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第五章「魔女の遺産」
5-1:魔導研究所
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「カラナ、まだ着かないの?」
「もうそろそろ到着するはずよ」
テユヴェローズを離れて早一週間。
カラナたちは、首都から北西へ向かった山岳地帯にあった。
二頭の馬にまたがるカラナとクラル。サフィリアは馬に乗れないのでクラルの後ろに乗っている。
延々続く高原の変わらぬ風景にいささか飽きてきたか、横乗りになって脚をぶらぶらさせていた。
クラルがアナスタシス教団から獲得した”フィルグリフ”。
例によってサフィリアがその暗号化を解除し、さっそく中身を覗いてみた。
クラルの仕事の出来は上々だったと言って良い。
"彼女"が回収したフィルグリフには、興味深い情報が入っていた。
それは、アナスタシス教団のマザー・ヴィオレッタの現在位置である。
どこかに遠征している、と言う話はマグノリアから聞いていたが、そのヴィオレッタがこの山岳地帯の一角に来ている事が判明したのだ。
もちろん、公式の地図上では、何もない無人地帯とされている原生林のど真ん中である。
「遠征の目的は、『ゴーレム』の新規起動とあります。おそらくコラロ村で壊滅したわたしの部隊の代りを補充する目的だと思います」
“フィルグリフ”が表示するスクリーンをいじりながら、クラルが続ける。
「アナスタシス教団の『ゴーレム』はすべて魔女サイザリスの魔道研究所から調達しています。この一帯のどこかにそれがあることは間違いないでしょう」
「ここに来るまで一週間――帰りも同じ時間かかるとすれば、”破壊の言葉”の手がかりを必ず手に入れたいね」
クラルの肩越しに、フィルグリフのスクリーンを覗き込み、サフィリアは言う。
「それにしても…これを見るとコラロ村を襲撃したクラルの部隊の動きがはっきり書いてあるね。教団で見せられたヤツなんて完全に嘘っぱちじゃん」
「まあ、あんなもの最初から信じてないけどね……」
「それに、今後の活動予定も書き込んであるね。……あ! 西国境の襲撃予定がある。一週間後だって!」
西国境とは、文字通りお隣ハイドラジア公国との国境である。
確か、戦勝記念日にハイドラジアの皇族が招かれると聞いている。
これはその襲撃予定と言うことか。
「どうする? 半日ちょっとで行ける場所だよ」
サフィリアがカラナを見る。
普通だったらとんでもない情報である。
しかしこちらのフィルグリフも真っ当な手段で手に入れたとは言い難い。危機を伝えに行くのは良いとして、情報源を問われたら何とも答えようがない。
何より、いまのカラナたちにそんな事をしている暇はない。
「あたしたちはあたしたちのやるべきことを優先しましょう。大丈夫よ、皇族の一団ともあれば、『ゴーレム』の襲撃くらいで壊滅したりはしないわ」
「止まってください」
クラルが一行の脚を止める。
“フィルグリフ”と現在位置を合わせる様に首を振って周囲を見渡す。
そして北の方角を指差す。
「地図と照らし合わせると、あの丘の向こう側です」
クラルの指の先を目で追う。
そこそこ急な斜面の丘が地平に広がり、青い空と緑の大地に境界を描いている。地図上では丘の向こうは原生林しかない。
「行ってみましょう」
馬の手綱を引いて、道なき道へと踏み込んで行く。
森――と言うにはややまばらな木々の間を通り抜けて行く。
足元は幸い背の高い草が占領している訳ではないが、頭上には茨のついたツタや枝がそこかしこにぶら下がる。うっかり目に入らない様に慎重にかき分けながら進む。
森の中は、人の通った気配もない。
この先に何かあると知らなければ、絶対に入って行く理由の無い未開の土地だ。
一時間ほど馬を歩かせただろうか?
森が途切れ、視界に土の断崖が現れる。
街道から見えていた丘のふもとまで来たらしい。
真下から眺めると遠くから見るよりも、急勾配であり、人が登れる崖ではない。
どこかに反対側へ通じる洞窟の様なものか、あるいは裂け目はないだろうか?
「崖伝いに歩いてみましょう」
クラルを促して、とりあえず右回りに歩いて行く。
運があったと分かったのは半刻ほど歩いたところだった。
「!」
崖のふもとの広場になった空き地に、馬車が二台と数頭の馬がいた。
慌てて木の影に身を隠す。後ろに着いてきたクラルに手で合図して止まらせる。
そっと覗き込むが、周囲に人の気配はない。
「クラル、サフィリア、馬を降りて。回り込むわよ」
馬の手綱を手近の木に縛り付け、気配を殺しながら木々の影を移動して行く。
ある程度視界をずらすと、死角に大きな洞窟が口を開けているのが確認出来た。
これは――ビンゴか!?
近くに人がいないことを確かめて、用心深く馬車に近寄って行く。
そこそこ大きめの帆馬車が二台。規模からして十人前後の編成だろう。
この馬車がここまで入って来れると言うことは、どこかに整備された隠し通路があるのだろうか?
「この先かな?」
「……たぶんね」
洞窟を覗き込むサフィリア。一緒に様子を伺うが、真っ暗な内部の様子は外からは、まったく分からない。
「行くわよ」
先頭を切って、カラナは洞窟の中に足を踏み入れた。
天然の洞窟であろうが足元はしっかりと整備されていて普段から往来があることを連想させる。
中はそこそこに曲がりくねり、少し進むと外の光は全く届かなくなる。しかし、照明を焚いて目立つ訳には行かない。
「クラル、先頭を頼める?」
「分かりました」
クラルがカラナと交代し、前に出る。
『ハイゴーレム』である”彼女”なら、この暗闇でも視界が利く。
“彼女”の誘導に従い、洞窟の中を進む。
数分程で行く手に外の光が差し込む様になって行った。光に誘われ、洞窟の出口に辿り着く。
「……見つけた!」
視界に広がった外の景色を一望し、カラナは呟いた。
洞窟の出口は丘の中腹辺りに続いていた。
入口側と異なりこちら側の傾斜はなだらかで、周囲がぐるりと丘に囲まれた窪地になっている。腰の高さほどの草木が生い茂るその中央に、目的の場所はあった――。
研究所――と言う名称とは裏腹に、見た目は古びた洋館である。
色褪せた瓦が積まれた三角屋根から、いくつかの尖塔が飛び出し、窓と言う窓はすべて木の扉で閉ざされている。
その屋根は元々のカムフラージュか、それとも長い年月がそうさせたのか、一面植物が繁茂し、上から見ただけでは建物があるとは分からない状態になっていた。
おそらくこれが、魔女サイザリスの魔導研究所である。
「もうそろそろ到着するはずよ」
テユヴェローズを離れて早一週間。
カラナたちは、首都から北西へ向かった山岳地帯にあった。
二頭の馬にまたがるカラナとクラル。サフィリアは馬に乗れないのでクラルの後ろに乗っている。
延々続く高原の変わらぬ風景にいささか飽きてきたか、横乗りになって脚をぶらぶらさせていた。
クラルがアナスタシス教団から獲得した”フィルグリフ”。
例によってサフィリアがその暗号化を解除し、さっそく中身を覗いてみた。
クラルの仕事の出来は上々だったと言って良い。
"彼女"が回収したフィルグリフには、興味深い情報が入っていた。
それは、アナスタシス教団のマザー・ヴィオレッタの現在位置である。
どこかに遠征している、と言う話はマグノリアから聞いていたが、そのヴィオレッタがこの山岳地帯の一角に来ている事が判明したのだ。
もちろん、公式の地図上では、何もない無人地帯とされている原生林のど真ん中である。
「遠征の目的は、『ゴーレム』の新規起動とあります。おそらくコラロ村で壊滅したわたしの部隊の代りを補充する目的だと思います」
“フィルグリフ”が表示するスクリーンをいじりながら、クラルが続ける。
「アナスタシス教団の『ゴーレム』はすべて魔女サイザリスの魔道研究所から調達しています。この一帯のどこかにそれがあることは間違いないでしょう」
「ここに来るまで一週間――帰りも同じ時間かかるとすれば、”破壊の言葉”の手がかりを必ず手に入れたいね」
クラルの肩越しに、フィルグリフのスクリーンを覗き込み、サフィリアは言う。
「それにしても…これを見るとコラロ村を襲撃したクラルの部隊の動きがはっきり書いてあるね。教団で見せられたヤツなんて完全に嘘っぱちじゃん」
「まあ、あんなもの最初から信じてないけどね……」
「それに、今後の活動予定も書き込んであるね。……あ! 西国境の襲撃予定がある。一週間後だって!」
西国境とは、文字通りお隣ハイドラジア公国との国境である。
確か、戦勝記念日にハイドラジアの皇族が招かれると聞いている。
これはその襲撃予定と言うことか。
「どうする? 半日ちょっとで行ける場所だよ」
サフィリアがカラナを見る。
普通だったらとんでもない情報である。
しかしこちらのフィルグリフも真っ当な手段で手に入れたとは言い難い。危機を伝えに行くのは良いとして、情報源を問われたら何とも答えようがない。
何より、いまのカラナたちにそんな事をしている暇はない。
「あたしたちはあたしたちのやるべきことを優先しましょう。大丈夫よ、皇族の一団ともあれば、『ゴーレム』の襲撃くらいで壊滅したりはしないわ」
「止まってください」
クラルが一行の脚を止める。
“フィルグリフ”と現在位置を合わせる様に首を振って周囲を見渡す。
そして北の方角を指差す。
「地図と照らし合わせると、あの丘の向こう側です」
クラルの指の先を目で追う。
そこそこ急な斜面の丘が地平に広がり、青い空と緑の大地に境界を描いている。地図上では丘の向こうは原生林しかない。
「行ってみましょう」
馬の手綱を引いて、道なき道へと踏み込んで行く。
森――と言うにはややまばらな木々の間を通り抜けて行く。
足元は幸い背の高い草が占領している訳ではないが、頭上には茨のついたツタや枝がそこかしこにぶら下がる。うっかり目に入らない様に慎重にかき分けながら進む。
森の中は、人の通った気配もない。
この先に何かあると知らなければ、絶対に入って行く理由の無い未開の土地だ。
一時間ほど馬を歩かせただろうか?
森が途切れ、視界に土の断崖が現れる。
街道から見えていた丘のふもとまで来たらしい。
真下から眺めると遠くから見るよりも、急勾配であり、人が登れる崖ではない。
どこかに反対側へ通じる洞窟の様なものか、あるいは裂け目はないだろうか?
「崖伝いに歩いてみましょう」
クラルを促して、とりあえず右回りに歩いて行く。
運があったと分かったのは半刻ほど歩いたところだった。
「!」
崖のふもとの広場になった空き地に、馬車が二台と数頭の馬がいた。
慌てて木の影に身を隠す。後ろに着いてきたクラルに手で合図して止まらせる。
そっと覗き込むが、周囲に人の気配はない。
「クラル、サフィリア、馬を降りて。回り込むわよ」
馬の手綱を手近の木に縛り付け、気配を殺しながら木々の影を移動して行く。
ある程度視界をずらすと、死角に大きな洞窟が口を開けているのが確認出来た。
これは――ビンゴか!?
近くに人がいないことを確かめて、用心深く馬車に近寄って行く。
そこそこ大きめの帆馬車が二台。規模からして十人前後の編成だろう。
この馬車がここまで入って来れると言うことは、どこかに整備された隠し通路があるのだろうか?
「この先かな?」
「……たぶんね」
洞窟を覗き込むサフィリア。一緒に様子を伺うが、真っ暗な内部の様子は外からは、まったく分からない。
「行くわよ」
先頭を切って、カラナは洞窟の中に足を踏み入れた。
天然の洞窟であろうが足元はしっかりと整備されていて普段から往来があることを連想させる。
中はそこそこに曲がりくねり、少し進むと外の光は全く届かなくなる。しかし、照明を焚いて目立つ訳には行かない。
「クラル、先頭を頼める?」
「分かりました」
クラルがカラナと交代し、前に出る。
『ハイゴーレム』である”彼女”なら、この暗闇でも視界が利く。
“彼女”の誘導に従い、洞窟の中を進む。
数分程で行く手に外の光が差し込む様になって行った。光に誘われ、洞窟の出口に辿り着く。
「……見つけた!」
視界に広がった外の景色を一望し、カラナは呟いた。
洞窟の出口は丘の中腹辺りに続いていた。
入口側と異なりこちら側の傾斜はなだらかで、周囲がぐるりと丘に囲まれた窪地になっている。腰の高さほどの草木が生い茂るその中央に、目的の場所はあった――。
研究所――と言う名称とは裏腹に、見た目は古びた洋館である。
色褪せた瓦が積まれた三角屋根から、いくつかの尖塔が飛び出し、窓と言う窓はすべて木の扉で閉ざされている。
その屋根は元々のカムフラージュか、それとも長い年月がそうさせたのか、一面植物が繁茂し、上から見ただけでは建物があるとは分からない状態になっていた。
おそらくこれが、魔女サイザリスの魔導研究所である。
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