PITTO

ナツメユウマ

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第二章

覚醒

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「…おい、アーノルド…。アーノルド聞こえてる…?なぁ…。」


恐ろしくて堪らなかった。
きっとこれは、嵐の前の静けさだ。

レオは死んでいない。

精一杯振り落としたスコップは、恐らく一センチ程も刺さっていない。
頭蓋骨は当然割れていないし、脳にダメージもないはず。

俺はゆっくりとスコップをレオの頭から離し、砂場に放り投げた。
雨のように顔に降ってくるレオの血で視界が赤くなっていく。レオは笑顔のまま何も言わない。


「…なぁ、アーノルド…ご、ごめん…なんか、なんか言ってよ…。」


これ以上いつくるか分からない恐怖には耐えられなかった。
俺は上にある小さい肩を揺さぶりレオに訴えかけた。
すると、レオは笑顔から不思議そうな顔に変わり、俺の血塗れの頬を撫でた。


「シュナウザー、顔が血まみれだよ。真っ赤になっているよ?」


「…うん…。」


「うーん、でも、どこも怪我してないねぇ?あれぇ?」


俺の髪をかき分けたり、顎を持ち左右に動かしたりしてレオは不思議そうに俺の顔をベタベタと触っている。
血の匂いが充満していて、俺は気分が悪くなった。


「どうして?」

「え…どうしてって…」

「どうして、シュナウザーの顔は血まみれなの?」

「それは…」

「それは、ねぇ。シュなウざー。
    キミがボクのあたまをさしたからだよねぇ?」


途中からレオの声が、機械のような音に聞こえた気がした。
レオは少し身体を震わせた後、全身の力を抜き俺の上に倒れ込んできた。
そして僅かに肌が露出していた俺の肩に、柔らかい唇を当ててきた。
俺の心臓が少し跳ねた後、肩に強烈な激痛が走った。


レオは俺の肩に思い切り噛み付いている。
必死にレオを引き離そうとするが、離そうとすればするほど痛みが強くなった。
悲鳴を上げながら抵抗する俺だが、レオは一向に俺の肩から口を離そうとはしない。

そしてとうとう、布がちぎれるような音がしてレオの顔が肩から離れた。レオはゆっくりと顔を上げる。
鼻から下が血まみれの冷たい表情をしたレオが俺を見ていた。汚い物を出すように、泣きじゃくる俺の顔に目掛けて口の中のものを吐き出した。

自分の肩の皮膚が、ぐちゃぐちゃになって顔に浴びせられる。


「あ、アーノルド…ほんと、ほんとごめん…俺、違うんだ…ほんとうにごめん…。」

「はァ?アーノルド?」

「え?」

「ボクはレオナルドだよ。」


真っ赤に染まった歯を剥き出しにしてレオは笑った。
肩から血が溢れ出る。
俺の血を吸って砂場の砂が固くなっていくのが分かった。


「…あのテープを…肩に、貼ってよ…。」

「どうして?」

「血が出てるから…」

「だから?」

「俺、死んじゃうよ…?」

「死ねば?」

「俺が死んだらっ…!シュナウザーも助からないぞ!いいのか!死ぬぞ!シュナウザーも!死んじまうんだぞ!早くテープを貼れよ!アーノルド!アーノルド!アーノルド!」


俺は藁にもすがる思いでアーノルドを呼んだ。
血まみれになりながらアーノルドに助けを求めた。
だけど返ってきたのはアーノルドの口からは到底出ないような冷たい声だった。


「シュナウザーは死んだよ。まだシュナウザーが生きていると思っているのは、兄ちゃんだけだよ。」


〝兄ちゃん〟と言ったレオは今までにないほどに冷たい表情をしていて、目の前の子供が完全にアーノルドでは無いことを示していた。


「兄ちゃんは思い込みの激しい人なんだ。自分をボクとシュナウザーがいないと生きていけない弱い人間だと思い込んでいる。そんなこと、無いのに。そんな思い込みのせいで、命のルールを破った。ひとりよがりの発明でボクや武蔵、ももちゃんを自分の中に取り込んだ。そんなこと、しちゃいけないんだ。どんなに悲しくったって、命に逆らってはいけないんだよ。ボクは死んだ。シュナウザーも、脳だけのあの状態じゃいずれ死ぬ。兄ちゃんはそれを受け止めないといけないんだ。」


レオの兄への想いはきっと本物だ。
八歳とは思えないほどにしっかりしていて、アーノルドはこの弟に支えられて生きてきたのだろうと思う。

しかし今は困る。

今、シュナウザーの死を受け入れさせてしまうと俺も用済みになって確実にレオに殺される。
それが無くたって殺されかけたんだ、用済みならばレオは俺に躊躇なくとどめを刺すだろう。

  血が止まらない肩を右手で強く押さえつけ、俺はレオを睨みつけた。
今のレオの瞳は、銀と青色が少し濁っているように見えた。


「…別にいいだろ、逆らったって。命のルールがなんだよ、死んだやつに会いたいと思っちゃいけねぇのかよ。実現できるなら、したらいいだろ。アーノルドは自分の命に変えたって親友を助けたいんだ。自分が弱くて生きていけないから助けるんじゃない、助けたいから助けるんだよ。」

「はァ、何言ってんの頭悪いくせに。息くさいから喋らないでくれる?」


「頭が悪くても息が臭くても俺はアーノルドのこと分かってるんだよ、弟のお前より、分かってるんだよ。アーノルドの発明はひとりよがりなんかじゃない、人を助けるためにある発明だ。簡単に人を傷つけられるお前なんかには、アーノルドの優しさが分かんねーんだよ。このドブネズミ。」


ノープランの俺は思いのほか正直な気持ちを普通に言ってしまい、レオの目線から殺意が溢れ出るのを感じとった。
俺はせめて、苦しまずに死にたいと思った。
骨を一本一本折られたり、皮膚を食いちぎられたりなんかはもう絶対にされたくない。

レオはさっき俺が放り投げた赤いスコップに手を伸ばし、俺に向けた。


「これ、さっきボクの頭に深く刺さらなかったでしょ?これねぇ、頭に上手く刺すにはコツがあるんだよ。コツさえ掴めば持ち手の所まで深く刺さるんだよ?今、見せてあげるね。」


そう言ってレオは高くスコップを振り上げた。
俺は唱えたことの無い般若心経を心の中で唱えた。

あぁ、神様。どうにか即死でありますように。

痛みを感じる前に死ねますように。

ほんの気の迷いで人を殺そうとしましたが、どうにか天国行きでありますように。

一瞬の時間が永遠に感じた。


その時、すっかり聞きなれた爆発音が耳元で鳴った。


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