマックス義兄様が
言い出す。出た!過保護。
ごめんなさい。それ、聞けません。

「マックス義兄様。ごめんなさい!」

先に謝り私は馬とマックス義兄様を残し、
戦闘地区へと転移した。
うん。やっぱり辺境は跳びやすい。
王都とは比べ物にならない。
楽に転移魔法が使えるわ。

「なんだコイツどこから現れた?!」

突然現れた私に敵も味方も驚いている。

風の矢が無数に飛んでくる。
風魔法に火炎を混ぜ火炎旋風を作る。
炎と風で風の矢を跳ね返す。
そのまま風の矢を放った敵の魔法師も
吹き飛ばす。

帝国兵が斬りかかってくるが、それを
かわし、剣を取り出す。
さすがに学習した。
今回はちゃんと武器を持ってきた。
帝国兵を二人斬り捨てる。


「アニエス?アシェンティのアニエスだ!」

「本当だ。でかくなったなぁ」

辺境伯領軍の兵達が、私に気がつく。

「父はどこですか?」

近くにいた兵に尋ねる。

「砦前の陣営で防戦しているはずだ」

「ありがとう!」

砦前の陣営を目指す。

──あ、いたよ。
七年ぶりに見る父様の姿。
大剣を振り回しドスドスと暴れ回る熊。
バンバンなぎ倒しているけれど、
オークにゴブリンが、うじゃうじゃいる。
これだけいると、きりがない。
あれ?これはもしや、あれの出番か?

「よし、行けピイちゃん達!」

空間収納していたピイちゃん達を
一気に放出する。

「「ピイピイ、ピイピイ、ピー!!」」

突然現れた怪しいピンクの豆花の群れ。
ギチギチ、うねうね、にょろにょろ。
敵も味方も呆然となる。
ピイちゃん達は早速、オークやゴブリンを
捕獲しバリバリと食べ始める。

国軍の兵がピイちゃんに斬りかかる。
それ、味方だから!慌てて大声で叫ぶ。

「ザルツコードのアニエスです!ピンクの
豆花は味方です!斬らないで下さい!!」

「ザルツコードの?グレン様の婚約者様?」

「え、これ魔物じゃないの?!」

「アニエス嬢だ!なんで戦場に!」

国軍の兵達がざわつく。
そんな中、ドスドスと熊が物凄い速さで
泣きながら走ってくる。
ゴブリンもオークもピイちゃんも
撥ね飛ばしながら、こちらにやって来る。

「アニエス!!」

脇に手を入れ抱き上げられる。
泣きながら名前を連呼され、
そのままぶんぶん振り回される。
これ、兄達とリアクション一緒だわ。
目が回りそう。
ああ、帰って来たんだ。父様の元に。
懐かしい。涙が流れる。

「父様、久しぶり」

「でかくなったなぁ。マリエルにそっくりだ」

泣きじゃくる熊。
こら、こら。父様、ここ戦場。
感動の対面してる場合じゃないから。
うん。私も泣いている場合じゃない。

「下ろして父様!ここ戦場!」

「あ、ああ。すまん。うぅうう!すまん!
アニエス、グレン様が……グレン様が!!」

大泣きする熊。
ああ、もう、面倒臭いな!
身体強化で顔面に一発張り手を入れる。
衝撃に思わず私を落とす父。
いつまで、泣いてんの。

「グレン様は絶対に生きてる!泣かないで
さっさと働く!分かった?父様!!」

「お、おう!」

ギクシャクとしながらも戦い始める父。
よし!動き出したぞ。

七年ぶりの父娘の対面は戦場で。
大泣きの熊に張り手を入れる娘。
感動の対面とは程遠い。

でも、私達らしい再会だった。









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