王宮侍女は穴に落ちる

斑猫

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駆け落ち 2

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とりあえず私が出した椅子に皆が座る。
グレン様は立ったままだ。
椅子に座った私に治癒魔法をかけてくれる。
ここに落ちて来た時に膝や肘を擦りむいて
いたのを忘れていたわ。

「ありがとうございます。グレン様」

「その気絶癖はどうにかならないか?
そもそも何でお前は『穴』に落ちるんだ。
無人島でも落ちるとはさすがだ」

「う~ん何ででしょうね?」

本当に何で『穴』に落ちるの……。
グレン様はため息をつくと地面に手をつく。
ん?何をする気だろう?
そのまま見物していると『穴』が現れた。
え?今グレン様、『穴』を作った?

右手を掲げるとフクロウが現れる。
グレン様の伝令鳥だ。
フクロウは『穴』に飛び込み消えた。

するとすぐに『穴』からにょっきり手が
出てくる。ナニこれ怖いよ。

ホラーな現象にびくびく様子を伺っている
とひょいと黒竜が上半身だけ姿を見せる。
なんだ。黒竜だよ。怖がって損したわ。

「あれ黒竜?グレン様、黒竜の所まで『穴』
を繋げたんですか?すごい!」

心なしかドヤ顔のグレン様。
いや、本当にスゴいわ。

「よう。散歩に行っただけなのに何を面倒事
に巻き込まれているんだよチビすけ」

「そんな事を言われても……」

いや、私は悪くないと思う!

「また増えた……ここ俺の巣穴だよな?」

金髪の男が情けない声を上げる。
普通は通行権を持たない者は通れない
はずなのにぞろぞろとお邪魔する私達に
困惑しているようだ。
黒竜はそんな男をしげしげと眺める。


「コガネ似だな。金竜様にも似ている」

黒竜はそう言うとよいしょと年寄り臭く
『穴』から這い出ると金髪の男の容姿を
評する。

私はもう一脚椅子を出すと黒竜にもお茶を
淹れた。グレン様も私の隣に座る。
黒竜のために焼き菓子をテーブル
に出すとカリナさんの目が焼き菓子に
釘付けになる。

ふふ。甘い物が好きそうね。
カリナさんにプチ・エトワールの
チョコレートを出してあげる。
キラキラした目で私を見るのでニッコリ
笑って頷く。
おずおずとチョコレートに手を伸ばし
口に入れるカリナさん。

すぐにとてもいい笑顔になる。ふふふ。
おいしいでしょう?
そうだろう。そうだろう。
よし。プチ・エトワールの信者をまた一人
増やしたぞ。

「ゴホン。俺は黒竜のクロ。そっちは青竜の
アオ。さてコハクとコガネの子よ名は?」

黒竜が仕切り直しと言わんばかりに咳払いを
してから話を切り出す。
そうね。名前すら聞いていなかったわ。

「カナイロだ。あんたも俺の両親を
知っているのか?」

「コハクの腹にお前がいる時に会ったのが
最後だな。あいつらが行方不明と聞いた。
いつからだ?何か心当たりはないか?」

「ありまくりだ。俺が長老達に金竜の女
の番になれと命令された事で怒った両親が
長老達に怒鳴り込んだんだ。
それきり帰って来ない。
両親をどうしたと長老達に聞いても知らぬ
存ぜぬでとぼけやがって。
そのうちカリナが襲われた。返り討ちにした
けれど不安で逃げて来たんだ」

「あのくそジジイどもか。まずはコハクと
コガネの安否確認だな。
カナイロ、一つ聞きたいのだが。
北大陸のやつらは何でアニエスの存在を
知ったんだ?面倒な事になりそうだから
アニエスが金竜だとバレないようにした
つもりなんだけれど、しっかりバレている
だろう?」

「帝国の皇帝から金竜様のご遺体を引き渡す
代わりにアルトリアへの攻撃に手を貸せと
使者が来たんだ。その時の使者に何匹か
トカゲをつけて返した。そのトカゲからの
情報らしい。俺も詳しくは知らないが」

「トカゲ……キハダ様か」

トカゲにキハダ……なんの事だろう?
グレン様の顔を見るが何を考えているか
わからない顔をしている。
青竜は難しい顔をしている。

「トカゲとはなんだ?」

グレン様が黒竜に尋ねる。

「お前のフクロウみたいなものだな。
魔力で作られた使役獣だ。
色々な姿に変化して情報収集する。
キハダ様……最長老様の目だ。
帝国経由で北辺境に入りこんでいたのか」

「キハダ様は巣穴から滅多に出て来ないはず
なのにオズワルドの奴、とことん余計な事を
してくれたな。金竜様絡みじゃキハダ様が
出てくるのは当然か」

青竜がげんなりした顔で言う。
キハダ……最長老様。どんな人なんだろう。
しかしオズワルドよ。
戦力が足りないからと竜を利用しようなんて
考えるから後々面倒な事になっているわよ?
もう一発ぐらい頭を叩いておけば良かった。


「まあお前達は逃げて来て正解だったな。
ただでさえ人の番持ちだ。
いくら金色が濃いからといっても何を
されるかわからない。
コハクとコガネは俺達が探すよ。
あいつらはシロが捕らえられた時に唯一
手を貸そうとしてくれた奴らなんだ。
ただコハクの腹に子がいるのがわかって
俺の方で手助けを断ったけどな」

ああ~北大陸の竜達に助力を求めたのに
裏切り者を助けたくないと断られたと
黒竜が怒っていたよね。

「カナイロ。人の娘を番にするのはあの
集団の中では大変だったろう?
今までよく頑張ったな。エライぞ。
北大陸の竜達は馬鹿だ。人と交わらなけれ
ば竜はどんどん減っていく。
金竜様はそんな事は望んでないだろうに」

「人とか竜とかそんな事はどうでもいい。
俺はカリナしか愛せない。俺はどんな事を
してもカリナを守って添い遂げたい」

カナイロはおいしいそうにチョコレートを
頬張るカリナさんを愛しげに抱き寄せる。
若い竜と人のカップル。

北大陸の竜達は人を恨んでいる。
金竜が人の番のせいで結果的に亡くなった
事を許せないでいる。
そのうえ人から竜殺しの剣で狩られ、
追い立てられ黒い森からも南大陸からも
追われ仕方なく北大陸に住み着いた。

人との交流を断ちたい気持ちも分からなく
はないけれど強制するのはどうなの。
白竜は人との間に子をなして
裏切り者扱いで助けてもらえなかった。

人であるカリナさんを番にしたカナイロ。
きっと周りから色々な嫌な事を言われたり
されたりしたんだろうな。
可哀想に。
そのうえ私と番えなんて命令されたら
そりゃ逃げるわ。

グレン様の代わりに私にあてがわれる
予定だったらしいカナイロ。
可愛い可愛いカリナさんにメロメロの彼。
カナイロが私と番う気持ちが全くない事に
安心した。

『人とか竜とかどうでもいい』

カナイロの言葉に共感する。
本当にどうでもいいよね。
うん。この若い駆け落ちカップルを応援
しよう。
やっぱり好きな人と添い遂げたいよね。


グレン様の顔を見るとグレン様も私の事を
見つめていた。
そっと私の手を握るグレン様。

人も竜も自分達が金竜である事も
どうでもいい。
ただ、グレン様とともにありたい。

握られた手をぎゅっと握る。
すると力強く握り返された。

グレン様の気持ちもきっと一緒。
私はグレン様にとびきりの笑顔を向けた。















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